金融不安の背景に世界的な「市場経済化」の矛盾?

97年11月25日  


 三洋証券、北海道拓殖銀行に続き、山一證券も経営破綻に追い込まれ、日本の金融業界は、いよいよ危機的な状況になっている。小売店の売上高なども不振が続いており、日本経済全体が暗さを増している。

 一方、となりの韓国では、国家的に危機的な状態に陥っている。経済成長に必要な資金をまかなうため、国を挙げて海外から巨額の借り入れをしている韓国は、為替相場の急落により、借金のドル建て金額がふくらんでいる。

 以前の記事「自動車作りすぎの韓国でメーカーのし烈な生存競争」で紹介した起亜自動車のように、財閥系の大企業が次々と倒産し、そこに金を貸していた銀行も経営難に陥っている。このままでは来年には、海外から調達した借入金が返せなくなるとの不安が大きくなり、韓国政府はIMF(国際通貨基金)に対して支援を要請することを決めた。

 マレーシアやタイ、インドネシアなどの経済情勢も、依然として悪い。ロシアや南アメリカなどでも、株式市場が急落したり、金融機関が経営難になったりしている。こうした世界的な経済危機の裏には、何があるのだろうか。

●市場原理導入のプラスとマイナス

 いずれのケースにも当てはまるのは、株や為替といった市場が暴落し、それがきっかけで経済全体へと悪影響が広がっていることである。そして、一つの国の市場の崩壊が、すぐに他の国の市場に広がっている。こうしたことからいえるのは、世界経済の「市場化」が進んだことが、経済の脆弱さにつながっているのではないかということだ。

 現在、世界的に市場原理の導入が進んでいるが、この流れの源となったのは、1980年代初頭にアメリカで政府の財政赤字を減らすため、それまで政府の規制が強かった産業に対して、規制を緩和し、大幅な市場原理を導入したことである。お役所体質が強かった通信や交通関連などの産業が、競争原理の導入によって活性化し、赤字補填など政府の支出も減らそうとする試みであった。

 この動きは他の先進国にも広がり、イギリスではビッグバンと呼ばれるロンドン市場の大幅自由化が実施された。日本では国鉄や電電公社の分割民営化が行われた。

 公的部門への市場原理の導入や規制緩和は、いくつかの副産物を生んだ。一つは、規制緩和に伴って価値が急騰したり、儲けが急拡大するものが出てきたことである。

 日本の大都市では、政府が建物の容積率を緩和したため、それまでたとえば4階建てぐらいまでしか建てられなかった土地に、20階建てが建てられるようになったりした。その結果、ビルを建てた場合の利益が急に増えることとなり、地価高騰の原因となった。高騰した土地を売却した企業や個人は、巨額の利益を手にすることとなり、その金は証券市場に流れ込むとともに、高級車などの売り上げ増加に結びついた。

 また、それまで自動車の輸入を制限していた東南アジアなどの国が、組立工場を作って部品の形で輸入することを、海外の自動車メーカーに許すことになった結果、自動車の販売が世界的に増えることに結びついた。アメリカでは航空業界の新規参入規制が緩められた結果、新しい飛行機がどんどん売れるようになった。

●アメリカ外交も一役買った

 また各国政府は、それまで公的な資産だったものを売却したり、株式化することで、巨額の資金を手に入れ、財政赤字を減らすことができた。旧国鉄用地の売却や、NTTの株式上場などがそれである。

 こうした市場経済化は欧米や日本で成功し、東南アジアや中南米にも広がった。中国では機を見るに敏なトウ小平氏がこのやり方をいち早く取り入れることをうたい「社会主義市場経済」の政策を始めた。資本主義国と社会主義国の格差が広がって、ソ連崩壊につながる一因ともなった。

 市場の自由化はまた、世界の市場を統合する動きにもつながった。世界の中でアメリカだけが自由化を進めてしまうと、たとえば日本や韓国の自動車メーカーはアメリカでどんどん車を売れるが、アメリカのメーカーは日本や韓国で売れない、ということになってしまう。

 そうしたことを防ぐため、アメリカは政治的な腕力を使い、世界中の国々から規制を撤廃しようとした。自由化は多くの場合、経済活性化や政府の赤字縮小につながるので、社会主義を続けていた国々も、相次いで市場原理を導入することになった。

●世界的な価格破壊が元凶

 だが、世界的な経済の自由化は、思わぬ副作用も生み出した。一つは、競争が激化したことによる価格破壊である。顕著な例が、東京や大阪での不動産バブルの崩壊である。業界他社もどんどんビルを建てているということを軽視してビルを建ててしまったため、空室が急増し、テナント料も下がってしまったのである。日本だけでなく、タイや中国でも同様の問題が発生している。自動車や家電製品をはじめ、雑貨などでも似たような現象が起きている。

 航空などの運輸業界や通信業界の価格破壊は、世界市場の統一を加速させることに結びついた。運賃が下がったことで人々の行き来が増え、ヨーロッパや東南アジアでは、外国人労働者が増えて労働市場の国際化にもつながった。一方、運賃が下がったことで、航空機メーカーや造船会社も利益を出しにくくなり、アメリカでは政府要人がボーイング社の飛行機を中国などに売りつけるような外交をせねばならなくなった。

 現在、アジア各国に広がっている経済破綻は、これまであまり目立たなかった市場経済化に伴うこうした矛盾が、為替相場の動揺に伴って、一気に吹き出たことによるものだ、と筆者は考える。

 この考え方を前提にすると、昨今の金融不安は、単に金融業界だけの問題にとどまらず、世界の経済全体が突き当たっている矛盾ということになる。日本の一つの証券会社が破綻したことに対して、アメリカ政府当局者があれこれコメントする必要に迫られているのは、そのためだろう。危機的な状態から脱するためには、まだ時間がかかりそうである。





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