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★ 質問メール
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 たまに「バーテンダーになりたいのですが、どうしたらなれますか」という質問メー
ルが送られてくる。その全てが初めてメールを下さる方で、「いつも楽しく拝見して
います」の次に唐突に質問を書いている。まあバーテンダーのHPなのだからと、こ
ういう質問には一応答えてさしあげるのだが、その後、返事(礼状)が送られて来た
ためしが無い。

 「◯◯◯という酒について教えて下さい」というメールも時々来る。んなもん自分
で検索して調べろよ(だって検索すれば簡単にわかるんだもん)、と思いつつ、教え
てさしあげる場合があるのだが、その後、返事(礼状)が送られて来たためしが無い。

 そんな人たちに声を大にして言いたい。オレは“無料BAR相談室”かっつーの!

 僕が相手に送るお答えメールは単なる僕の厚意であり、それで相手の返事を期待す
るのは間違っているのかもしれない。僕の返信によって相手が知りたかった情報がわ
かるのならそれでいいじゃないか、良いことをしたじゃないか、人のお役に立てたじゃ
ないか、返事など来なくても相手はきっと感謝してくれてるさ、うん、そうだよね。
と、納得できるほど僕は聖人ではない。どいつもこいつもまるでマナーがなっちょら
ん!とムカついてしまう(場合がある。でも最近は諦めモードだけど)。

 今後、このような“人を安易に頼る”質問メールには、「まず御自身でどこまで調
べたのか、その過程を教えて下さい。その後に御質問の内容の“調べ方”教えます」っ
て書こううかな。しかも「有料で」って(笑)      (2002年1月8日)


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★ マヨガリータ
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 先日、ある番組でマヨネーズ料理専門店を紹介していた。その店ではマヨネーズを
ふんだんに使った料理を供しており、客は皆その店でマヨネーズのボトルキープをし、
みそ汁やコーヒーにもマヨネーズをニョロニョロドボドボと加えて、美味しそうに食
していた。

 その店ではマヨネーズ入りのカクテルも供しており、マルガリータにマヨネーズを
加えた「マヨガリータ」、ソルティドッグのグラスの塩をマヨネーズに代えた「マヨ
ティドッグ」などを出している。あほらし〜と一笑に付すことはたやすいこと。僕は
これらのカクテルが、いったいどんな味がするんだろうと興味津々だった。

 本日、仕事の準備中にマヨガリータを作ってみた。マルガリータの通常のレシピに
マヨネーズを少々加えたのだが、これが実に綺麗な良い色合いで惚れ惚れしてしまっ
た。味はというと、うん!ウマクナ〜イ。

 そこで、マヨネーズにはやっぱクリーム系リキュールだぜいと、今度はベイリーズ・
アイリッシュクリーム、カルーア、コアントロー、ウォッカをミックスしてシェイク
した。しかしこれはマヨネーズの量が少なすぎて、マヨネーズらしさをあまり感じな
い。失敗だ。隣で副店長がトマトジュースを使ってカクテルを作った。むむっ、この
味はまるでサウザンアイランド・ドレッシングではないか。これを飲むならドレッシ
ングをそのまま飲んだ方がいいぞ。

 その時僕はひらめいた。マヨネーズはカクテルの王様マティーニに加えることこそ
ふさわしい。さすがにミキシンググラスを使用するのは憚られ、ロックグラスに材料
を入れてステアした。するとななななんと!、マヨネーズが混ざらね〜〜〜〜(笑)
考えればすぐわかりそうなものだが、普段使用を考えたこともないマヨネーズによっ
て、思考が麻痺している。くそ〜、こうなりゃシェークだ。僕はグラスの中身をシェー
カーにぶち込み、激しくシェイクした。シェキシェキシェキシェキ。

 急いでカクテルグラスに注いで飲んでみると、うへ〜〜、まじぃ〜〜〜〜! あま
りの不味さに、思わず嫌がる副店長とバイトの子に無理矢理飲ませてやった。2人と
も顔を歪めてオエ〜〜ッと吐きかけた。危ねえ。

 というわけでマヨカクテル初日(初日なのかよ!)は大失敗。本日のショックから
立ち直ったら再チャレンジしてみよう。果たしてその日は来るのか!?
                           (2001年7月29日)


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★ 絶叫マシン的バー
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 昨日は6名〜10名の団体客が多かった。世間は給料日直後の会社が多いので、飲
むカクテルの杯数も多いし、皆一様にテンションが高かった。どの団体も非常によく
騒ぎ、普段の落ち着いた雰囲気は、楽しさを体いっぱいに表現しまくるお客でこっぱ
微塵となってしまった。撃沈。無念。

 あるグループなど、女性が3名とも「キャ〜〜〜ッ!」「ヒャ〜〜〜ッ!」「ギャ
〜〜〜〜ッ!」と悲鳴を繰り返し続けている。なんだなんだと見に行ってみると、な
んとこの悲鳴は、同じグループの男性の話に反応して発せられるただの“相槌”だっ
たのだ。“相槌”だけに発する回数はすこぶる多い。うんうん、へえ〜、あっそうな
んだ、という言葉が全て悲鳴に変換されている。言葉の文字化けだ。

