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インタースクールによるインタビュー

通訳者・翻訳者を育成しているインタースクールが発行するメールマガジンのインタビューを昨年末に受けました。以下はその転載です。インタースクールのウェブサイトはこちら

異文化コミュニケーション心得帖

◇◆Vol. 43 The Japan Times記者

大門小百合さんに聞く<前編>◆◇


<プロフィール>
 高校時代、米ペンシルバニアの私立パーキオメン高校に2年間留学。上智大学在学中ニュージーランドのオークランド大学に1年間留学。上智大学比較文化学科卒業後、英字新聞ジャパンタイムズに就職し、政治、経済、産業の記者を経て編集デスクとなる。ハーバード大学のジャーナリストプログラム(ニーマンフェローシップ※1)に合格し、2000年9月から1年間、世界各国から集まったジャーナリスト達と過ごす。その後日本に帰国し、ジャパンタイムズ報道部に復帰。夫である田中宇氏は、国際ジャーナリストでインターネットでも活躍中。

 「ある日アメリカ大使館の公使から、ランチのお誘いを受けました。突然のことで驚き、どうして私のことを知ったのですか?と思わず聞いてしまいました。すると、ニーマンフェローに行ってからと言われ、改めてニーマンフェローの力ってすごいって実感しました」

 世界の第一線で活躍するジャーナリストらと共に、ハーバード大学でジャーナリズムを学んできた女性記者は、その黒い瞳に聡明さを秘めながら、肩の力がほどよく抜けた人だった。何かを伝えたい、誰かに伝えて欲しいと思った時、この人に伝えてもらいと感じさせる血の通ったジャーナリスト大門小百合氏のインタビューを、お楽しみください。


●カルチャーショック
――記事を書く上で、文化の違いを感じることはありますか。

 日本の常識が、外国の常識ではないというような文化の違いは、日々感じます。例えば、アフガニスタンではずっと戦争状態が続いていますよね。それに伴い、日本からも後方支援として自衛隊をインド洋に派遣するということになった時、政府は“インド洋の安全を確認してから派遣する”と発表したんです。それを“If the safty is confirmed"という記事にしたら、社内のネイティブのエディターに、“これは、おかしい。戦争状態なのに、安全なんか確認できるはずがないだろ!”と言われたんです。ちょっと考えてみると、そうですよね。日本では、自衛隊は安全なところに行くのが当たり前のように思ってしまっていますが、このように指摘されて、改めて変だと気づかされたりします。

 あと日本の政府は“内閣の改造をします”とは言いますが、“いつするのか”というのを言わないんです。暗黙の了解で、いつぐらいになるだろうということになっています。こういうのも日本だけに通じる考え方ですね。

 以前、成田空港建設反対派の方が、土地を手放すことになり、それを記事にした時、ネイティブのエディターに“この記事はおかしい。土地の売買なのに、なんで土地の値段が書かれていないんだ”と言われたので、“そんなの公表されていないし、どうせ聞いても答えてくれませんよ”と言ったのですが、“なんだ、聞いてないのか。聞いてみろ”ということになりました。それじゃあ、聞くだけなら聞いてみるかと、公団の方に電話しました。すると案の定、電話の向こうで“へっ、大門君、何を聞いてるんだ?”って苦笑しているのが、気配で分かるんです。“あー、こんなこと聞いて恥ずかしいなー”って思いましたが、“教えられないんですよー”と言われて、“あっそうですか。分かりました”と電話を切り、“土地の値段は公表されていません”と書いて、記事を締めくくることができました。こうした日本だけに通じるコンセプトは、社内のネイティブには通じないんです。でも、彼らを説得できなければ、うちの読者は当然納得しないので、記事を書く上で気をつけなければいけないですよね。いい悪いではなく文化の違いを感じさせられますので、社内カルチャーショックはしょっちゅうですよ。

