香港で反中国の会社がつぶされ始めた

(97/01/28)


 ジョルダーノというTシャツやジーンズのブランドをご存知だろうか。このブランドを作っているジョルダーノ・インターナショナルは香港の会社で、中国大陸にも以前は120店の直営販売店を持っていた。だが、この会社は今、経営危機に瀕している。

 香港の証券取引所に上場しているジョルダーノの株式は1月13日からの約二週間の間に4割も値下がりしてしまった。その原因は、このところ中国で進めようしていた新しい合弁事業がうまくいつていないこともあるが、最大の原因は、2年前まで社長をしていた創業者が、中国政府に対して公然と反対意見を述べてきた反体制の人だからだ、との指摘が多い。

 ジョルダーノの創業者、ジミー・ライ・チーイン氏(48歳)は1994年、李鵬首相ら中国首脳部を批判する公開書簡を出すなど、公然と反中国の姿勢を表明してきた。公開書簡を出した直後から北京や上海のジョルダーノ店が経営認可を取り消された。当局が認可を取り消した理由は経営者が反体制だからではなく、店の運営上の理由だった。

 だがその後、ジョルダーノは中国で新店舗をいくつかオープンし、政府批判は大して問題にされないのかもしれない、と関係者は思い始めていた。だが昨年末、中国企業と組んで始めるつもりだった合弁事業の計画が、合弁相手との交渉の不調から実現しそうもないと報じられたことをきっかけに、今年に入ってジョルダーノ株が投げ売りされ始め、株価は見る間に下がっていった。

 あまりの急落に、証券取引所の判断で1月17日から一週間、株式の取引が停止されたが、再び取引され出した1月28日は、さらに売り込まれ、一日で25%も値が下がってしまった。ジョルダーノの経営不振をあおるような発言をする同業他社もあらわれ、急落に拍車がかかった。

 筆者の記憶では、ジョルダーノはちょうど同じくアパレルメーカーのベネトン社(イタリア企業)と似た、広告などでとっぴな社会アピールをして物議を醸し出し、それをテコに販売を伸ばす、という戦略をとってきた。ライ氏が李鵬首相に公開書簡を出したのも、こうした戦略の一つだったと推測できる。たしか、ジョルダーノは天安門事件の民主化弾圧を批判するTシャツを作って売ったりしていた。創業者のライ氏は、こうしたことが逆に経営にマイナスだとされたためか、書簡を出した後の94年中に社長を退いている。

 今回の株式の暴落は、ライ氏が辞めた後も、ジョルダーノは反中国だという烙印が残っており、それに対する復讐という意味がありそうだ。中国当局筋がジョルダーノ株の売りを誘うような動きをしたとの報道はない。裏工作を含め、中国当局から投資家への働きかけはなかったかもしれない。むしろ、香港返還後は反中国の企業は利益を出せなくなるだろうとの、香港の投資家の読みから売られたのかもしれない。

 最近の香港市場では、中国系企業や中国とのつながりが深い株が「レッドチップ」(紅い銘柄)と呼ばれ、上昇を続けている。中国人民解放軍と深いつながりがある船舶会社「コンチネンタル・マリネール」は、赤字企業で社員が20人ほどしかいないのに、株価は昨年12月の1ヶ月間に二倍近い値段になってしまった。ジョルダーノの暴落は、まさにこうした動きの裏側にある。なお、アメリカでは好業績の大企業株を「ブルーチップ」と呼んでおり、レッドチップという呼び方はそれをもじったものだ。

 ただし、このように政治と企業の動向がリンクしてしまうと、これまで自由主義を看板にしてきた香港市場の価値が薄らいでいくことは間違いない。経営者は誰でも、政治的な圧力の悪影響を受けずに経営したいと思っている(逆に政治力を使って利益をあげたいと狙っているのだが)。

 今回のことに象徴されるように、香港経済は自由主義から、政治とのコネ(中国語で関係)が全てという中国大陸型へと、急速に変質している。投資家にとって、どの会社がどの政治家とコネを持っているかは、見えにくい部分だ。投資の参考にする公表資料には表れない部分だからだ。こうした状況は市場にとって不健全であり、欧米流の市場原理からみると、市場の繁栄は長続きしないということになる。

 だが、中国世界の原理は欧米とは違い、関係重視型経済のもとでも香港市場の拡大は続くと予測する人々もいる。特に、中国当局と親しくしたいと思っている「関係重視型」の経済評論家、アナリスト、ジャーナリストらがそうだ。とはいえ、誰が中国系の経済専門家なのか、という判断もまた難しい。香港返還をめぐる不透明さは、強まるばかりである。