 彼女たちのおかげで当店の雰囲気はめちゃめちゃになってしまった。このグループ
の周辺は騒がしい団体客で埋め尽くされていたので致命的ではなかったものの、しか
しざわめきの中に混じった悲鳴は、店内にくっきりと浮かび上がっていた。

 悲鳴女たちに言いたい。当店は飲むアミューズメントパークではない。1日フリー
パスも夕方から安くなるお得なチケットも置いていないし、入り口でキスをしても割
引にならない。絶叫マシンから聞こえてくる悲鳴は順番待ちをしている人々の期待感
を高めるが、バーではその効果をいかんなく発揮しない。バーで悲鳴を上げても周囲
の人々に自分の魅力をアピールできにくいし、ほとんどの場合、感謝されにくく、ま
た、この釘は引き抜きにくい。よってそのまま放置しておくと、たいてい錆びついて
どうにもならなくなってしまうので注意が必要である。つまり、悲鳴あげてんじゃね
〜、このボケ〜ということだ。キマッタ! いや、キマッてね〜〜(笑)

 悲しいとき〜。自分たちが楽しければそれでいいって思っているとき〜。悲しいと
き〜。他の客が騒いでるから、こっちも騒いじゃえって思う時〜。悲しいとき〜。お
客が来店したので挨拶したらトイレ帰りの客で、「いらっしゃい」で言葉が詰まって
しまった時〜。悲しいとき〜。満席のお知らせを間違えて「“満室”でございます」
と言ってしまった時〜。悲しいとき〜。夕陽が沈むとき〜。悲しいとき〜。悲しいと
き〜〜・・・。   (「いらっしゃい」「満室」は僕ではありません。念のため)
                          (2001年7月28日)


―――――
★ 潰し
―――――

 副店長が言うには、僕はカウンターで連れの女性を口説いている男性をたまに潰し
ているらしい。カップルには相手から話しかけられなければ、こちらからはあまり話
かけないのだが、男性がしょーもないギャグを僕に振ってきたりすると、つい反射的
に気の利いた返しをしてしまい、それが女性にウケて、その結果、男性が戦意を喪失
して潰れる(らしい)。最近では十分注意して、あまり面白い話(女性にとって)を
しない男性にはナイスな返しをしないように努めている。しかしそれでも、僕の何気
ないちょっとした返しに女性が爆笑してしまうことがあり、やばい、と焦ったり、な
んでそんなにウケるんだよ〜と困ってしまう時がある。

 接客は基本的に、男性の話が途切れて続かなくなった時に話しかけ、その話をきっ
かけにカップルの会話が息を吹き返したら、静かにその場を離れる、というのが理想
で、あくまでお客様の会話の潤滑油的存在に徹することが大切である。しかし、男性
のつまらない下品な三文ジョーク(しかも悪意を感じる場合)をしつこく浴びせられ
ると、僕はついついエッジの効いた返し(ギャグ、ツッコミ、ボケ)を繰り出してし
まう。すると今まで死んだような目をしていた女性の瞳が、にわかに輝き始めるので
ある。

 男性は僕に対抗してしょーもない話を繰り出し続け、僕はその話をてきぱきと美味
しく調理してお返しする。女性の目は更にキラキラと輝きを増し、やりとりを聞きな
がらクスクスゲラゲラと笑い始める。男性はその後もしょーもない話を連発し、そし
て最後は自滅する(らしい)。            (2001年7月25日)


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★ ピルスナーウルケルとキリンビール
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 前回配信したメルマガで、ピルスナーウルケルというチェコのビールを「おすすめ」
として掲載した。このビールは日本のビールと同じピルスナータイプなのだが、日本
の大手メーカーの製品とは比べものにならないほど味わい深くて美味いビールである。
それもそのはず、ウルケルは極めて真っ当な原材料と製法で造られており、日本のビー
ルが太刀打ちできるわけがないのだ。あるビール関連の本によると、ウルケルは日本
の標準的なビールと比べると、良質のホップが2〜3倍も多く使われているとのこと。

 このピルスナーウルケルは、キリンビールが輸入販売している。キリンのHPを見
てみると、掲載されている自社製品を含む17種類のビールのうち16種類の製品は、
製品名をクリックすると製品の詳細が表示される。しかし、ウルケルだけは説明画面
が用意されておらず、このHPを訪れた人は、ウルケルがいったいどんなビールなの
かを知ることができないのだ。

 少し前にキリンにメールで問い合わせたところ、「詳細を表示する予定はないそう
です」などと、まるで人ごとのような回答が送られてきた。企業が輸入販売している
製品を宣伝しないなんて、実におかしい。いったい何のために取り扱っているのだろ
うか。

 邪推だが、キリンビールはきっとウルケルの詳細の書きようがないのだろう。「ど
の日本のビール(大手)よりも極めて真っ当な製法で造られた美味しい本物のビール
です」などと書けるはずがない。ウルケルをアピールすることは、その他の製品のク
ビを締めてしまうのに等しいのである。そのため、詳細を載せないことにしたのでは
ないだろうか。

 では、キリンはなぜウルケルを取り扱っているのか。それがイマイチわからない。
他社に販売されて高品質をうたわれて、主力商品の売れ行きが落ちてしまっては困る。
そのため、取り扱いはしているものの、宣伝をせずに飼い殺し」にしているのか。
それとも近い将来本格ビールブームが到来した時のために、今からウルケルを押さえ
て温存しているのだろうか。

