地球温暖化京都会議への消えない疑問

田中宇 1997年12月16日


 気候変動枠組み条約第3回締結国会議(地球温暖化防止京都会議)が終わり、二酸化炭素などについて、法的拘束力を持った排出削減目標を盛り込んだ議定書が採択された。だが、筆者にはどうも分からない点が残っている。地球は本当に、このままだと急速に温暖化していくのかどうか、ということについて、納得できる説明が足りないように思うのだ。

 まず、英語を読める方は、ここをクリックして"NASA Facts - Global Warming"という英文を読んでいただきたい。これは、アメリカ・NASAの"Earth Observing System"という機関のホームページにある文章である。

 ここには、地球温暖化に関する学説が初めて出てきたのは今から約100年前の1896年、スウェーデン人のアリーニアス(Svante Arrhenius)という化学者によるものだったという起源に始まり、それから2050年ごろまでの150年間で、大気中の二酸化炭素の量が2倍になっていると書いている。

 それは二酸化炭素の増加は第二次大戦後の世界の工業化が一因と思われる。そして、最近の100年間で地球表面の気温は約0.5度上昇したという。ところが、過去100年間の温暖化傾向のうち、気温上昇のほとんどの部分は1940年までの40年間に起きており、その後1970年代までは平均気温が下がっている。1970年代初頭には「もうすぐ氷河期がくる」とさえ予測されていた。

 さらに、このNASAの文章は、今後の気温変動を予測するためには、こうした過去の気候変動を説明できる気象モデルであることが必要だ、と指摘。その上で、温暖化現象が起きたときに大気中の雲が増えるのか減るのか、そしてその雲がどのような影響を与えるのか、といったような二次的な影響について、まだ分かっていないため、将来の気候予測について、信頼できる気象モデルは、今のところまだない、と断定している。

●「地球温暖化の原因は太陽の磁場変動」

 次に、もう一つ資料を紹介する。Wall Street Journalのホームページ(有料)の12月4日版と、東京で配達されている"Asian Wall Street Journal"の12月10日版(12面)に掲載された記事"Science Has Spoken:Global Warming Is a Myth"である。

 この記事は、アメリカのオレゴン科学・医学研究所(Oregon Institute of Science and Medicine)の二人の化学者、Arthur RobinsonとZachary Robinsonが書いたもの。1750年以来の地球の平均気温の変化は、黒点など太陽磁気の変動サイクルと、とてもよく似た動きをしており、地球の気温上昇の最大の原因は二酸化炭素の増加によるものではなく、太陽自身の変化によるものである可能性が強い、としている。

 また、過去3000年間の平均気温を調べると、現在よりも温度が高かった時期が5回あり、今は300年前に起きた非常に小さな氷河期が終わって、その後の温度上昇期にある、と書いている。よくいわれている「地球は過去最高の温度になっている」というのは間違いだ、と主張しているのである。

 2つの文章から言えるのは、どうも二酸化炭素の増加と地球温暖化との関係は、はっきりしていない部分がかなりありそうだ、ということである。ウォールストリート・ジャーナルについて詳しくご存知の方は、「あの新聞は前から温暖化問題を毛嫌いする傾向があった。二酸化炭素の排出規制に反対する大企業の経営者のための新聞だからだ」などとおっしゃるかもしれない。作者もそういった意見には同調する。

 だが、誰かが「地球温暖化の原因は太陽の磁気変動ではないか」と言っているのに対して、「そうではありません。なぜなら・・・」と言える答えがすぐに見つからない以上、二酸化炭素の増加と地球温暖化との結びつきは明白だ、とはいえないのではないか。作者は日本語と英語のInfoseekなどの検索エンジンを使って、数百件の温暖化関連のページを探したが、その答えは見つからなかった。

●2年前に「断定」された温暖化の原因

 京都会議では、二酸化炭素の排出増が地球温暖化の大きな原因になっている、ということが当然のこととして扱われていた。そして議論は、二酸化炭素の排出をどれだけ減らすか、ということに終始し、排出削減に応じない国はけしからん、という空気が支配的だったようだ。だが、地球温暖化と二酸化炭素との関係にはっきりしない部分が残っている以上、これはずいぶんと乱暴で拙速な話ではないだろうか。

 人間が増加させた二酸化炭素が、地球温暖化の主因となっている、という「断定」が行われたのは、今から2年前、1995年11月にスペインのマドリードで開かれた「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の時である。

 この時、欧米日など120カ国から集まった気象学の専門家らによって、地球温暖化の原因が何なのかについて、非常に激しい討論が展開され、二酸化炭素が原因だと断定するのはおかしいと主張した学者も多かった。だが、地球温暖化は人間の活動によって増えた二酸化炭素によるものだとする会議報告書の原案が、会議の3ヶ月前にすでに作られており、反対する学者たちの意見は退けられることになった。

