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対立を演出する中国の政治

2004年8月24日   田中 宇

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 中国で、インターネットで政治を語るウェブサイトに対する取り締まりが厳しくなっている。従来は、検索エンジンで「自由」「民主」といった言葉で検索した際に出てくる中国語のサイトが取り締まりの対象だったが、8月初めから対象が「アメリカ帝国主義」、「釣魚島」(尖閣諸島)、「反腐敗」「江沢民」「中共」といった言葉にまで拡大されたという。

 これらは、アメリカや日本を攻撃する言葉や、役人の腐敗取り締まりという中国政府が行っている政策を表す言葉などであり、中国の党や政府に対する批判的な意味を含んでいない。だが、最初はアメリカや日本に対する批判であっても、そのうちに矛先が自国の党や政府に転じかねないため、広範囲な規制になったのだろう。中国では9月に「4中全会」(中国共産党第16期中央委員会第4次全体会議)が予定されており、それを前にした取り締まりだと見られている。(関連記事

 中国当局は問題のあるサイトを探すため、3万人のインターネット監視要員を置いている。従来は、問題あるサイトのブラックリストをプロキシサーバーに置き、それらのサイトにアクセスできないようにする方式だったが、この方法だと、問題のあるサイトが作られてから当局が見つけるまでに時間がかかり、その間に多くの人がそのサイトを見てしまう可能性がある。そのため最近では、すべてのネットユーザーが最近どのサイトにアクセスしたか通信記録を当局が保存し、問題のサイトを見たユーザーに後から警告を発する方式に変えた。新しい制度は、間違って反政府系のサイトを見た人も当局から目を付けられてしまう危険さがある。

▼政治絶倫の中国を安定させる「中華投訴網」

 そんな厳しい情勢の中「反腐敗」の方針を高々と掲げ、政府批判が含まれているのに閉鎖を免れているサイトがある。「中華投訴網」である。これは、役人の腐敗による被害に遭った市民などからの投稿を集めたサイトで、特にひどい腐敗の場合、このサイトの管理人である謝さんが被害者から追加の情報を集めて特集的に扱うとともに、腐敗が行われていることを北京の中央政府当局にも伝える、ということをやっている。

 たとえば、私がいくつかクリックしたところでは「市営バス定期券のICカード化と値上げを検討している福建省福州市当局は、値上げに関する公聴会を開いたが、そのやり方がおざなりで、反対意見を聞こうとしない」という投稿や「山西省晋中市の建築現場では、給料未払いから乱闘事件が起きた」といった情報が出ていた。

 このサイトが当局によって潰されていないのは、胡錦涛国家主席など中国政府の最上層部がこのサイトの存在を支持しているからではないか、とする見方がある。中国では経済開放が進むにつれ、役所や大企業による職権乱用や腐敗が激しくなり、都市開発を強行する役所が代替地を与えずに住民を自宅から強制立ち退きさせたり、役所の決定に抵抗する市民に言いがかりをつけて不当逮捕したりする事件が相次ぎ、国民の不満があちこちで高まっている。(関連記事

 大きな事件としては、江蘇省常州市の民営製鉄会社が無許可で新工場建設を計画して4千人の農民を強制立ち退きさせた事件や、湖南省嘉禾県でショッピングセンター建設予定地で立ち退きに反対する市民11人が殺された事件、安徽省阜陽市などで役所の監督不行き届きから販売中の粉ミルクの6割が不良品という事態になっていることに気づかず60人以上の乳幼児が栄養不良で死亡した事件などが、日本でも報じられている。

 中国政府は最近、地方の行政機関が許認可権限を乱用して賄賂をとったり反対派住民を弾圧したりするのを止めるために「行政許可法」を制定したが、多くの地方政府がこの法律の実施に反発し、行政機能を故意に麻痺させて抵抗している。行政による腐敗や職権乱用の被害に遭った国民が政府に陳情できる「上訪」の制度もあるが、そもそも中央政府が地方政府の勝手な振る舞いを抑えきれないため、陳情を受けつけても十分対応できない状態にある。(関連記事

 また中国では数年前から、各地のマスコミが中央政府の意を受け、地方政府の役人の悪事を暴露することで腐敗を取り締まるやり方も行われているが、マスコミに対しては共産党内のいろいろな方面から圧力がかけられるので、党内政治の結果、記事がもみ消されたりして限界がある。それに比べ、ウェブサイトは誰が運営しているか簡単には分からないため「中華投訴網」に載った記事は政治的にもみ消すことが難しい。同サイトには2千件以上の案件について、合計1万ページ以上の情報が集められている。

 広大な中国では、地方の人士に政治的な「活力」がありすぎて、たとえ市町村長のレベルでも選挙によって人選を決定すると、当選した首長は自らが獲得した民意を背景に、就任直後から北京の中央政府に楯突き、中央政府は今よりもっと厳しい政治駆け引きを地方政府との間で展開しなければならなくなる。首長や議員を共産党中央が任命している限り、彼らは党に対してあまり楯突くことができないが、民主主義が導入されると抑制が失われ、政治的混乱が起きる可能性がある。

 現代世界の一般的価値観では、国民の政治的な不満を減らすには民主主義を導入するのがよいとされているが、中国ではそれは下手をすると国家としての自殺行為になる。そのため中国では、代わりに「中華投訴網」のようなサイトを党の上層部が維持させ、腐敗取り締まりによって国民の政治不満をガス抜きしているのだと思われる。

▼インターネットは現代の「大字報」

「中華投訴網」のようなインターネットを使った腐敗追放運動は、共産党上層部の対立にも関係しているという見方がある。現在の中国は、党・政府・軍の最上部の3つのポストのうち、共産党書記と国家主席を胡錦涛が握り、党中央軍事委員会の委員長には江沢民が就いているが、「改革派」の胡錦涛と「守旧派」の江沢民ら「上海閥」との間に権力闘争が続いていると報じられている。(関連記事

 胡錦涛(62歳)と江沢民(78歳)はともに、最高権力者だったトウ小平(