泥沼化するアフガン内戦96年10月31日 田中 宇 | |
長い内戦と虐殺の時代から、1993年の総選挙を経て、ようやく平和な時を迎えているカンボジアが、再び内戦の危機に陥っている。 カンボジアは世界でも珍しい、2人の首相がいる国だ。シアヌーク国王の息子であるラナリット王子が第1首相、1980年代にベトナムの支援で政権の座についていたフン・セン氏が第2首相をつとめている。この2人が、来年までに行われる選挙をにらみ、それぞれの武装勢力を抱えた形で対立している。 1993年の選挙では、ラナリット王子が率いる立憲君主制を進める政党、フンシンペック(「独立・中立・平和・協力のカンボジアのための民族統一戦線」)と、フン・セン氏率いる社会主義政党「カンボジア人民党」(CCP)とが争い、王室の求心力を利用したフンシンペックがより多くの議席を獲得した。だがその後の組閣の段階で、フン・セン氏は、自分たちを政権に入れなければ、再び内戦を起こす、と主張し、第2首相の座を獲得した。 フン・セン氏が率いるCPPは、ベトナム軍がポル・ポト政権を駆逐した1979年から1993年の選挙までカンボジアを統治し、親ベトナムの政党だった(最近は親ベトナムでないことを強調している)。ベトナムは18世紀?に、肥沃なメコンデルタ地帯をカンボジアから奪った歴史があり、カンボジア人の多くはベトナム嫌いといわれる。 そのため「ベトナムの傀儡」とみられてきたフン・セン氏の人気は今一つなのだが、それまでの統治経験からフン・セン派は、1993年の選挙後もカンボジアの政治権力の多くの部分を手放さずに握っている。 一方、カンボジア・ウォッチャーによると、ラナリット氏は、政治手腕と人気で権威を保ってきたシアヌーク国王の息子という売りで選挙に勝ったものの、政治手腕は父親に劣るといわれ、選挙に勝ったものの政権を掌握できなかった。こうしたねじれ状態が、摩擦の源泉となっている。 前回選挙から5年後にあたる来年までに再び総選挙が行われるため、今度こそ自分たちの単独政権を作りたい、と両派とも考えるの当然だ。長い内戦を通じて武器を使うことに慣れている人々が多く、対立が武力衝突に結びつきやすい危険な状況にある。 今年3月には、ラナリット派が首都プノンペンをデモ行進しているところに爆弾が投げ込まれ10数人が死亡、各報道によると、犯人はフン・セン派ではないかとみられている。5月29日にはフン・セン氏が乗っていた自動車が銃撃された(本人に怪我はなかった)。翌30日には、プノンペンで内戦時代に埋められた地雷の除去作業中に爆発が起き、それを聞いた周辺住民が、両派の銃撃戦が始まったと勘違いしてパニック状態になるなど、プノンペンは緊張状態に包まれている。 フン・セン氏が権力を握るために狙うのは、ラナリット派の多くの部分を、自分の側に寝返らせる策略だ。フンシンペック幹部のうち、ラナリット氏や側近の一部は、親ベトナム政権時代、フランスなどで亡命生活を送ったが、幹部の中には、この時代に反ベトナムのゲリラ戦を続けた人々もおり、心情的にフンシンペック内部は一枚岩とはいえない。フン・セン氏は、こうした状況に乗じ、フンシンペックの非主流派に対して、フン・セン派にくら替えすれば資金を出す、といった誘いを続けており、すでに10数人の幹部が寝返ったと報じられている。 カンボジア・ウォッチャーによると、フン・セン氏は、マレーシアのマハティール首相や、インドネシアのスハルト大統領のような地位につくことを目標としている。つまり、自分を頂点とする政党が長期独裁型の政権をつくり、政治的な安定を実現した上で、経済発展を進めたい、という計画である。 一方、ラナリット氏は、1993年の選挙に出ることを拒否したまま、密林にこもっているかつての盟友、ポル・ポト派の幹部たちをプノンペンに呼び戻し、自派の勢力として使おうと考えている。また次回選挙には、息子の手腕に頼りなさを感じる父親のシアヌーク国王自らが、亡命先の北京から帰国・出馬するのではないかともいわれている。 カンボジアは今年7月、ASEANに加盟する予定だが、内紛のために国会を開くことができず、加盟承認の議決もできない状態だ。ASEAN各国政府の幹部の中には、カンボジアが安定するには、フン・セン氏の一党独裁政権ができることが望ましいと考える人もある。 また、カンボジアは最近、ビルマ北部からラオスを通り、ベトナムに抜ける麻薬密輸のルートになっているほか、中国人を欧米などに不法移民として送り込む業者が密航者輸送の中継地として使っている。北朝鮮系の偽ドル札も出回った。こうした犯罪をなくすため、東南アジアや米国の政府幹部が、フン・センを立ててカンボジアを安定させたいと考えても不思議はない。 とはいえ、プノンペン発の報道によると、フン・セン派の中には、麻薬貿易で利益を上げている者もいるとされ、一筋縄ではいかない状況がある。
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