 僕はキリンがウルケルを大々的に宣伝を行ったら、この会社をとても見直してしま
うだろう(僕に見直されてもどうってことはないだろうが)。それにしても、ビール
や発泡酒のド派手テレビCMを見ていると、製品のクオリティには一切触れずに製品
の印象(ネーミング)だけを視聴者の脳に焼き付けようとしているのが見え見えで、
なんだか空々しく思える。それはまるで、大切なことから消費者の目をそらせようと
しているかのようだ。                (2001年4月25日)


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★ ウンチクを語るお客様
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 最近、カップルの男性がやたらと連れの女性にカクテルのウンチクを語っている姿
を目にする。しかも女性は皆、そんな話は知ったこっちゃないという感じで、へ〜そ
うなんだ〜と大して感情のこもっていない相槌を返している。しかし男性は下手をす
ると店にいる間中、ウンチクを語り続けている。ウンチク以外の話は1つたりともし
ない方もいる。

 たまに僕がオーダーを伺う際に、そのカップルにちょっとだけ別の話を振ったりす
ると、連れの女性の目がみるみる輝き出す。そして僕がその場を離れた後、みるみる
うちに鰯が死んだような目に戻ってしまう。

「ほら、見てごらん。ウォッカにコアントローにレモンをシェイカーに入れただろ。
あれはバラライカを作ってるんだよ。ベースのウォッカはストリチナヤっていうロシ
アのウォッカだ。僕はスミノフの方が癖がなくて好きなんだ。ほら、今度はグラスに
カンパリとグレープフルーツジュースを入れてるだろ。あれはスプモーニを作ってる
んだよ。この後、トニックウォーターを入れるから見ててごらん。ほらね、トニック
ウォーターを入れただろ。トニックウォーターはやっぱりシュウェップスがおいしい
ね。ほら、バーテンダがシェイクするよ。見てごらん。あれは2段振りといって、
上下に2段階で振ってるんだよ。これ? これはチェイサーだよ。違う。水じゃない
よ。チェイサーっていうんだよ。バーでは水のことをチェイサーって言うの。覚えて
おいた方がいいよ。あっ、あれはドランブイといって・・・」

 男性は目に入った光景を次から次へと女性に説明している。女性は「ふ〜ん」「へ
〜〜」「そうなんだ〜」の3つの言葉を絶妙なローテーションで繰り返している。そ
してそれ以外のリアクションは一切無い。

 僕は男性がなぜ連れの女性にウンチクを披露しているのかを考えてしまう。男性は
女性の気を引きたいのか。その逆なのか。女性とつきあいたいと思っているのか。そ
の逆なのか。好かれたいのか。その逆なのか。まあ考えるまでもない。男性は酒ウン
チクフェロモンで女性を魅了したいのだろう。

 男性はその膨大な酒知識を、もっと有効に使用すると良い。連れの女性が「おいし
〜〜い」と喜んでくれるようなズバリカクテルを僕に注文すると良い。するとその他
のウンチクも輝きを増すはずだ。

 ウンチク、それは薬にも毒にもなる。使用上の注意をよく考えて服用して下さい。
                           (2001年3月15日)


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★ チェイサー2
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 お客様のカクテルやウィスキー水割り等のグラスが空き、きっともうお飲みになら
ないだろうなとか、きっとお水が飲みたいと思ってるだろうなと判断したら、さりげ
なくチェイサーを持っていく。この場合、チェイサーと呼ぶ(書く)のは適切ではな
いが、店では“氷の入った水”のことを常にチェイサーと呼ぶので、便宜上チェイサー
と書くことにする。

 頃合いを見計らって、ベストと思われるタイミングでお客様に「お水をお持ちしま
した」とチェイサーを差し出すと、とても素敵な笑顔と「ありがとう」という言葉が
返ってくる。チェイサーを持っていっただけでこんなに感謝される仕事って、他にあ
まりないんじゃないかな。

 喫茶店や食堂だったら「水が来てないよ」とか「水くれる?」って、当然のように
催促するんだろうけど、バーでは水を頼んじゃいけないような気がしている人が多い
ようだ。お客様の中には蚊の鳴くようなよそ行き声で、「すいませ〜ん、あのうお水
をいただけませんかあ・・・」と、もじもじしながら注文する方もいるが、そんな時
は、なにお安い御用ですよ、という気持ちを笑顔で表し、より明朗に振る舞って、お
客様の恥ずかしさを払拭しようと努めている。

 僕がお客様にチェイサーを出すのは、お代わりをしなくてもすぐにお帰りにならな
くていいんですよ、という意味もある。よく「バーにはあまり長居してはいけない。
2〜3杯飲んだらサッと帰るのが望ましい」というナンセンスなバーのマナーを目に
するが、お客様にはそんなことは気にしないでほしいと思っている。
                           (2001年3月11日)


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★ チェイサー
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 ウィスキーやスピリッツのオンザロック、ストレートをオーダーされると、当店で
はもれなくチェイサーがついてくる。チェイサーとはグラスに入った水のことで、
「お酒と水を交互に追いかける(chase) ように飲むことからこの名前がついている。
バーではこの「チェイサー」という言葉が当たり前のように使われる。

