円安が止まらないいくつかの理由

(97/01/29)


 円安が止まらない。年初には関係者の間で「1ドル120円になったら、日米欧の金融当局が協調介入するだろうから、それ以上の円安はないだろう」とみられていたが、1月29日に120円台をつけても、日銀その他の市場介入は実施されなかった。

 以前の円高で国際競争力を失って困っていた日本の輸出産業にとって、今回の円安はうれしいことだろう。だが、1980年代以来の円高が、日本の経済力の上昇を示すものだったことを思い出すと、今回の円安は日本の経済力が衰え始めていると世界が認識し始めている、ということを意味している。これは長期的にみると、日本にとって危機的なことである。

 しかも、日本ではそれを裏付けるかのような経済状況となっている。橋本政権の「ビッグバン」計画を機に、数年前から予見されていた金融機関の相次ぐ破綻がついにおきそうだし、企業のリストラや就職の氷河期が続き、失業率も次第に高まっていきそうである。内外の経済関係者の間で危機感が募っても不思議はない。

 円安要因の一つは、これまで日本の株や債券、預金として投資されてきた日本人の資産が、米国やドイツの債券や株など海外に流出している(だから円が売られ、ドルやマルクが買われる)ことである。これには二つの理由がある。一つは大蔵省が銀行など金融業界を守るため、低金利を続けていること。日本の金利が1%という今、米国の金利は6%前後、ドイツでは4%弱である(この数字は少しあやふや)。低金利にしたら金を借りて投資する人が増えるという理屈は、銀行保護を続けるための看板にすぎない。

 もう一つは、日本人の個人と機関投資家(金融機関など)が日本の将来に対して不安を持っているため、資産を外貨建てにしたいと思う気持ちが次第に強くなっているのではないかということだ。こうした国内要因からみると、金融機関のバブルの後始末を早く進めることと、日本が今後、進むべき道について考え、日本社会の中で何らかのコンセンサスや計画、希望がみえてくるようにすることが必要だ。

 また、1ドル=120円台に入っても日銀が市場介入できないことがもう一つの理由だ。なぜ為替市場介入が実施されないのだろうか。可能性の一つは、米国や欧州各国が、円安を止めるための協調介入を行うことに消極的になっているためだ。日銀だけが単独で市場介入することは、欧米が協調介入に消極的であることを示すことになってしまうので、逆効果である。

 ではなぜ、欧米は協調介入に消極的なのだろうか。その答えの一つは、米国政府の関係者がこのところ、ドル高を容認する発言を繰り返していることである。自動車メーカーなど米国の輸出産業は米国政府に対し、円安ドル高は米国市場での日本車の価格競争力が強まるので迷惑だと主張しているが、クリントン氏は聞く耳を持たない。以前の米国政府は為替をドル安に導いて、国内産業の輸出競争力をつけようとしてきたが、その政策は変わりつつある。

 おそらく、産業界のことより金融界のことを考えて、ドル高にすることによりアジアなどの資金が米国債や米国株をもっと買ってくれるように仕向けたいのではないか。ドル高が続く限り、貯蓄指向の強いアジアの人々は、ドル資産を持ちたいと思い続ける。世界中の人がドル建て資産を持っていれば、誰も米国の崩壊を望まないから、米国は世界支配を続けることができる、というシナリオだ。

 一方欧州では、為替相場を政府の力で管理する対象としてとらえることをやめ、経済状況を計るものさしの一つと考える傾向が強くなっている。市場介入は次第に古い政策になっているのだ。
 欧州各国は通貨統合に向けて動いているが、いくつもの通貨を一つにまとめていくには、個別通貨の為替へのコントロールを弱めていかねばならない。価値が市場介入によって人工的に作られている通貨を統合すると、統合された通貨にひずみが生じてしまう。だから欧州は、投機筋などによる通貨統合を破壊する動きへの対応以外の理由で為替市場介入を行うことに対し、消極的になっている。

 海外との協調介入に頼れない以上、円安を脱するには、日本経済の基本的な部分が改善されつつあるという兆候が内外に示されなければならない。次世代の人々に借金のツケを払わせることになる国債を発行して公共投資を行い、景気をてこ入れするという伝統的なやり方では、基本的な改善にはならない。人々やマスコミは政府批判をするが、公共投資を増やしてくれ、整備新幹線を早くひいてくれと政治家に頼むような国民が多数を占める限り、誰が首相になったとしても、日本の迷走は続くだろう。