★ 当店の(元)ピアノ調律師

当店では、お客様にジャズピアノ演奏を楽しんでいただくために、ピアノの調律には
気をつかっている。調律は月に約2回。以前は演奏回数が週3回だったが、現在は週1
回。それでも調律は平均月2回、行っている。

当店はジャズライブを始めて、今月で3年目に入った。この3年で僕の耳はだいぶ成長
したのだろうか。最近、現在の調律師の調律がすこぶる気に入らない。毎回、調律の
甘さが耳につく。

この調律師はジャズ系ライブハウスで引っ張りだこらしい。都内15軒ほどのライブハ
ウスの調律を行っている。また、多くのミュージシャンの自宅にあるピアノ調律も手
がけている。人望も厚い。しかし僕は気に入らない。

最近、特に最高音部(2オクターブ)のいくつかの音が狂いやすい。また、全体の音
のバランスに締まりがない。和音にまとまりがない。音(音色、音のバランス)が音
楽的に聞こえない。

前回(2005年12月前半)は調律後、調律師がつたないピアノテクニックでポロンポロ
ンとピアノの仕上がりを確認している時に、僕はすでにバランスの悪さ、調律の甘さ
を感じた。あれっ、この人、この音の甘さ、バランスの悪さが気にならないんだろう
か。そう思ったが、いかんせん再調律してもらう時間がなかった。仕方がないので知
らん顔をして終わらせた。

その日の出演者の演奏はイマイチ切れが良くなかった。しかしこれは演奏者のせいで
はない(というのがわかった)。調律のせいである。次の週にはもういくつかの音に
うねりが生じていた。全体のバランスが、よりいっそう悪くなった。頭にきて調律師
にメールを送った。

「前回調律直後の演奏時に、数カ所、音のバランスの悪さを感じました。現在、状態
がかなり悪いです。次回は◯◯日に調律をお願いできますか?」

そして指定日に調律師がやってきた。僕のような素人に酷評されて、さていったいど
うするのかなと思ったら、まさかまさかの言い訳の嵐。オープン準備中の僕を軟禁し、
温度変化(気温)が激しいからどうのこうのとか、スポットライトの熱が状態を悪く
してるうんぬんとか、ピアノがアップライトなので耐久性がないなど、言い訳ばかり
繰り返して、なかなか調律にとりかかろうとしない。店のオープン時間はどんどん迫っ
てくる。調律師に不信感がつのる。ああ、うんざりだ。

温度変化が激しいのは毎年のこと。今年に限ったことではない。また、ピアノを設置
している場所のエアコンは今年はスイッチオフにしたまま。使用していない。ピアノ
の真上にあるスポットの熱に関しては、演奏回数が減っているので、使用頻度は今ま
での3分の1程度である。そこでためしに聞いてみた。

「演奏回数が減ったので、その分、ピアノが音楽的な狂い方をしなくなったというこ
とはありますか?今までまんべんなく少しずつ狂っていたのが、使用回数が減ったこ
とで、非音楽的にランダムに狂ってしまうといったような?」

調律師は「そういうことはありません」と、はっきりと言い切った。じゃ、あんたの
調律のせいじゃないか。僕は呆れた。だったらウダウダ言ってないで、早く調律に取
りかかれよ。言い訳や専門的な説明なんてオレには不要なんだよ。口じゃなくて音で
勝負しろよ。ったく多弁にして空疎とはこのことだ。言葉数が多い人ってたいてい信
用ならないんだよ。

調律師は、店のオープン45分前にやっと調律を開始した。普段は1時間以上時間をか
けて調律を行う。それであの程度なわけだから、今日はそれ以上の仕事ができるはず
もない。僕は諦めムードで調律が終わるのを待った。そしてオープン5分前に調律は
終了(終わらせた感が強い)。彼は例によってつたない試し弾きを始めた。

