独立目指すケベックの背後にフランスの影

97年9月30日  田中 宇


 フランスを訪問したカナダ・ケベック州のルシアン・ブシャール首相は9月29日、ケベック州が将来、住民投票によってカナダ連邦からの分離独立を決めた場合、フランスは独立を承認する、との約束を、シラク大統領からとりつけたと発表、フランス政府もこれを確認した。

 カナダ東部のケベック州は、英語を話す人が多いカナダ各州の中で、ただ一つフランス語を話す人々が多い地域である。(フランス語系が人口の80%) ここでは現在まで、英語圏主体のカナダ連邦から独立しようとする運動が根強く続いている。

 独立運動は1960年代から続いているのだが、最近では1994年の州政府選挙で、ケベック独立を掲げるケベック党が、独立に比較的消極的な自由党を破って州政府の政権をとって以来、独立に向かう傾向が強まった。その後1995年10月に、カナダからの独立を問う住民投票が実施されたが、カナダ連邦政府がケベックの独自性を認める決議を採択するなど、懐柔策をとったこともあり、僅差で独立は否決された。

 だが、1999年までに実施される、次回の州政府選挙で再びケベック党が勝てば、その後また住民投票をすることになる。その時に備え、ケベック党の党首でもあるブシャール州首相は、独立を推進する動きを続けている。その一つが、9月28日から10月2日までの首相のフランス訪問だった。

 カナダの憲法では、各州の外交権限の範囲を、文化と経済関係に限定している。そのため、ブシャール州首相の訪仏目的は「毎年恒例の文化・経済交流」であった。だが、カナダの連邦制度維持を目指す連邦政府の関係者たちは、そんなことは信じていない。ブシャール氏は、フランスからの政治的支援をとりつけようとしていると考えていた。

 そしてその予測どおり、ブシャール氏はシラク大統領からの言質をとりつけ、集まった報道陣に対し、高らかに成果を宣言したのであった。

●独立支援の背景にフランスの威信回復

 かつてケベックを植民地にしていたフランスが、ケベックの独立を支援する姿勢を見せたのは、これが初めてではない。1967年7月、モントリオール万国博覧会の際に、ケベックを公式訪問したドゴール大統領は、大観衆を前にケベックの独立を煽る演説を行った。両手を高くあげて「自由ケベック万歳!」という叫びで演説を締めくくったのだが、これが、フランス系ケベック人たちの心に火をつけないはずはなかった。

 今年7月には、ドゴール演説30周年を記念して、州都ケベック市にドゴール氏の像が建てられた。除幕式には、フランス政府からも代表団が派遣され、ドゴール派であるシラク大統領の代理をつとめたフィリップ・セガン RPR(フランス共和国連合)党首(下院議長)は、ケベックの独立を高らかに鼓舞した。

 カナダ政府としては、全く迷惑な内政干渉であるといえる。カナダ政府はフランスに抗議したものの、あまりに強硬な姿勢をとると、ケベックの人々の反感をかって、燃える独立心に油を注ぐことになりかねないため、対応に苦慮している。

 フランスでケベックの独立を支援しているのは、ドゴール派であるRPRだけではない。ドゴール像の除幕式には、フランス政界でRPRと拮抗する勢力であるUDF(フランス民主連合)の代表も参加、社会党や共産党からも有志が出席した。

 ケベックに対するフランスの公式な姿勢は「干渉せず、とはいえ無関心でもなく」というものだ。だが実際は、その方針とはかなり違い、フランス政界はケベック独立を、かなりの程度支援している。こうした独立支援の背景には、EU統合に向け、失業の増加や福祉の削減など、経済的な苦境に立たされているフランス人が、かつてのような強いアイデンティティを取り戻したい、という願望があると考えられる。

 かつてフランスといえば、イギリスと並ぶ帝国だったが、今やイギリスの跡を継ぐアメリカが、ハイテクや金融の力を持っているのに比べ、フランスの力は落ちている。そんな中、イギリス=アメリカ系の力が強いカナダで、フランスを離れて移民してから300年以上もフランスの言語やアイデンティティを守り抜いているフランス系ケベック人たちを、フランスの人々がいとおしく思わないはずはない。

●次の住民投票に向け高まる緊張感

 フランスがケベックを支援する理由は、経済にもある。ケベック州政府は1960年代から、カナダ連邦内部での発言力を強めるため、積極的な工業化政策を進め、経済力をつけてきた。以前はモントリオールがカナダ最大の都市だった(今は英語圏にあるトロントに抜かれている)こともあり、今もカナダの大企業の多くが、ケベック州に本社を置いている。フランスからの投資も多い。こうしたケベックとフランスとの経済関係が強まれば、フランス経済の復活に大きく貢献すると予想される。

 ケベック側から見れば、「祖国」フランスが苦境にある今こそ、フランスとの政治的な絆を強め、一気に独立を成し遂げたい、という思惑がある。そのため独立派のケベック党は、州政府の任期がくる1999年より前の来年中に議会を解散して選挙を前倒しで実施し、それに勝って再び独立を問う住民投票を行い、独立にまでこぎつけてしまおうとする可能性もある。

 今年8月には、ケベックの独立を食い止めたい、カナダの残る9州の首相たちが、ケベックのブシャール首相に対し、会合を持とうと呼び掛けたが、ブシャール首相は、そのような会合に参加する必要はない、と突っぱねた。またこの秋には、カナダ最高裁で、ケベック州に独立権があるかどうかを問う裁判の判決が出る予定となっている。

 次の住民投票に向け、カナダ全体をおおう緊張感が、徐々に高まっているのである。


田中 宇(たなか・さかい)

この記事は、インターネット上の各種英語ニュースなどを参考にまとめました。


関連サイト

ケベックの独立問題
杉田 荘治さんの論文。

ケベック・シティの歴史
1967年のドゴール演説などについて説明している。エクスメディアによる旅行案内。

ケベック, Je me souviens.
日本長期信用銀行のトロント駐在員、たてばやし氏によるトロントからのレポートの1ページ。

ケベック州
新浜智広・はづき夫妻によるカナダ・ドライブ旅行ガイドのページ。

ケベック州政府(英語、フランス語、スペイン語)
ケベック州政府の公式サイト

ミニ時典・ケベック州
読売新聞のサイトにあるケベック州に関する説明

ケベック州
JACEFカナダ総合情報センターの中にある。カナダの政治機構全般について説明するページも。





メインページへ