 多くの店ではチェイサーが“もれなく”ついてくるというわけではないようで、お
客様はロックやストレートをオーダーされる際、かなりの頻度で「チェイサーも下さ
い」とおっしゃるのだ。僕も他店でオンザロックを注文した時、黙っているとチェイ
サーを持ってきてくれないことが多い。なぜ他店ではいちいち頼まないとチェイサー
を出さないのだろう。それがとても不思議なのだ。

 チェイサーはアルコールの刺激で少々鈍くなった舌をリフレッシュさせ、また酒を
新鮮な味わいに戻してくれる。僕は強い酒にはチェイサーが欠かせないと思っている
のだ。たまに全く手をつけない方や、「チェイサーはいらない」とわざわざ断る方も
いるが、それは極々少数で、ほとんどの方はお飲みになっている。

 チェイサーはいわば強い酒の必需品である(きっぱり)。こちらからわざわざオー
ダーしないと出てこないのは、店の怠慢、または悪しき合理化ではないかと僕は断定
的に邪推する。「こんないい酒を飲むのに、水なんか飲むなよ〜」とか、「水なんか
飲んでないで酒飲めよ」とか、「水は金になんね〜んだよ」などと考えているのでは
ないかと、マイナス方向な妄想を膨らませては腹を立てている。そう、僕はマイナス
思考な妄想家なのだ(きっぱり2)。

 ああ、誰かが今、僕の噂をしている・・・って、これはウソ!
                           (2001年3月8日)


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★ 未成年のバーテンダー希望者
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 バーテンダースクールの人から電話がかかってきた。前に当店へ来たときにとても
店の雰囲気が良かったので、そこのスクールの生徒をアルバイトとして当店に紹介し
たいとのことだった。当店はNBA(日本バーテンダー協会)にも属していないし、
バーテンダースクールなんて何一つ接点がない。なんでだろ〜と思ったが、面接ぐら
いはしてみようと思って了承した。

 あとでアルバイトを希望している本人から電話がかかってきたので、その場でいろ
いろな質問をした。でもぼんやりしたダルそうな喋りで、ぜんぜん魅力を感じない。
ハキハキと話せないヤツは、今後絶対にきちんとした話し方が出来るようにはならな
いのだ。ということは。たちまち教育の限界である。何て言って断ろうかな〜と思っ
て何気なく年齢を聞いたら、19歳だった。未成年じゃね〜か、バ〜ロ〜! 法律で
飲酒が禁止されているヤツにカクテルを作らせられるかっつ〜の。

 まったくとんだガキを紹介してくれたもんだぜ。未成年者は使わないからと断った
ら、「あの〜、来年の5月には20歳になるんです。もうすぐなんですけどダメです
か」だって。ばかやろ〜、それじゃ今は18歳だろ〜が! てめ〜、サバ読んでんじゃ
ね〜か? 「あっ、ままま間違えました。今年の5月で20歳でした。だからもうちょ
っとなんですけどお」 怪しいぜ。でもどっちにしても未成年は未成年。使うつもり
はない。丁重に断って電話を切った。

 ったく、スクールも未成年者を紹介するなっちゅ〜の。それとも未成年者だから、
協会に属さず、面識のない当店を紹介したのけ? それなら納得!って、いい加減に
しろ!
                           (2001年3月4日)


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★ “店長”と呼ばれて
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 今日初めて来店された40歳台の陽気なカップルが、僕のサービスをとても気に入っ
てくれた。テーブルにカクテルを運ぶ度に「いやあ店長さん自らすいません」「店長
さんに運んでもらって恐縮です」「店長さんのサービスは素晴らしいです」と、とて
も気を遣って下さる。お客様にあまり気を遣わせてはならぬと、こちらも更に張り切っ
て高品質のサービスを心がけていたのだが、しばらくして男性の方がにこやかに僕に
問いかけた。

「やっぱり、お客に“店長”って呼ばれると嬉しいですか?」

「(が〜〜ん) い、いえ、“店長”っていうのは僕の名前と同じようなものですか
ら、“店長”と呼ばれて特に嬉しいとかっていうのはごにょごにょごにょ・・・・」

 このお客様の質問が僕にはとてもショックだった。この方は、僕が“店長”と呼ば
れたら喜ぶと思って、しきりに「店長」「店長」と話しかけていたのかなと想像した
ら、ちょっと怖かった。寒かった。

 その場では言えなかったが、ここに声を大にしてお客様にはっきりと言いたい。

 「“店長”は褒め言葉ではな〜〜〜い!!!! いくら“店長”“店長”と呼ばれても
嬉しくも何ともな〜〜〜い!!!!!」

 はあはあはあ、ちょっと声が大きすぎたかな。喉が痛い。く〜〜、それにしても変
なことを言うお客様だ。世の中にはいろんな人がいるもんだ。ぐっすん。

                          (2001年1月12日)


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★ 一石二鳥を求めるバイト希望者、一兎をも得ず
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                         (2000年12月3日)

 今日、厨房でパーティーの準備をしていたら、副店長がやってきて僕に言った。

「いまバイト希望者の男が来てるんですけど、店の雰囲気を見たいから客として1杯
飲みたいって、カウンターで飲んでます」

 なんだそりゃ。店が気に入らなきゃバイトの応募をしないんだろうから、黙って普
通の客として飲んで、後日あらためてやって来りゃいいのに。そんなことを最初にわ
ざわざ言うなんて変なヤツ。すでに悪印象。