 現在、地球の気象についての研究は、コンピューターを使い、気象モデルについて複雑な計算を処理することによって行われている。2年前のIPCCの時に使われたモデルも、こうしたコンピューターを使った計算に基づいている。だが、上記のNASAの文章では、今はまだ信頼性の高い気象モデルがない、としているのである。

 そして今後は、コンピューターの機能が急速に向上していく可能性が強い。つまり、今から2-3年後には、今よりももっと、地球の気象変動についての理解が進んでいるかもしれないのである。二酸化炭素と温暖化との関係についての結論を出すのに、なぜあと2-3年待つことができなかったのであろうか。今後10年ほどの間に、地球温暖化が非常に深刻になるから急がねばならない、という意見もあるが、そうした予測自体の信頼性が問われているのである。

 さらに問題なのは、京都で採択された議定書には「二酸化炭素の増加と地球温暖化との関係について、今とは違う因果関係が分かってきたら、合意内容を再検討する」といった項目がない、ということである。(議定書の要旨は京都新聞のサイトのここにあります)

 議定書は、地球温暖化の主因が二酸化炭素にあるかどうか、まだ不明な点があることには一切触れず、いきなり二酸化炭素の削減のことから始まっている。1995年のマドリード会議からの一連の流れを見ると、本来の「地球温暖化を防ぐ」という目的ではなく、理由はどうあれ「二酸化炭素を削減する」ということが目的とされていると感じざるを得ない。

●二酸化炭素の削減で利益を得るのは誰か

 二酸化炭素の削減に最も積極的なのはヨーロッパ各国である。ヨーロッパ諸国は戦後の工業化で自然破壊がいち早く深刻になっただけに、早くから環境問題に積極的に取り組んできた。また市民社会が発達しているため、市民運動が環境を守るという構図が最初に定着している。

 しかし今、ヨーロッパは環境重視による社会のコスト高に悩んでいる。一方で、最近になって急速な経済発展を始めたアジアの国々では、環境問題があまり重視されず、環境保護にかかわるコストを負担せずに安い製品を作って世界中で売り、ヨーロッパの高い製品を駆逐してしまった。これではヨーロッパ諸国としては割り切れない。

 今や、世界の市場はモノ余りが次第に深刻になっている。自動車や船、飛行機などの輸送機械はこれ以上の生産設備が要らない状況になっている。衣料品や雑貨、家電などのうちの多くも、似たような状況だ。そんな中、中国やインド、中南米などでは、今後も工場が増えそうな状況で、そうなると価格の引き下げ競争が激しくなり、労働コストが高い欧米や日本の製品は売れなくなってしまう。

 特にヨーロッパは高福祉社会だっただけに、福祉のコストも上乗せされるため、商品を安く作れない。何らかの歯止めを掛けねば、とヨーロッパの当局者が考えても不思議はない。ヨーロッパ諸国は環境問題だけでなく、「労働者の権利」という面でも、アジア諸国を批判している。EUは昨年、「東南アジア諸国が低賃金、無賃残業、子供の労働などによって作られた安い製品を売っているのは、自由貿易という観点から不公正である」と主張し、東南アジア側から反発を受けている。

 工業化による環境破壊でまず目に付くのは、水質汚染や大気汚染といった従来型の公害だが、これらはほとんどの場合、工場がある国の内部の問題で、外国の勢力がとやかく言えるものではない。もし、ヨーロッパの市民団体が、中国の工場の煤煙や排水による中国の人々への悪影響を問題にしたとしても、一般の人々の関心はあまり引かないだろうし、内政干渉になるので、欧州各国の政府の賛同もまず得られない。

 その点、地球温暖化なら話は早い。中国の工場が出している二酸化炭素で、ニューヨークやロンドンの市民が被害を受けている、と言うことができる。温暖化と二酸化炭素との関係はまだはっきりしていないのだが、そこをあたかも自明の理であるように思わせるのが、「環境問題」という言葉の魔力なのであろう。

 京都会議の議論のベースとなっている国連条約(気候変動に関する国際連合枠組条約)では、中国やインドなどの発展途上国は締約国にはなっているものの、二酸化炭素など温室効果ガスを削減せねばならない国ではない。削減を義務づけられているのは、欧米と日本、オーストラリアなどの先進国、ロシア東欧諸国とトルコだけである。とはいえ、いずれ中国やインドも経済発展が進み、二酸化炭素排出が問題とされるようになることは間違いない。

   


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京都新聞・京都会議のページ

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