人口爆発より高齢化が心配な中国、一人っ子政策を見直し

97年11月1日  田中 宇


 中国政府が、静かに一人っ子政策の見直しを始めている。上海などの大都市に住む、外資系や一流企業の社員、医者など若手エリート層の夫婦に、二人目の出産を認め始めた。夫婦が一人っ子どうしであることが条件になっている。二人目の子どもを生むことは、次第に広い範囲で認められる方向にあり、遅くとも2010年までには、一人っ子政策は廃止される見通し。とはいえ人口の多い中国では規制が全くなくなるわけではなく、「二人っ子政策」のような規定が残るとみられている。

 中国の一人っ子政策はこれまで、農民や少数民族に対しては比較的寛容だったが、大都市住民に対しては厳しかった。大都市がスラム化することを防ぐためと、「農村が都市を包囲する」戦略で成功した中国革命の後、中国共産党は農民を味方とし、都市の知識人を敵視する考え方を続けてきたためである。だが、そうした政策を、根本から見直さねばならない矛盾が発生している。

 一人っ子政策は、人口爆発を回避するために、いくつかの例外的な場合を除き、中国の人々は子どもを一人しか作ってはいけない、という政策で、1970年代初めから続けられている。中国がこのような政策を始めねばならなかったのは、1950-60年代に、人口は多い方が戦争にも生産力増加にも良い、という「人海戦術」を毛沢東が考え出し、多産を奨励したためである。

 当時は、5-6人の子どもがいる家庭が普通だった。毛沢東が政治の一線から退いた後、ようやく中国政府はその政策を改めることができた。それから約20年、一人っ子政策は特に大都市において強力に推進され、ほぼ完ぺきに浸透していた。

●先進国以上に深刻な中国の高齢化問題

 だが最近になって、別の深刻な問題が起きている。子どもや青年が少ないため、大都市では高齢化が急速に進んでいるのである。上海では60歳以上の市民が全体の17%であるが、この比率は日本の全国平均13%よりも高く、世界で最も高齢化が進んでいるイギリスや北欧に近い数字である。

 中国の出生率は全国平均で1.9。先進国(1.5-1.7程度の国が多い)に近い水準だ。こうした状態が続けば、今後ますます高齢化が進んでしまう。中国は、先進国以外で高齢化問題を抱える数少ない国の一つになっている。一人っ子政策の見直しが必要になっているのは、このためだ。

 実は、中国の高齢化は先進国よりも厳しい問題だ。多産だった1950-60年代に生まれた人々は、最初の世代が50歳になろうとしている。あと10年もすれば定年になり、年金を支払わねばならない。だが、その下の1970-80年代生まれは一人っ子世代なので数が多くない。日本や欧米に比べて、より少ない若者で、より多くの老人を養わねばならないのである。

 さらに、もう一つ困った問題は、中国の国営企業の多くが、倒産の危機に瀕しているということだ。中国では、国家的な社会福祉や年金制度というものがない。これまでは政府に代わり、企業や役所単位で、従業員に対する定年後の年金制度が設けられていた。中国の国営企業は、企業内で病院や学校も運営していた。

 だが、中国市場には外国製品が急増し、商品が売れなくなって久しい国営企業の多くは、すでにそんな資金力を持っていない。中国政府はすでに、利益が出ない国営企業はどんどん倒産させる、と宣言し、実際に失業者も増えている。こうした状況で高齢化社会に突入すれば、極貧状態に置かれる老人が増えることは間違いない。中国は社会主義の理想から、どんどん遠ざかっているのである。

●子どもをほしがらなくなった中国の若手エリートたち

 中国政府の大都市での一人っ子政策見直しには、教育水準が高い夫婦から順番に二人目を生ませ、そうではない夫婦にはすぐには二人目を認めない、という、優生保護的な意味合いがある。中国政府はこの政策変更をなるべく表沙汰にならないようにしていた。政策変更がわかったのは、10月中旬に北京で人口問題を論議する国際会議が開かれ、その前に会議参加者が明らかにしたためだった。

 とはいえ、今や中国の大都市に住む若者の多くは、二人以上の子どもを欲しいとは思わなくなっているという。中国人といえば子沢山の大家族が好きな民族、というのがステレオタイプなイメージだったが、現実は違ってきているらしい。若い女性は子育てより自分の職業に磨きをかけるキャリア志向が強くなっている。そのため上海のエリートに対しては、二人目を生むことを「認める」というより、「奨励する」という状況だ。

 ただし、同じ中国でも、農村の人々は、まだ「子どもは何人でもほしい」という考えの人が多い。農村では子どもは貴重な労働力だし、大家族制は変わらないからだ。上海では人口増加が止まっており、労働力不足を補うために、企業は農村からの出稼ぎ労働者を多数集めるようになった。

 だが中国政府が子どもをもう少し生んで欲しいと思っている対象は、こうした人々ではない。以前は農民を味方としていた中国共産党だが、今や頼みとしているのは外資系企業に勤める若手エリートなのである。

 
田中 宇(たなか・さかい)

 


関連サイト

中国の人口爆発
中国の人口問題について論じている。一人っ子政策についても触れている。

中国における人口流動化と都市問題の発生
厚生技官 佐々井 司さんの論文。





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