 副店長は続けた。

「そいつがこの店の責任者に会いたいって言ってるんですけど」

「いま忙しいんだよ。バイト希望者に呼ばれてのこのこ出て行く時間なんかない」

「はい、オレもいま忙しくて出て来れないって言っておきました」

 僕は腹が立った。そのバイト希望者は、応募前に店のことをいろいろ尋ねて、自分
の希望に合う店かどうかを事前に調べようとしている。つまり逆面接である。彼は僕
を面接しようとしているのだ。なんて打算的で傲った薄っぺらい人間なのだろう。
僕は副店長に言った。

 「お客様の立場でアルバイトの内容をいろいろ聞かれても、こちらとしても話し方
に困ります。当店で働いてみたくなったら、あらためて面接に来て下さい。その際に
質問にお答えします。今日のところは店の雰囲気を楽しんで下さい、って伝えてくれ。
ただし面接には呼ばないけどね」

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★ 無神経
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                         (2000年12月2日)

 今日、バイトの女の子に常連客(40代の男性)・安達さん(仮名)の話し相手を
させたのだが、このバイトが常連に向かってとんでもないことを口走ってしまった。

 最初は僕が安達さんと喋っていたのだが、ドリンクオーダーが入ったので、近くに
立っていたホールの女の子に接客を頼んだ。この28歳の女の子は急に話すように振
られて焦ったのか、少しの間沈黙しながら常連客をしげしげと見つめた後、ゆっくり
と口を開いた。

女バイト「やっぱり年をとると、額の髪の生え際はだんだん上がってっちゃうものな
     んですか」

 ガツーンと僕の体に衝撃が走った。バカか! こいつ髪の薄いお客さんに向かって
何てことを言うんだ!

僕「おい!何を言ってんだ。失礼なこと言うな」

女バイト「えっ? でもさっき安達さんが御自分でこの話をされていたんですよ」

僕「安達さんはいいんだよ、何話したって。その話をおまえがするな。まったくもう」

安達さん「店長、いいんだよ。オレ全然気にしてないから」

僕 「そうはいきませんよ。おい、失礼なこと言うんじゃない!」

 彼女がなぜこんなトチ狂ったことを言ってしまったかというと、安達さんはとても
人が良くて気さくな方で、おまけに鋭く突っ込まれるのが大好きな方である。そこで、
いつも僕は激しくツッコミまくっているのだが、それを彼女は近くで聞いていて、自
分も同じようにやっていいんだと勘違いをしてしまった。こっちはツッコミを入れら
れるようになるまで、時間をかけてコツコツと信頼関係を築いてきたっつーの。それ
にいくら突っ込むったって、そんな失礼なこと言わないよ。まったくわかってないヤ
ツだ。

 その後、安達さんは自分が住んでいるマンションのことを話し始めた。

安達さん「前に住んでいたマンションより今の方が1500万も高いのに、今の方が
     部屋が狭いんだよね」

僕「そうなんですか。ちなみに何Fですか?」

安達さん「今はね、66Fなんだ」

女バイト「え〜っ? それは狭〜いですね!」

僕「おい!やめろ!」

女バイト「いえいえ(と僕を制し)、私のアパートだって20Fありますよ」

僕「バカヤロー!やめろっつってんだよ!」

安達さん「何だよ、オレんちはおまえのアパートの3倍しかないのかよ(笑)」

 この女バイトがこんなにアホだとは思わなかった。安達さんが気にしていないから
よかったものの、場合によってはクビにしなければならないところだ。後でこの女バ
イトを呼び出して、大目玉を食らわせたのは言うまでもない。


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★ 痴漢行為
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                         (2000年12月15日)

 今日、バイトが出勤してすぐ、興奮して僕に話しかけてきた。

「昨日の帰りに電車で痴漢に間違われちゃったんですよ。車内が超満員に混んでて、
僕が持ってた荷物が人波にさらわれそうになったんで、慌ててグイッと引き戻したら、
女の人のお尻に手が当たっちゃったんです。そしたらその女がもの凄い目でキッと睨
むんですよ」

「何だよそれ。理由はどうあれ女の人の尻を触ったんだろ。不可抗力にせよ相手から
見たら痴漢じゃん。それでおまえはどうしたの?」

「知らん顔してやりましたよ」

「何だよそれ。それじゃ普通の痴漢とリアクションが同じじゃん。おまえただの痴漢
じゃん。すぐに謝ればよかったのに」

「嫌ですよ。カッコ悪いじゃないですか」

「そうかなあ。痴漢だと思われる方がよっぽどカッコ悪いと思うけどなあ。変なの」

 実際に触っておきながら、僕はそんなつもりじゃなかった、痴漢じゃない、だから
謝らない、などと自分を正当化しているこのバイトは、とてもカッコ悪い。触る気で
触ろうが、誤って触ったんだろうが、相手には知る由もないし、どっちでもいいこと
だ。こういう時に反射的に「すみません」と謝れなきゃ、店でも良いサービスは出来
ないだろうな。明日からビシビシ鍛え直すの刑に処す。

