危険がいっぱい? 世界の空の旅

1997年12月27日  田中 宇


 ロシアや旧ソ連諸国の国内線飛行機に乗ることは、ロシアンルーレットをやっているようなもの・・・。こんな恐いジョークが、ロシアでは語られている。

 ロシアでは12月6日、シベリアのイルクーツクで軍の大型貨物ジェット機が離陸直後に住宅地に突っ込み、数十人が死亡したばかりだが、ロシアでの飛行機事故は1990年のソ連崩壊以来、増える一方となっている。

 民間機だけの統計でも、人が死亡した飛行機事故は今年1-8月の段階で7回発生し、66人が死亡している。この数は1996年(1-12月)の4回、35人を大幅に上回っている。ロシアの連邦航空局は今年初め、内閣に対して、ロシアの航空路の危険性は、西ヨーロッパに比べて2倍になっている、との報告をまとめている。

 ロシアなど旧ソ連で航空機事故が多い理由の一つは、かつて国営の独占航空会社だったアエロフロートが、ソ連崩壊とともに空中分解し、現在では国内線の運営が、大半が中小規模の、約400社の航空会社に分かれてしまっているためだ。

 このうちの多くは経営資金が少なく、飛行機の整備などに十分な金をかけられない。決められた上限以上の人や荷物を乗せて飛ぶこともある。また、飛行機自体を所有せず、アエロフロートなど大手航空会社から借りて運行しているところも多い。

 飛行機のほか、航空管制用の設備が老朽化していることも、事故多発の一因だ。旧ソ連の航空施設のかなりの部分は1960-70年代に設置されたもので、精度が低い上、故障も多い。連邦航空局によると、設備の60-70%は、取り替えが必要な状態だという。

 ロシアの現状が深刻なのは、経済の停滞を受けて、飛行機の利用自体は減っている中で、事故が増えているという点だ。連邦航空局が今年8月に発表したところによると、今年1-6月の航空旅客数は合計1080万人で、去年の同じ時期より170万人も減っている。

●アフリカはアメリカの20倍危ない

 ロシアと並んで空の旅が危険にさらされているのがアフリカと中南米である。世界の航空パイロットで作る国際組織、IFALPA(国際エアラインパイロット協会)によると、100万回の飛行に対する事故回数率は、ヨーロッパと北アメリカが0.7、アジアが1.3であるのに対し、アフリカは14.9、南アメリカは9.4となっている。アフリカで飛行機に乗る際の危険性は、アメリカの20倍ということになる。

 アフリカの空の危険性が高いのは、南アフリカでアパルトヘイトが終わり、経済封鎖が解かれたことが、大きな原因だ。欧米から南アフリカを訪れるビジネスマンや観光客が増えるとともに、1994年にマンデラ政権が発足してからは、近隣のアフリカ諸国と南アフリカとの関係も急速に強化された。

 アフリカ全体の航空機の交通量は、過去5年間で2倍以上に増えた。このうち特に増加が激しいのは、ヨーロッパからアフリカ大陸上空を通って南アフリカに行く路線で、マンデラ大統領の就任後の2年間(1994-96年)で、交通量は4倍になっている。

 また、欧米からの圧力を受けてアフリカ諸国は国営企業の民営化を進めており、新しい航空会社の設立も多い。アフリカの航空会社は5年前の約20社から、今では80社以上に増えている。

 その一方で、飛行場の整備や航空管制施設の改善は進んでいない。冷戦崩壊以後、内戦地域が拡大し、上空を通る飛行機の面倒など見ていられない、という国も多い。地上から航空機に対して無線による情報提供をほとんどやっていない国もある。

●管制サービスが事実上ない国も

 通常、ある国の上空を飛ぶ飛行機は、航空会社がその国に金を支払って上空を通過させてもらう代わりに、その国の管制センターから、近くに他の飛行機がいないかどうか、進行方向の天候はどうか、空港周辺の状況はどうか、といったことなどについて、連絡してもらうことになっている。

 この連絡がないとパイロットは、他の飛行機との衝突を避けるため、定期的に自分から無線を発信し、周囲の飛行機と直接交信して、危険を回避しなければならない。周囲にこれを怠る飛行機が一機でもいると、衝突の危険が高まる。

