欧米の製薬会社に蝕まれる中国の医療体制

98年12月7日  田中 宇


 中国といえば「漢方薬の国」だ。中国の総合病院には、中医(漢方医)と西医(西洋医)の棟が仲良く並んでいて、漢方での治療も活発におこなわれている・・・、といったテレビ番組や雑誌の記事を目にする。

 だが、最近の中国の大都市の病院では、そんな常識とはちょっと違った光景が、展開している。患者たちは、医者から、欧米の製薬会社が作った西洋医の薬を、有り余るほど処方され、紙袋に入りきらないので、薬袋ならぬ薬カバンを渡されて、病院の玄関を出てくる、という状況になっているのである。

 もはや、中国の病院で処方される薬は、社会主義時代のような、ほとんど無料の安さ、ではない。市場経済化が進められた結果、診察代はまだ一回100円以下の安さなのだが、薬代は、3000円や5000円といった、中国の給与水準と比べると、月給の半分とか3分の1とかに相当するような金額を、支払わされていることが多い。

 中国では従来、大都市住民のほとんどが、国有企業に勤めていたが、それらの多くは倒産状態だから、今や都市住民の半分程度は医療費保険を持っておらず(世界銀行調べ)、高い薬品代の全額を、自分で負担しなければならない状態だという。

 そんな状況の中で、中国の人々が支払っている平均医療費は、このところ年に30-40%という増え方だ。その医療費の60%が薬代で、これは先進国(OECD諸国)の平均の4-5倍という高さである。そして、その多くが欧米メーカーの薬になっている。

●病院経営の苦境につけこむ営業手法

 この話の要点は、患者が受け取る大量の薬の多くが、中国の製薬会社の製品ではなく、欧米メーカー、もしくは欧米メーカー系の中国合弁メーカーの薬だ、というところにある。

 実は、欧米メーカーの薬をたくさん処方するということは、中国の大きな病院の経営、それから多くの医者たちにとって、欠かせないことになっている。中国の病院の収入全体の60-80%は、医薬品の売上からきているのが現状だ。

 最近、中国の病院経営は、どこも苦しい。社会主義時代、病院はすべて公営で、赤字は政府からの補助金で穴埋めしていた。だが、経済の自由市場化の影響で、昨年から中国政府は、病院への補助金を打ち切っている。

 赤字を出せなくなった病院の運営責任者たちは、頭を悩ませるようになったのだが、そんなところに現れたのが、欧米製薬会社の営業マンたちだった。

 中国では、国産の医薬品に対しては、以前から価格統制があり、決まった範囲の値段でしか、売ることを許されなかった。だが、外国からの輸入薬や、海外企業との合弁メーカーの薬は、患者に処方する際、自由に値決めをすることが許されてきた。

 そのため、欧米メーカーは、自分たちの薬を中国製の薬より5-6倍高い値段で売ってもらう代わりに、売上代金の半分前後を病院の利益とさせることで、病院が欧米製の薬をどんどん処方したくなる仕組みを作った。

 中国では薬だけでなく、多くの商品について、中国製より欧米や日本の製品のほうが消費者に好まれる傾向がある。国産の医薬品の中には「ニセモノ」として摘発されるものがときどきあることも、国内ブランドのイメージダウンにつながっており、人々は、欧米製の薬は高いがよく効く、という印象を持っている。

 欧米メーカーの営業マンたちは、医者に対しても食い込みをかけている。医者たちが海外の医療専門雑誌を購読したいと言えば、差し入れるし、外国で開かれる医学会に参加したければ、飛行機の切符を渡したり、ホテル代を払ってあげたりする。

 中国では、医者は高額所得者ではない。平均的な月給は1万5000円といったところ。海外の医学雑誌を買ったり、外国での学会に参加することは、独力では難しい。

 「紅包」攻撃もさかんだ。紅包とは、現金を入れた封筒のこと。病院では、医者がどの薬を処方できるかというリストがあって、それを決めるのは事務方の幹部なのだが、まずはそこに紅包をこっそり渡す。さらに、その薬をどれだけ患者に処方してくれるかは、各医師が決めるので、そこにも紅包、ということになる。

 日本でも、製薬会社と病院の関係には、不透明な部分がかなりあるようだが、中国の場合も、なかなかのようだ。

●欧米メーカーをたたいて国内企業の保護

 こうしたことが問題にされ出した背景には、中国政府が最近、外国企業の中国での活動を制限する傾向を強めていることがある。

 欧米の製薬会社が中国で不正な営業手法をとっているという話は、ニューヨークタイムス(11月19日付け)や、イギリスのエコノミスト(11月7日号)が伝えたが、いずれも中国政府筋が情報源となっている。つまり、中国政府が積極的に、欧米メディアにこの話を書かせたがっていることが、うかがえる。

 そして、その裏には「欧米のメーカーに市場を牛耳られては、国内の製薬会社が育たなくなる」という、中国側の危機感が見え隠れしている。

 こうした動きに呼応するかたちで、中国政府の国家計画委員会は、欧米製の医薬品に対しても、販売価格に上限を設けることを検討している。

 中国政府はこれまで、海外から進んだ技術を取り入れるため、医薬品を含む多くの工業分野で、比較的自由な営業活動を認めてきた。だが最近では、これまで黙認してきた外国企業のさまざまな活動を、制限する傾向が強くなっている。

 その中には、価格統制のほかに、密輸の取り締まり強化がある。

 中国政府は、輸入品に対して、自動車で150%、パソコンで20%といった税率の関税をかけ、その上に17%の付加価値税を課している。とはいえこれまでは、税関や港湾の当局、沿岸を警備する海軍当局などにコネがあると、比較的簡単に、関税なしで香港から中国国内に製品を運び込むことができた。

 そのため、多くの外国企業は、香港で、関税を払わずにすむ方法を知っている中国の輸入業者に製品を売り、中国での流通はその業者に任せる、という方法をとっていた。外国企業本体は、宣伝広告や売れ行き動向は把握するものの、「密輸」という不正行為のリスクが伴う商品流通自体は、中国の業者に任せるケースが多かった。

 だが、中国政府は9月以降、密輸の取り締まり強化に乗り出し、こうしたビジネスのやり方を難しくしている。

 その結果、たとえばパソコン業界では、欧米や日本のメーカーは、中国で売る自社製品の手当てが困難になり、中国での売上が落ちているところが多い。その一方で、中国のメーカーはその穴を埋めるかたちで、売り上げを急増させている。

 中国政府は、外国企業に対する規制を強めることによって、国内企業を保護する方向に動いている、といえる。国内企業、特に国有企業を保護しないと、経済成長の鈍化と失業者の増加によって、中国全体が不安定になってしまう、というのが、その理由だろう。

 こうした中国の政策変化は、米中関係に冷水を浴びせる結果となっている。米中は、今年6月のクリントン訪中で親密さを増したのだが、8月にロシアの金融破綻をきっかけに起きた世界的貸し渋りが、中国経済に悪影響を及ぼしてからは、流れが逆転している。

 そして、6月には日本をすっ飛ばして訪中したクリントン大統領は、最近では、やっぱり日米関係も重要だ、と考え直しているふしもある。それが、親米派の小沢一郎氏が自民党に戻る、という動きの背景として、考えられるかもしれない。





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