●軍隊にも給料支払えないロシアの危機

(96.11.25)

 経済が混迷するロシアで今年初めから国営工場、学校、病院、軍隊など公務員への給料や年金の支払が滞っている。生活に困った労働者たちによるストライキがロシア各地で続いており、今年7月には沿海州の炭坑と発電所でソ連崩壊後最大のストがあったほか、10月末にはモスクワの政府庁舎前で10万人規模のストがあり、不満の高まりを恐れた政府は資金をかき集めて未払い賃金の一部を支払った。だが、企業からの税金徴収が思うように進まない政府は財政難で、40兆ルーブル(7000億円)に上る給料と年金の遅配分をすべて支払うにはほど遠い状態となっている。

 ロシアで1日以上続いたストは1994年は約500回だったが、昨年には9000回近くまで急増し、今年はさらに増えるとみられている。遅配は民需品製造への転換が進まず政府からの補助金に頼る割合が大きい軍需産業が深刻で、軍需産業が多い極東地域は今年2月ごろから遅配が始まった。今も5月分までしか支払われていないところが多い。
 ソ連時代に核兵器開発の最大拠点で、国家機密工場だったウラル山中のチャリャビンスク工場でも5月分までしか支払われておらず、研究者など従業員に給料支払いができないことを苦にした工場長が10月末に自殺。民需転用に向けた欧米諸国の援助にもかかわらず業績不振が続いている。今後は従業員の大量解雇もありうる状態で、核兵器の技術者がテロ支援国家に雇われることにもなりかねない。
 また、軍隊に対しても給料遅配や東欧から復員してきた兵士のための住宅建設が大幅に遅れ、士気の低下も指摘されている。ロシア政府がチェチェン紛争の早期締結を目指しているのは軍資金の不足が一因だ。今後アフガニスタン内戦などの影響で中央アジア諸国にイスラム原理主義ゲリラが広がった場合、ロシアはこれまでのようなテコ入れができず、旧ユーゴスラビアのような長い混乱状態に陥る可能性もある。

 国庫に金がないのは、法人税の徴税率が低いことが原因だ。徴税率は今年1−9月に60%程度だったが、10月は50%前後まで下がり、悪化している。ソ連時代からの伝統で所得税が軽視されているため税収の柱は法人税だが、滞納額の総額は61兆ルーブル(約1兆2000億円)、延滞金を加えるとその2倍以上になる。エリツィン大統領は7月の選挙選で徴税率の向上を公約したが、実現できていない。このため徴税率の低さに不満を持つ国際通貨基金(IMF)は、今年から3年間で100億ドルの対ロシア支援計画のうち、10月分の3億4000万ドルの支出を延期した。
 このためロシア政府は徴税率の向上策に乗り出し、滞納額の65%を占める上位300社に対し、滞納を続ければ会社を強制清算するとの強硬姿勢をとった。だが、ロシアの新聞が「芸術的」と表現するほど巧みな税金逃れが横行する一方で、経営難で税金どころか賃金も支払えない企業も多い。9割の企業が税金を払えないとの概算もある。その上、エリツィン大統領は7月の選挙で再選を果たすために大企業から献金を受けているといわれ、その関係で徴税の手を緩めているとの指摘もある。また、地方政府が企業から集めた税金を中央に渡していない現実もある。

 またIMFがロシア政府に強制したインフレ対策が経済の縮小を招き、税収減につながったとの指摘もある。インフレ率は昨年初めの18%から現在では1・5%まで落ち着いたが、通貨供給量を極端に切り詰めたため経済が閉塞し、今年の国内総生産(GDP)は6%減の見通し。こうしたIMFの机上理論の失敗はロシアだけでなく、南米などでも起きている。
 昨年までのインフレで労働者の購買力は90年以来70%も下がり、これに給料の遅配が加わって、シベリアなど遠隔地の労働者が以前のように毎年一回故郷に帰省することは、もはや夢になってしまった。そんな状態を考えると、社会主義時代から堪え忍ぶことに慣れているだけあって、ロシアの労働者は忍耐強いともいえる。