●点を線にする
――記者の仕事の面白さを教えてください。

 学生時代に政治経済を専攻し、テレビ局でアルバイトをしていたので、報道の現場に興味はありました。それが決定的になったのは、ジャパンタイムズ社の入社2年目で、国会に駆り出された時です。当時PKO問題で、国会が大混乱でした。社会党が中心になって牛歩戦術をとり、団塊世代の議員らが“キミは知らないだろうが、安保の時はこうだったんだ”と熱く語ってくる。そんな中、徹夜国会が7日間も続き、家に帰れませんでした。母には“そんなことしてたら、死んでしまうから、会社を辞めて!”と言われるほどでしたが“大丈夫だから、行かせて”と(笑)…。緊迫した状況下で、日本の中枢をナマで見ているという高揚感も、あったのかもしれませんが、その時から政治の面白さにすっかりはまってしまいました。

 今、政治に興味がない人って多いですが、何か社会を変えようと思ったら、政治を変えないと変わらないですよね。法律を作るのは、彼らであるし、法案ひとつで生活が変わりますから、政治のことは関係ないっていうのは、無責任だと思うんです。記者は、政治家達に色々な話しを聞こうとします。しかし彼らは、一番書いて欲しいことだけを記者に教えてくれて、他のことは教えてくれない。記者というのは、あくまでもアウトサイダーでインサイダーにはなれないので、仕方ない面もあるのでしょう。でもそこをクリアすべく、自分の人脈を辿って、色んな人にどんどん取材に行く。するとそれぞれが語っていた点が、線になっていく。記者の仕事は、これらの“点をつないで線にする”ことなのではないかと思います。それに、政治家に実際に会って親しくなると、オフレコと言って、貴重な情報を教えてくれることもあります。時には戦争体験を語ってくれることも…。彼らの生の体験は、それだけで重みがありますし、彼ら独特のパワーも感じさせられます。

●現場主義
――英字新聞の記事の書き方は、どうやって身に付けられましたか。

 英語を全く書けないわけではなかったので、最初の頃は、デスクに直されて、真っ赤になった原稿を見ると、恥ずかしかったですね。英語をある程度書けるといっても記事の書き方とは違いますので、仕方ないのですが、それ以外にもポイントがずれていたり、ずっとあると思い込んでいた言い回しを“そんな言い方ないよ”と指摘されたり…。あと、日本語の記事を英語にするだけで、ニュアンスが変わってきてしまったりということもありました。

 始めの頃は、取材に行っても“たくさん聞いたなあ〜”と漠然と記事を書いていましたが、“一番印象に残ったことは、何だった?”と敢えて聞かれてみると“あれが面白かった”と大事な部分が出てくるんです。それを最初に書く。読者の関心は後まで続きませんから、印象に残ったことを始めに書き、逆ピラミッド式に書いていく。あとは、5W1Hをおさえて、"so what?"をプラスする。デスクや先輩達に“だから何?だからどうなの?だから書くんでしょ?”と言われ、“おっしゃるとおりですう〜、ハハア〜”って感じでしたね(笑)。

 日本語でもそうですが、よく書く人は文章もこなれてきますよね。それと同じで、ただひたすら書くのみ。“やりながら覚え、走りつづけながら学ぶ”という"On the job training"方式で鍛えられました。

●ハザマ
――英字新聞ならではの面白さってありますか。

 ある議員の方を取材しようとして、断られてしまったことがあります。その理由が“ジャパタイさん?英字新聞だよね。うちの地元じゃ、読む人いないからね〜”だったんです(笑)。かと思うと、ある日いきなり取材してくれと依頼をうけたりする。聞いてみると、どうやらその議員さんがシカゴへ行くことになったので、その時に“こんな記事載ったんです”ってうちの新聞に載った英文記事を持って行き、見せたいんだというのが分かる。こういうことって英字新聞ならではのことだと思います。

 そう言えば、通訳や翻訳の仕事のような、英語を使って仕事をしているなという雰囲気のする方々が“読者です〜”とおっしゃって、“火砕流って英語で何ていうんですか?”とか“牛歩ってなんていうの?”と電話で聞かれます。こちらも“牛歩ったって、cow walkじゃないしな〜”なんて思ったりして(笑)…。急に聞かれても、すぐにお答えできない専門用語の英単語でも、分かりませんなんて会社として言えないので、一生懸命調べて答えます。ちょっぴり“ずるいな〜、自分で調べてよ〜”と思ったりもしますが、英字新聞を出している会社ならではのことだし、人知れず役に立てるんだとも思っています。

<To be continued>