民営化で矛盾抱える世界の電話会社
(96.12.02)
それまで株を買ったことがなかったドイツ人たちが、11月18日に上場したドイツテレコム株の購入申し込みに殺到したという話を聞いて、かつての自分たちのようだと苦笑した日本の方々も多いのではないか。ドイツテレコムが公開した株式は120億ドルで、欧州で過去最大の株式公開である。ドイツではこれまで、株は投機だから良くないと考える風潮が強かった。それが欧州経済統合を前に、ようやく金融多様化の時代に入った、との論調も欧州では目立つ。だが、ひと足先にNTT株の下落で痛い目に遭った日本人からみると「電話会社の株は危ないよ」と、かつての同盟国の人々に言いたくなる。
実際、ドイツテレコムの将来は楽観できるものではない。EUは1998年から通信市場を開放するが、すでに国際電話のほか、携帯電話やコンピューターのデータ送信などの新分野で競争が激化している。その上、11月に発表された英国のブリティッシュテレコムと米国の長距離電話会社MCIコミュニケーションの大合併にも象徴されるように、国内で厳しい競争で鍛え抜かれた米国の電話会社が相次いで欧州市場に参入している。
そうした中でドイツテレコムは、民営化を進めているとはいえ、株式の80%近くは依然ドイツ政府が保有し、NTTと同様、民営化しても政府の規制は強いまま。従業員が多すぎるとの指摘もある上、96年決算は減益を予測するアナリストもいる。テレコム株の20%を売却したドイツ政府は、欧州通貨統合への参加条件である緊縮財政を続けねばならないため、売却代金がありがたい財源となる。だが、経営効率が上がらないまま株価が下落したら泣かされるのは大衆投資家、という筋書きは、日本人からみるとまさに「歴史は繰り返す」である。
通信市場の自由化を控えた欧州では来年、各国の国営電話会社の上場が相次ぐ。フランステレコム(公開規模80億ドル前後)、イタリアSTET(60億ドル)、オランダKPN(40億ドル)のほか、オーストリア、フィンランド、スウェーデン、ベルギー、スイス、デンマークで、それぞれ20億ドル規模の株式公開が計画されている。そして各社とも、これまで国営のお役所として機能してきただけに、経営効率化はドイツと同様、頭の痛い問題だ。そんな中でドイツテレコム株が下落したらどうなるか。いくら政府が愛国心をあおっても、電話会社の株を買う人は減るだろう。それを尻目に米国の電話会社は着々と欧州市場の開拓を進めるに違いない。
それだけではない。目をアジア方面に転じると、97−98年にはNTTの3期目(40億−60億ドル規模)をはじめ、オーストラリア(既上場、60億ドル)韓国(既上場、20億−30億ドル)、台湾(新規、20億−30億ドル)などの電話会社が株式公開を予定している。さらにパキスタン、スリランカ、モロッコ、ブルガリアなどは国内に個人投資家が育っていないため、公開公募ではなく海外の電話会社や期間投資家向けの売却を検討している。98年までに世界で約60社の電話会社が合計700億ドルの株式売却を予定しているとの調査もある。しかし、誰がそれだけの株を消化してくれるのであろうか。すでに電話会社株が上場しているタイやシンガポールでは、株価が上場価格を下回っている。
世界的に電話会社の株式売却・民営化が進んでいる背景には、競争激化による国際電話の価格破壊がある。通信網は重要な国家基盤であるため、各国政府はこれまで、国営電話会社の赤字を財政で補填していた。そして国内電話料金を安く据え置く代わりに、国際電話の料金を高めに設定することで、損失をある程度埋めていた。
だが、80年代以降の米国通信業界に対する自由化政策が、世界市場の様相を一変させる。米国からかける国際電話料金がどんどん安くなり、米国からアジア各国への通話量は、アジアから米国への通話量の5−10倍まで増えた。ところが19世紀から続いている国際慣行により、2国間の国際電話収入は、双方の国の人が同量ずつ通話したとみなし、両国の収入合計を双方の電話会社が半分ずつ分けることになっている。米国の電話業界は昨年、電話の利用者から集めた国際料金のうち、合計51億ドルを海外の電話会社に支払わされた。
米国の電話会社は、世界中の電話会社が国営だった時代の伝統を引きずるこの不公正さが我慢できない。通信業界を含む公的分野の民営化を世界に先駆けて進めた米国政府も同じ考えで、米国は欧州をはじめ世界各国に通信市場の開放を強く求め始めた。欧州市場の開放は、こうした流れをくむものである。無料で世界をつなぐインターネットや、通話料が安い方の国からかけたことにするコールバックサービスなどの急拡大もあり、国際電話の世界的な価格破壊は止められない状況だ。
同時に、米国が強い影響力を持っているIMF(国際通貨基金)も、発展途上国への資金援助の条件として、電話や鉄道など、国家財政の負担になっている現業部門を民営化し、補助金を削るよう求めるようになった。発展途上国の政府高官は電話会社を経営難に追い込むわけにもいかず苦悩していると、米国の投資銀行の担当者がやってきて「政府が持っている株式を売却して民営化すれば、電話会社を救うための財源にもなる」ともちかける。もちろん、売却額の2−3%が手数料として投資銀行に入る仕掛けである。もちろん、汚職が多い国では売却収入の一部が政治家のポケットにも入るだろう。
一方、民営化とともに必要となる国内電話料金の値上げは、国民の大多数が反対するため、政府としては許可したくない。従業員の削減もストライキなど社会不安につながる。結局、民営化後も政府が電話会社の経営に介入せざるを得ず、民営化とは名ばかりの状態が続く。
国際電話収入の均等割り慣行が続いたのは、冷戦時代に米国が第三世界を自分の陣営につなぎ止めておくための援助の一つだったとみることもできる。冷戦が終わり、米国は政府、電話会社、投資銀行の三位一体で、発展途上国の電話会社をビジネスの世界に引きずり込み、食い物にしようとしている。こうした構造をみて「植民地支配の復活だ」と指摘する声もある。