▼迷子

 このバイトは吉祥寺に住んでいるのだが、先日帰りの電車でぼんやりしていて一駅
乗り越してしまった。上り電車が終了していたうえに、タクシーに乗るお金も持って
いなかったので、駅前交番で帰り道を尋ねて、歩いて帰ることにした。しかし、いく
ら歩いても家が近づかない。

 おかしいおかしいと思いながら、かれこれ2時間ほど歩いたところでもう一度人に
尋ねると、吉祥寺からむしろどんどん離れて歩いていることがわかった。そこは調布
だったのだ。彼は疲労と情けなさから泣きたくなる気持ちを抑えて、今来た道を戻っ
た。今度は道を間違わずにようやく家に辿り着いたのは、なんと朝5時だった。この
バイトは4時間も迷子になってさまよっていたそうだ。なんてバカなやつだ。げろげ
ろ。嫌いになりそ。


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★ 1人で飲むこと
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                         (2000年12月16日)
▼満員御礼

 さすが年末だけあって、昨日も今日もメチャメチャ忙しかった。2日合わせて数百
人の来客を満席のため断った。おかげで両日とも休憩する間もなく汗だくになって働
いた。こんな日に1人で来た常連客は、誰からも話しかけられることなく、1人の時
間を延々と楽しまなくてはならない。話しかけたいのは山々だが、物理的に無理なの
だ。まあ常連客の方も勝手知ったる店だから、状況を理解してそれなりに過ごしてく
れるのでありがたい。

 今日は混雑を予想して氷やフードを大量に仕込んだのだが、1日で全て無くなって
しまった。明日は普段より数時間早く出勤して、仕込みなおさねばならない。

▼1人で飲むこと

 以前、仕事の後に知り合いのバーテンダーの店に1人で飲みに行ったことがある。
僕はあまり1人で飲むことはないのだが、その時は何となく気が向いたので、たまに
はいいかなと思って出かけたのだ。

 知り合いの店は渋谷にあるのだが、深夜だというのにその日は多くのスペイン人が
カウンターを占拠していた。まるでスペインの片田舎のバーに来たよそ者の気分だ。
僕はカウンターの端の席を1つ空けてもらい、酒を飲みながら知り合いの手が空くの
を待った。しかしスペイン人が次から次へとオーダーするので、ずっと放っとかれて
この上なく手持ちぶさたである。隣で大声を張り上げている男も何を喋っているのか
全然わからない。本を読むには明かりが薄暗すぎる。することがない。

 さてそれでは自分の人生でも振り返ってみるかと思ったりもしたが、店内のあまり
の騒がしさに落ち着いて考え事も出来やしない。もう、カウンターに入って知り合い
の手伝いをしてやろうかとも考えたが、そんなの余計なお世話だ、と思ってやめた。
全く何もすることがない。最悪だ、帰りて〜、面白くね〜、来るんじゃなかった〜と、
とても後悔した。こんなときの時間の使い方が下手なんだと、つくづく思った。

 自分がこんなふうだから、当店に1人でやって来る知らないお客に対して、とても
緊張して接してしまう(ことがある)。たいていお喋りな方が多いのだが、それでも
あまり話し過ぎない方がいいのか、そのままずっと喋っていた方がいいのか、よくわ
からない時がある。気が合えばまだいいのだが、相手の話に興味が沸かなかったりす
ると、困ってしまったりする(相手は気付かないだろうけど)。でもそんなこと言っ
たら、興味が沸くことなんて極めてレアなんだけど。

 これはひとえに僕が1人で飲む楽しみを知らないせいだと思う。酒のこともそこそ
こ知ってるので、飲みに行ってもバーテンダーと話したいことが見つからない。むし
ろバーテンダーとはあまり話したくない。気を遣って話せば、バーテンダーに対して
接客するようになり、相手を楽しませるだけで、いつも僕はくつろげない。

 だから僕は1人で飲むくらいなら、家に帰って1人でやりたいことをやってる方が
断然好きだ。これは気遣いを仕事としていることの反動なのだろうか。それともただ
の内向的なヤツなのか。う〜ん、自分のことはよくわからない。


―――――――――――――
★ 新人アルバイトY君
―――――――――――――
                         (2000年11月11日)

 当店は新旧交代の時期を迎えた。長い間働いてくれたアルバイトが数人辞めたので、
新人アルバイトを3人採用した。新人が3人も同時に働いていると、それはもう大変
な騒ぎである。飲食業の未経験者や経験の少ない人は、時に予測不可能な行動をとる。
そのたびに僕は急いで軌道を修正し、お客様の御迷惑にならないよう迅速にフォロー
しなければならない。

 別に愚痴をこぼしているわけではない。店が正常に稼働しなくなった時に、それを
どう正常状態に戻すかが僕の手腕が問われるところであり、僕の最大の見せ場でもあ
る。だから精力的に動いて指導している。しかしそれにしても、新人はみんな奇怪な
行動をとるから大変である。

 新人のY君は29歳で、飲食業経験10年のおごらない物静かな好青年である。バー
ではないが数件の店で経験があるので、彼に関しては何の心配もしていなかった。と
ころが、ところがである。彼の「いらっしゃいませ」等全ての挨拶がよくない! 覚
えも悪い。動きも悪い。なんじゃこりゃ、である。彼はまるで未経験の若者なみに仕
事が出来ない。でも単なる出来ない君じゃないと思うんだけどなあ。

