中国の金融改革は間に合うか98年1月18日 田中 宇 | |
東南アジアの経済専門家の間では最近、「中国のような閉鎖的な経済システムを続けていた方がよかった」という考え方が広がっている。東南アジアではこれまで、欧米流の経済モデルを目標とし、海外からより多くの資金を取り込めるように、為替市場での取引は自由で、外国企業による投資にも制限を少なくしてきた。 だが昨年から続くアジアの経済危機はまさに、東南アジアにこうした自由な金融市場があったからこそ発生した、と考えられるようになっている。そして、為替取引や外国からの投資に対する規制緩和をゆっくりとしか進めてこなかった中国の方が、経済危機の波及度もはるかに少ないのも事実だ。 アジア経済危機は「自由化こそが正義であり、規制を続けることは悪いことである」という、これまでの常識を覆してしまった。IMFやアメリカは「危機から脱するには、もっと自由化するしかない」と主張しつづけているが、そうした主張が正しいのか、疑問視する人が多いのはそのためである。 ●したくてもできない人民元切り下げ とはいえ中国でも、アジア経済危機の影響は、無視できない。経済危機に関連して中国が抱えている問題は2つある。その一つは、東南アジアの通貨が下落したため、相対的に中国の人民元の価値が高まり、中国からの輸出製品の国際市場での競争力が、東南アジア製品に比べて不利になったことである。 このため、世界中の中国ウォッチャーや香港の市場関係者たちは、中国の金融当局が、近く人民元を切り下げるのではないか、と予測するようになった。中国は外国為替取引を自由化していないので、政府(中国人民銀行)が為替相場に関する決定を下すことができる。 だが、人民元の切り下げに対しては、アメリカが強く反対している。中国のアメリカに対する貿易黒字がすでに巨額であるため、もし中国が人民元相場を切り下げれば、その分だけ中国製品が安くなる。アメリカ人はより多くの中国製品を買うようになって、アメリカの対中貿易赤字がふくらんでしまう、という懸念から、アメリカは人民元の切り下げに反対した。 その結果、中国の中央銀行である中国人民銀行の戴相竜総裁は、1月15日に訪中したアメリカのサマーズ財務省副長官と会い、人民元の切り下げを行わないと表明させられた。 ●香港経済の危機再び もし人民元を切り下げれば、対米貿易黒字の増加だけでなく、このところ再び暴落への危機感が強まっている香港ドルの為替相場にも、悪影響を及ぼす可能性がある。 香港ドルの為替相場は、1米ドル=7.74香港ドル前後の水準で、米ドルとの間で固定されている。(これをペッグという) 昨年の通貨危機で、アジア諸国の通貨が国際投機筋によって次々と米ドルとのペッグを外される中で、香港ドルのペッグは、香港当局の豊富な外貨準備を背景に、生き残ってきた。 だが、香港ドルに対しても投機筋からの売り圧力は強い。ペッグを守るために、香港の通貨当局は金利を上げ続けねばならなかった。(金利が高いと投資する価値が高くなるので、香港ドルを所有してくれる投資家が増え、為替相場が下落せずにすむ) だが、高金利が続いたため、香港企業は金利負担が増えて経営が悪化し、1月12日には大手の証券金融会社、ペレグリンが倒産した。借金して土地を買う人が急減したため、不動産価格も低迷しており、大手の不動産会社が相次いで倒産する危険性も高まっている。 こうした状況が続けば、中国が人民元を切り下げなくても、近い将来、香港ドルに大量の売りが殺到し、米ドルとのペッグが外れてしまう可能性がある。香港経済が打撃を受けることは、中国にとって死活問題でもある。中国政府としては、人民元切り下げを見送る代わりに、アメリカに動いてもらい、香港の経済危機を回避したいと考えているのではないだろうか。 ●アメリカの支援で金融改革 もう一つ、中国経済にとって大きな問題になっているのが、金融機関の経営危機である。中国では国策により、金融機関は倒産しそうな国営企業に運転資金を融資する役割を命じられてきた。国営企業は外資系企業の製品や輸入品との競争に負け、倒産状態で借金を返せないところが増えている。 中国人民銀行が先日発表したところによると、中国の銀行による貸出金のうちの25%が、利子が予定通り支払われていない不良債権となっており、このうちの半分近く(全体の8-10%)は、過去2年間以上、利子が支払われていない。日本やタイと同様、中国でも、金融機関の不健全な経営が、経済全体に悪影響を及ぼしはじめている。 状況を改善するため、中国では、中央銀行である人民銀行の権限を政府から独立したものにして、これまでのような金融に対する政治的な影響を減らすことが計画されている。中国人民銀行は1月16日、地方ごとに連邦準備銀行を設立しているアメリカの中央銀行制度をモデルとする、と発表している。
関連ページ過去数年間の中国での金融改革について解説している。松下政経塾、田幸大輔さんの論文。 中国の国有企業改革の難しさについて解説している。論文「中国高度成長維持の鍵」の中の一章。慶應義塾大学・高村秀嗣さんの著作。
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