ポロンポロンポロン。やはり今日も音が締まってない。調律のバランスも良くない。
音の配列もイマイチだ。1オクターブをただ12等分に割ってるだけ。その音階からは
調律師の意地やポリシー、音楽にかける情熱といったものが何も伝わってこない。た
だただ機械的に調律を行ったのがよくわかった。この人は音楽家ではない。ただの調
律屋だ。僕は調律師を替えることを決意した。

昨年11月より、当店では今までのライブハウス的形式からBGM形式に変えた。その
ため以前、出演いただいていた多くの著名ピアニストに声をかけられなくなってしまっ
た。そこで昨年9月にこの調律師に、誰かいい若手ピアニストがいたら紹介して下さ
い、とお願いしてみたら、一人の若手女性ピアニストを紹介してくれた。これが聴い
てみたらとてつもなくひどかった。

調律師曰く、このピアニストは将来有望で、何でも弾けて、どの曲でもいつまでもイ
ンプロヴィゼーションを繰り広げられる素晴らしい人と、かなり高い評価だった。

音楽的感性の乏しい調律師のお勧めなので、話半分に聞いておいたが、彼女の当店出
演日にその演奏を聴いて、最初の2分で全てを把握してしまった。彼女は巷によくい
る粗雑で浅くて粗いノンポリシー自己満足型ピアニストだった。もちろんピアノの音
色も汚ない。

僕は、調律師に対する自分の思いが、まるで間違ってなかったことを、このピアニス
トを聴いて理解した。音楽の何たるかをわかっている人は、こんなピアニストを人に
紹介できやしない。なぜなら自分が恥をかくからだ。ましてや調律師は、僕のピアノ
に対するうるさいほどの思い入れや、ピアニストを思う様々な気持ちを知った上で、
このような低レベルの人を紹介したのだ。これでは自分は音楽の何たるかをわからな
いと、自ら暴露したようなものである。

この調律師は、当店に調律に来るたびに、いつも同じ事を言う。

「鳴海さんねぇ、こちらのピアノのこの状態で調律をするような店は、私が任されて
いる1軒を除いては、他には都内に1軒もありませんよ。ここだけです。今のこちらの
ピアノの状態は、他の店はまだまだこれからも問題なく使えるほどの状態ですよ」

調律師の言い方がちょっと不満げに聞こえる。僕が言う。

「でも高音部のこの音とこの音がすごく狂っていて、ちょっとホンキートンクピアノ
みたいなサウンドですよね。これが問題なんですよ。これでは良い音楽は表現できま
せん。ミュージシャンの本意が聴き手にダイレクトに伝わらないと困るんですよ。僕
自身、素晴らしいミュージシャンの音楽を、正確な調律で聴きたいんです」

すると調律師はムキになって言い返してきた。

「でも高音部の2オクターブ以外は全く問題ありませんよ。全然イケてますよ」

もう、いったい何の自慢だよ。あほらしい。2つ3つの音がかなり狂ってるんだから、
他の音が合ってるとかってのは、どうでもいいこと。真っ当な調律師なら、いつも調
律に気を配ってくれてありがとう。その気持ちと音に対する心遣いに感謝の気持ちを
込めて、一生懸命調律しよう、っていうのが筋ではないのか? また、それこそが調
律師の常識的な接し方なんじゃないのかよ。ったくもう!

あと、僕が当店のライブスケジュールを見ながら、

「◯月◯日は日本を代表する素晴らしいピアニストが出演されるので、次回調律はこ
の日にお願いできますか」

と言うと、なんとこの調律師はまたおかしなことを言い始めた。

「ああ、この日のこの出演者はねぇ、ピアノの調律がかなり悪い店でも、全然手を抜
かずにいい演奏をする人ですよ。(スケジュールを指さしながら)あっ、この人もそ
うですし、この人もそう。だからこの人たちの出演日には、ピアノの状態はあまり気
にしなくていいと思いますよ」

ムッカーーー!!何てこと言いやがるんだよ!!