 Yはいつももの凄く緊張している。緊張しすぎて頭の先からつま先までカッチンコッ
チンに固まっている。そういえば歩き方もぎこちない。少しロボット風にギクシャク
歩く。

 Yの「いらっしゃいませ」は、他のみんなの挨拶から完全に浮いた感じで、少しぶっ
きらぼうにも聞こえる。何度も注意しているし、本人も一生懸命挨拶しているのはわ
かるのだが、なかなかうまく調和しない。

 僕は業を煮やして厨房で挨拶の練習をすることにした。まず僕が見本を見せる。
「ほら、口をきちんと横に開いて発すると優しい声が出るんだよ。やってみて」

 Yは一生懸命、口を横に開こうとするのだが、頬の筋肉がこわばってなかなか横に
開かない。無理矢理力を入れたら、頬の筋肉がブルブルブルと激しく痙攣してしまっ
た。なぜだ、なぜ口が横に開かないのじゃ〜〜! 

 これは緊張しているせいだけではない。どうやら彼は、今まであまり口を横に開い
たことがないようだ。たぶんこの10年の間、良い挨拶の発し方というものを考えた
ことがなかったせいで、頬の筋肉が退化してしまったに違いない(と決めつけた)。
きっと笑うときもゲラゲラと大口を開けて笑わないので、筋肉が素早く反応しないの
だ。耳を動かしたことがない人が、どうやって動かしてよいのかわからないのと似て
いる。

 普通ならこんな子をうちの店で働かせている場合ではないのだが、彼には面接の時
にとても良い印象を受けた。だから他の“出来ない君”とは全く違って、大いなる可
能性を感じているのだ。なんとかYに合う指導をして、当店にフィットするサービス
マンに育てなくてはならない。

 勉強や準備が不足して自分に自信がないと、人は緊張してしまいやすい。きっとY
は、自分より7〜8歳も若い他の従業員がテキパキバリバリと働いている姿を目の当
たりにして、自分とのギャップに悩み、自信を喪失してしまったのだろう。しかし緊
張をほぐすには、自分を出し惜しみせずに努力する以外に道はない。

 いつも従業員にある程度の緊張感を持たせて仕事をさせている僕に、Yの緊張を解
きほぐすことが出来るのだろうか。そのうち、「いつまで緊張してんだ、このやろ〜」
とか言って、よけいビビらせちゃったりして(笑)って、笑い事ではない。


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★ お休み中すいません
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                         (2000年11月21日)

 今日、営業前の準備中に厨房でアルバイトを指導していたら、ホールから「すみま
せ〜ん、お邪魔いたしま〜す」と大きな声が聞こえてきた。急いで外へ出たら、麦酒
メーカーの営業マンが老若男数人、ズラリと並んで嫌みなほどニッコニコの作り笑顔
丸出しで僕を出迎えた。その中の1人が大きな声で言った。

「お休み中、大変申し訳ありませ〜ん。◯◯ビールでございま〜す。すみません、ホ
ントお休みのところ」

 ムキキ〜ッ! 誰が「お休み中」なんだよ。どこが「お休み中」に見えんだよ。ホ
ールの掃除もやりかけで、カウンターの椅子が全部めいっぱい引かれてるじゃね〜か。
こんな状態で休んでるバカどこにいるんだ。おまえのおつむがお休み中だっつ〜の。

 僕は営業マンの第一声を聞いただけで、彼らの話を聞くのが嫌になった。でもそれ
はそれ。もちろん愛想良く用件を聞いた。

 営業マンたちが帰るときに、さっきのヤツが「お休み中ホントにすいませんでした
ね〜」と再びのたまった。あっ、このばか、また言いやがった。

 だから休んでるように見えっかよ。全く失礼極まりない脂性男だぜ。「お休み中」
はオレの自宅に訪ねて来た時に使え。店でオレが寝てた時に使え。おれが病欠してる
時に副店長に言え。それ以外は使うな。だってそれ以外は使えね〜言葉だろ。まった
く、言葉の使い方を知らないダメ営業マンだ。おまえに勝手にお休みさせられたくな
いっつ〜の。

 酒業界の営業マンたちよ。素晴らしい営業で一度でも僕をギャフンと言わせておく
れ。20年間一度も会ったことないぞ。


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★ 飲めないバーテンダー
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(2000年11月29日)
▼二日酔いがやってきた

 仕事の準備中に酒やカクテルの試飲をすることが多いのだが、先日買ったカクテル
ブックに載っていた名高いバーテンダーのレシピに従って、今日、8杯ほどカクテル
を飲んだ。その後、しばらくして店がものすごく混み、汗だくになってヒーヒー働い
た。そしたら二日酔い(頭痛)がすぐさまやってきた。くそ〜。なんか今日は文章も
散漫なような気がする。

 以前も書いたが、僕は最寄り駅から車通勤をしているので、終業時に酒を試飲する
ことが出来ない。従って店がオープンする前に飲むことになる。もちろん試飲で酔っ
たりはしないので仕事に影響しないのだが、今日はちょっとだけダルかった。

 仕事として酒を飲むのは楽しくもあり、また苦しくもある。楽しい点は、自分の好
み通りの味を作れるので、ストレスを感じない美味しいカクテルが飲めること。他店
で飲むと、もっとこうすれば美味しくなるのに、とプスプス燻ることが多いのだ。ま
た、苦しい点は、飲んでも酔ったりリラックス出来ないので、カクテル本来の楽しみ
が激減すること。でも仕事だから当然か。因果な商売よのう。

