国家体制の危機しのび寄るサウジアラビア
(96.11.28)
豊富な石油からの収入で日本なみの豊かな生活を謳歌してきたサウジアラビアの人々に、貧困への不安が広がっている。湾岸戦争による軍事出費の増大と石油価格の下落、成金経済で浪費傾向が改まらない政府の財政難などの影響で、これまで外国人労働者に任せていたきつい仕事にも、サウジ国民が就かねばならない状況になっている。世界銀行によると、サウジの一人あたり年収は1980年の1万9000ドルから、今では6900ドルまで低下。日本の2万5400ドルや韓国の1万2300ドルよりはるかに低く、世界銀行が先進国と発展途上国の境界線とみなしている7620ドルを下回ってしまった。
サウジアラビアではエジプトやフィリピンなどイスラム諸国からの外国人労働者が民間労働人口の9割を占める。政府は最近、労働ビザの延長を規制する一方、全ての企業に対し、サウジ国民の従業員を毎年5%ずつ増やすよう命じた。財政難で公務員数を減らさざるを得ないため、その埋め合わせに民間雇用を拡大する計画だ。だが、楽な仕事以外したことがないサウジ国民の採用に消極的な企業も多い。出来の悪い同胞を採って事業を台無しにされるより、少し金を払って誰かに従業員として名前だけ貸してもらい、実際の仕事は外国人に任せ続ける企業もあり、本当にサウジ国民を雇っているか当局が抜き打ち検査に回っている。しかも70年代の石油価格高騰で豊かになった後、人口増加率が3%台と高水準になった。そのベビーブーマーたちが就業年齢に達し、若者の就職は年々厳しくなっている。
こうした中、王室とそれを支援する米国への反感が高まっている。昨年11月には首都リヤド、今年6月には港湾都市ダーランで、米軍の施設や住宅に対する爆破テロが相次いだ。米軍はそれまで都市周辺に分散していた施設を、砂漠の中に建設中の大型基地に移転する計画の前倒しを決めた。警備上の問題もあるが、米兵が町をうろうろして人々を刺激するのを避けるのが大きな目的である。イスラム教最大の聖地メッカを抱くサウジは異教徒の入国を厳しく規制してきた。しかも王室のサウド家は18世紀に厳格なイスラム信仰を唱えて国を統一した歴史もあり、欧米キリスト教国家への不信感はもともと強い。
79年のイラン・イスラム革命を機に、米国はサウジへの派兵を検討したが、結局ペルシャ湾に戦艦を浮かべるだけにとどめたのは、こうした伝統を持つサウジ政府が反対したためだ。だが90年の湾岸戦争を機に米軍がサウジに上陸して駐屯し始める。それとともに人々の生活は苦しくなり、聖職者たちは反米的な説教を始めるようになった。米国が湾岸戦争でフセイン大統領の息の根を止めなかったのは、石油地帯の支配を続けるためイラクの脅威を残し、サウジ駐屯を長引かせるのが目的だという見方も広がっている。
反米意識は強いものの、相次いだ爆弾テロの真の標的は、米軍を招いた上に欧米文化を積極的に取り入れ、成金体質で腐敗し、イスラエルに厳しい対応をとらない王室のサウド家だといわれる。サウジ国民は大多数のスンニ派(多数派)と約15%のシーア派(イランで信仰されている)で構成されており、米軍施設爆破事件はシーア派がイランの支援を受けて実行したと推測されていたが、このほど検挙された6月の爆破事件の容疑者たちはスンニー派だった。サウジ当局は、国民の多数派がテロに走ったことにショックを受けている。
米国に支援された政府が国民の反感をかっているサウジの現状は、イスラム革命前夜のイランと似ているとの指摘もある。貧富の差が大きいイランと異なり、サウジは今や高学歴で比較的裕福な国民も多く、イスラム原理主義による政府の転覆は想像しにくいものの、今後も米軍や王室へのテロの企ては続くだろう。ファハド国王が高齢で健康問題を抱える中、王族間の反目も明らかになっている。また、今後も米国人がテロの犠牲になった場合、米国民の間で、ペルシャ湾岸地域から石油を大量輸入する日本も、湾岸諸国の平和を維持するために何らかの負担をすべきだとの声が高まることが予想される。