 今年5月、南アフリカ航空と、英国航空などヨーロッパの航空3社は、ザイール、スワジランドなど航空管制サービスが特に不十分なアフリカ諸国に対して、航空管制要員のトレーニングが足りないと非難し、要員のトレーニングを自分たち航空会社の方で代行してあげるので、その代わり今後支払う上空通過料からトレーニング費用を差し引かせてもらう、と通告した。

 また、アフリカに人工衛星との電波交信を利用した新型の管制システムを導入する計画も、アメリカを中心に検討されている。こうした対策が試みられているものの、アフリカ上空の危険性は、あまり改善されていないのが現状だ。

●中南米ではアルゼンチン

 中南米では、アルゼンチンが特に危険であると、国際エアラインパイロット協会(IFALPA)から名指しされている。中南米の航空パイロットたちは12月下旬、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで会合を開き、アルゼンチン政府に改善を求めた。

 IFALPAによると、アルゼンチンでは今年に入り、飛行機どうしが衝突しそうになるニアミスが21回発生している。原因の多くは管制センターからの無線連絡が不十分なためで、その背景には、民間機に対する管制を、軍が担当していることがあるという。

 空港への離発着や、上空の飛行に対する航空会社からの支払いは軍に入るが、軍は収入の一部しか、管制設備の更新や要員のトレーニング費用に当てず、残りは軍の他の部門での支出に当てているとされる。IFALPAはまた、アルゼンチンのほか、ブラジルやペルー、ホンジュラスでも、管制サービスが不十分なため、空の安全が確保されていないと指摘している。

 中南米の空が危険だと指摘されるのは、1990年代に入って、各国政府が財政赤字を減らすため、国営部門の民営化を進めていることも関係している。

 これは、アジアを含めた世界的な傾向なのだが、国営だった航空会社が民営化され、飛行場の運営も、収益性が重視されるようになってきている。民営化することによって、航空会社間の競争が激しくなって運賃が下がり、より多くの人が飛行機を利用するようになった。

 空の交通量は世界中で年々増えているが、安全面の対策がそれに追いつかない。中南米では、政府内に安全性の面から航空会社や空港の運営を監督する強力な機関がない国も多い。そのため、アメリカ政府が中南米各国に対して、空の安全が確保されていないと苦情を言い続けている。

 だが、中南米の政府にとっては、「アメリカが自国航空会社の中南米への参入を進めることを目的に、言いがかりをつけて攻撃を仕掛けている」と見えてしまう部分もあり。国際摩擦の種となっている。

●中国は安全になった

 半面、安全性が増したのが、中国の空である。中国では1994年までは航空機事故やハイジャックが多発し、国際的に危険性が高いと指摘されていたが、その後、中国政府が航空各社に対する監督を強めたことが功を奏し、事故は急速に減った。

 中国の民間航空部門は、1980年代以来、年率20%前後の高成長を続けており、空の交通量も急増している。そうした中で空の安全性が保たれていることは、ロシアで事故率が上がっていることとは反対の状況となっている。

 このように、北アメリカやヨーロッパ、そして日本や中国をはじめとするアジアの空は、比較的安全ではあるが、不安もいくつかある。アメリカでは、ニューヨークでTWA機の墜落などの大事故が多発した1996年以来、空の安全確保に対する関心が高まった。

 特に懸念されているのが、飛行機を爆破させるテロリズムを、どうやって防ぐかということだ。今年後半になって、アメリカ人を狙ったテロがイスラム世界などで多発しており、アメリカに対するテロの危険性が全般に高まっている。

 アメリカでは飛行機に荷物を積む際に、爆発物を発見するための技術開発が続けられているが、今のところ一番確実な方法はまだ、鼻の敏感な犬を配置しておくことだという。

 ヨーロッパでは、1999年に予定されている経済統合により、空の交通量も増加すると予測されている。ソ連崩壊以後、東欧の空の交通量も増えており、ヨーロッパ全体を統合する形で、航空の安全を監督する機関を作ることが検討されている。

 また、航空運賃の下落に伴って、航空貨物の輸送量も世界的に伸びている。貨物便の墜落事故も増え、1996年に世界で発生した航空機事故の3分の1は、貨物便によるものだった。航空貨物機は多くの場合、安全面から旅客機としては使えなくなった古い飛行機を貨物便に改装して飛ばしている。こうした古い飛行機をどう規制していくかも、世界的な課題となっている。

 
田中 宇

 


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