「あのう、すみませんが、僕はミュージシャンの素晴らしい演奏をこの耳でしっかり
と聴いて、自分でも楽しみたいんです。もちろんお客様にもベストのチューニングで
聴いていただきたいし、ミュージシャンにだって、他店で弾くよりもっと気持ちよく
弾いていただきたいんです。また、クラシックが好きなお客様ほど、ほんの少しのピ
アノの狂いに嫌悪感を抱きます。僕はお客様にこのピアニスト下手だなぁとか、調律
が狂ってて気持ち悪いって、絶対に思われたくないんです」

「あぁそうですか。そう言っていただけると、こちらとしても嬉しいですねぇ」

最初からそう言えよバーロー!話なげーよ!さっさと始めろよ! 僕はがっかりしな
がら憤る。

なぜ僕がそんなに感情的になるのかというと、この調律師は、年中同じようなことを
言っているからだ。つまり前向きじゃないのだ。毎月または隔月ごとに、当店スケジ
ュール表見ながら、この人は、あの人は、調律の良し悪しを気にしない、なんて言わ
れると、おいおい、いつもオレが口を酸っぱくして言ってるオレのポリシーをまた忘
れたか。いいかげん覚えろよ。いったい何度言わせば気がすむんだよ!と驚いてしま
う。

以前、この調律師に、僕の妻のグランドとアップライトの調律を1度だけお願いした
ことがある。妻はクラシックピアノの音色や全体のサウンド、鍵盤のタッチなどに精
通しているため、こうしてほしい、ああしてほしいと、あれこれ注文を出した。でも
調律師は自分のポリシーに従って、自分なりの調律しか行わなかった。つまり、妻の
注文をどうすればかなえられるかが、わからなかったのだ。案の定、調律よりも口の
方がよく動いていた。

果たして、自宅のピアノ調律やいかに? 妻曰く「最悪!」とワースト評価だった。
彼はクラシックピアノがどうあるべきかを何もわかっていないし、たぶん知らないん
だと思う、と話していた。僕が思うにピアノ調律にクラシックとジャズで調律方法が
違うなんてことは無いと思う。ピアノはピアノとしての調律があるだけなんじゃない
かなぁ。

余談だが、我が家にはその後、日本でも指折りの大ベテラン調律師さんが来てくれて
いる。妻が彼にこうしてほしいとお願いした内容を、ベテランさんはいとも簡単にそ
の全てを正しく調整し直してくれた。妻が彼に言った。

「今までいろんな調律師さんに、今日お願いしたことと同じ内容を伝えたんですけど、
あまりにも誰もわかってくれないので、私が神経質すぎるのかなって悩んでました」

そう言うとベテランさんは、ははははっと笑いだし、言った。

「日本人の調律師の中で、あなたの希望に答えられる人は、ほとんどいないと言って
もいいだろうね。大体、彼らにそれを聴き分けられる耳はない。きっと君の希望を皆、
そんな音は聞こえないとか言ってたでしょ?これは僕ぐらいにならないと聴き分けら
れないね」

このベテランさんは、相手がピアノと音のことをよくわかっている人じゃないと調律
に来てくれない。お金のために調律を行っているわけではないのだ。ちなみに、ニュー
ヨークを拠点に活動している世界的に有名なジャズピアニスト:小曽根真が日本で演
奏を行う際、調律は必ず彼に依頼するそうだ。そんな調律界の神様のような人に調律
してもらえる我が家のピアノは幸せだ。

一方、当店の調律師は調律を行う際、もの凄いクセをピアノに課す。高音部分の全て
の音をキンキラキンに輝いた音に変えてしまうのだ。なぜそんなことをするのかとい
うと、綺麗な音を奏でるテクニックを持ち合わせていないピアニストでも、輝いた音
色を難なく簡単に弾くことができるからだ。これが彼がいろんな店で引っ張りだこで
いられる大きな特色の1つだと思う。

クラシックではこのチューニングは絶対にタブーであり邪道である。クラシックは、
どんなふうに弾いたら綺麗な音色を出すことができるかを、修練して習得するのであ
る。この道は険しくて細くて長い。現に、本当に美しい音色を奏でられるピアニスト
の何と少ないことか。一流のピアニストは、様々な音色を曲の部分によって使い分け、
楽曲を彩り豊かに最大限に表現するのである。

