インドのイメルダは滅びず


(97.01.10)

 インドの南部、タミルナド州に、ジャヤラリサ・ジャヤラムという女性の政治家がいる。彼女は昨年5月の州議会選挙に敗れ、州の首席大臣の職を失った。その後、州警察は彼女を汚職関連の容疑で調べ始め、12月中旬、ついに彼女を逮捕した。その際、自宅を家宅捜索したところ、巨額の資産をため込んでいたことが発覚した。28キロの金塊と金製品、800キロの銀製品のほか、1万着以上のサリー、19台の自動車などで、フィリピンのイメルダ・マルコス女史のコレクションを思い起こさせる品々である。
(ジャヤラリサ女史の持っていた靴は400足で、3000足を所有していたイメルダ女史にはかなわないが、イメルダ女史の上着が2000着だったのと比べ、ジャヤラリサ女史のサリーは多い)
 ジャヤラリサ女史は1960-70年代に映画スターとして活躍した人で、その後、銀幕上のカリスマ性を利用して政治家に転身した。膨大な資産について女史は、女優時代に貯えたものであり、サリーや靴はかつて映画撮影用にそろえたものだと主張している。女史は大臣時代、月給を1ルピー(約3円)しか受け取らなかったとして有名だった。彼女の資産が女優時代に築かれたものなのか、それとも給料を拒否するポーズの裏で、各方面に賄賂を要求していたのか、まだはっきりしない。
(Economist 96.12.21 参照)

 ここまでの話なら、インドではよくあることだ。 Economist 誌は大胆にも「インドのすべての政治家は汚職に手を染めているといわれている」と書いている。興味深いのは、彼女の逮捕の後、何万人もの支持者やファンたちが、彼女の無実を叫びながら練り歩き、一部は暴徒と化し、5000人もの人々が逮捕されたことだ。しかも、支持者の一人は彼女が逮捕されたことを嘆き悲しんで、焼身自殺してしまったというのだ。
 インドのすべての政治家が腐敗しているのなら、ジャヤラリサ女史も例外ではないだろう。支持者も、そのくらいの疑いを持たないのだろうか。

 と、ここまで考えて、どうもわれわれが生きている日本とは、社会風土がかなり違うのではないかと思い始めた。インドでは、政治的な倫理や法律が重視されるようになる以前から大衆を動かしてきた社会的なエネルギーが、今も残っているのではないか。そういえばフィリピンでも、同じく女優出身のイメルダ女史は、世界的に悪人の烙印を押されながらも、熱狂的な支持者にささえられ、政治生命を復活させている。

 一方、わが日本では当然、今やそのようなドロドロした大衆の政治的エネルギーは残っていない。かつて、田中角栄氏が逮捕されたときは、新潟の人々を中心に、逮捕に反発する気持ちが強かった(そして「先進的」な東京の人々は、そんな新潟の人々を嫌った)が、その後、金丸信氏が検挙されたときは、そのような動きはほとんどなくなっていた。日本も欧米と並んで、近代的な社会になったということなのだろうが、同時に人々は政治的なエネルギーを失い、シラケムードばかりが広がるようになった。インドやフィリピンの人々と比べ、日本人が進歩したのか、退化したのか、分からなくなっている作者である。

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