12月に当店調律師が店にやって来た時、聞き捨てならない話を聞いた。調律師の神様
的存在であるフランツ・モア氏が、昨年11月6日に来日。東京で調律セミナーと公演
ならびに、モア氏の調律によるスタインウェイ・ピアノでの演奏会が行われたそうだ。
調律セミナーには僕のような部外者でも聴講できたそうだ。当店調律師から、鳴海さ
んも誘えばよかったと言われ、悔しくて地団駄を踏んだ。

フランツ・モア氏は1927年生まれの78歳。現在、スタインウェイ&サンズのチーフコ
ンサートテクニシャンとして世界中で活躍している。その昔はグレングールド、ホロ
ヴィッツ、ルービンシュタインのピアノの調律を行ってきた。またこれらの超一流ピ
アニストから絶大な信頼を寄せられていた。

特にホロヴィッツはその素晴らしい演奏もさることながら、音色にかけても天下一品
で、聴く人は皆、こんな美しい音色を聴くのは初めてだと、熱狂的に賞賛し続けた。
モア氏はそのホロヴィッツのピアノを長い間、調律・調整してきた凄腕調律師なので
ある。

そんな素晴らしいモア氏の調律をまさか見聞きすることができるなんて、これほどの
幸せはない。なんてこったい。モア氏の調律セミナーで、僕の調律に関する疑問、質
問は全て一掃されたかもしれないというのに。こんなチャンスはおそらく今後、2度
とないだろう。心底残念に思う。

今まで当店では3人の調律師に調律をお願いしてきたが、皆、音楽家としての音楽的
センスはあまり高くないように思う。調律師はピアノの音階や音色を修正するために
存在する、という考えだけに留まらず、ピアニストと同じような次元で、自分も共に
音楽を生み出す音楽家である、という意識を持つべきではないだろうか。

彼らは調律という仕事が音楽家であるとは考えていないだろう。なぜなら、彼らはピ
アノがほとんど弾けない(僕が出会った人限定の話)。当然、ピアノをどのようなタッ
チでどう弾くと良い音が出るのか、どんな弾き方で何の曲を弾くのが調律の仕上がり
を的確に把握するのに最も有効かということも、あまり考えてはいないだろう。たぶ
ん彼らは、調律という仕事は、音楽に密接に携わっている「職人」だと思っているの
ではないだろうか。

ピアノに密接に関わっていながらピアノが弾けないなんて、これでは、酒が一滴も飲
めないバーテンダーが、勘を働かせてカクテルを調合しているのと、同じようなもの
である。酒が全く飲めないバーテンダーは、お客様の信頼を得るのは極めて難しい。
車の運転ができない自動車評論家も同様だ(そんなヤツいるのか?)。信頼性に欠け
る。

とまあ、調律師に恨めしい気持ちがあったために、好き勝手に書き綴ってしまったが、
もしかするとどなたかから「ピアノが弾けなくても調律はきちんとできる」という御
指摘を受けるかもしれない。「ピアノを弾くのと正しく調律することは全く別のこと」
とおっしゃる方もいるかもしれない。

それはそうかもしれないが、では自分が行った「これで完璧!」と思った調律が本当
に完璧であることを、自分に対してどのように証明するのだろうか。その場にいる他
の人に証明してくれといわれたら、どうやって納得させるのだろうか。「あとでピア
ニストが弾けばわかります」と言ってその場を後にするのか? う〜ん一度調律師に
聞いてみたい!!

「どうしてピアノに触れる仕事をしているのに、ピアノが弾けないんですかぁ? ど
うしてピアノが弾けるようになりたいと思わないんですかぁ? ピアノが弾けた方が
もっと弾き手の気持ちがわかるようになるんじゃないんですかぁ? もしかしてピア
ノのこと、あんまり好きじゃないんですかぁ?」

                             (2005年1月4日)

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