▼飲めないバーテンダー

 いま思い出したが、そういえばバーテンダーには酒が飲めない人がけっこう存在す
るのだ。カクテルを1杯全部を飲み干すことが出来ないので、ペロっと舐めるように
味見をして全体像を把握しようと努めている。それでも経験を積めば正しく理解でき
るようになる人も中にはいるらしい。

 飲めないバーテンダーは、自分が飲めないことをたいていひた隠しにする。身内に
も隠す場合が多い。飲み過ぎて胃潰瘍になったことがあるからとか、今日は体調が悪
いとか言ってごまかしている。飲みに行ったときは、なぜか必ずベルモット(主にチ
ンザノドライ)のロックを時間をかけてチビチビ飲んでいる。

 別に酒が飲めないバーテンダーがいてもいいとは思う。彼らは飲めないコンプレッ
クスを解消するために並々ならぬ努力をしている筈だからだ。でもお客様から見たら、
酒が飲めなくて客の好み通りに作れるもんか、と思われてしまっても仕方ない。だか
ら飲めないことを隠さざるを得ないのだろう。因果な商売よのう。でも自分でこの道
を選んだんだもんね。頑張るしかないのよのう。


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★ 「一生懸命」の使い方
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(2000年7月9日)

 今日は夜8時から貸し切りパーティー(結婚式2次会)が行われたため、通常営業
はお休みした。週末は時々パーティーが入るのだが、1日中貸し切りというのは珍し
いことだ。

 年間数十回のパーティーを見慣れているのだが、今日のパーティーはとても素敵だ
った。幹事も司会も参加したお友達も、全員が新郎新婦を心から祝福しているのが伝
わってきた。こんなに良いムードのパーティーは滅多に見ることが出来ない。

 特に幹事と司会は、新郎新婦に楽しんでもらうために一生懸命がんばっていた。通
常、幹事が一生懸命になりすぎると、企画倒れになってしまうパーティーが多いのだ
が、今日は大成功だったんじゃないかな。いやあ、良かった良かった。

 いま「一生懸命」と書いて思い出したのだが、以前、当店でお客様による「一生懸
命論争」が行われたことがあった。30代のサラリーマンが4人で飲んでいるときに、
それは起こった。

 1人の方が「自分が起こした会社の仕事を現在一生懸命やっている」と話したら、
彼の友人が、「おいちょっと待て。お前は自分のやりたいことをやってるんだろ。そ
ういうのは一生懸命やってるって言葉を使っちゃおかしいぞ」と言い始めた。

 「自分の趣味や自分のやりたい仕事は、自分が好きでやってることだろ。そういう
 時には一生懸命って言わないの。当たり前のことをやってるだけなの」

 「でもさあ、オレは朝から夜中までずっと休みなく働いてるんだぜ。何で一生懸命っ
 て言っちゃいけないんだよ」

 「バカだな。そんなの常識なんだよ」

 「いや、オレは一生懸命働いてる。一生懸命って言ったっていいと思う」

 「違う。お前は全然わかってない。言葉の使い方を知らないんだ」

 僕はレジの前に立っていて、喧噪の中から彼らの話を拾い出すように聞いていた。
へえ〜、これは初耳だ。今まで考えたことがなかったな。確かに趣味を一生懸命やる
という言い方はしたことがないけど、漠然と使わなかっただけだった。

 そのサラリーマンたちの形勢は3対1で、一生懸命を使っても構わないと言ってい
る人が他の3人に責め立てられていた。皆、嘲笑気味に1人を揶揄している。

 その後、店がどんどん混み合い、彼らの話に耳を傾けてばかりいられなくなってし
まった。う〜っ、もっと聞きたいよ〜と思いながら、他の仕事を一生懸命こなした。
ここは「一生懸命」を使ってもいいの? いいんだよね。

 しばらく忙しく動き回って、40分ほど後にやっとレジ前に戻って来たら、一生懸
命論争はまだ続いていた。いつまでこんな話をしてるんだろう。

 「だからお前はまだまだだって言われるんだよ。理解力が不足してるんだよ」

 「何と言われても、オレは間違ってない。オレは一生懸命働いてる。一生懸命を使っ
 て何が悪いんだ」

 「あ〜あ、もう何を言ってもダメだな。お前にはわかんないな」

 3人は呆れて物が言えないといった様子である。僕はそれを見ていて、「一生懸命」
の正しい使い方がそんなに重要なのかな。そんなのどっちでもいいじゃん、と思って
しまった。まあ、お客様なのだから何を話していても、僕にはとやかく言う権利はな
いんだけれど、そろそろ他の話に移ろうよ〜、と少々じれったくなったのだ。でも話
は終わらなかった。延々と堂々巡りを繰り返している。

 4人とも興奮して喋っているものだから、非常に喉が乾くと見えて、皆、水割りを
どんどんお代わりしてガブガブ飲んでいた。そのうち一生懸命肯定派の男性が酔いつ
ぶれてテーブルで寝てしまったのを境に、この話はやっと終結した。やれやれ。


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★ 僕に求められているもの
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                           (2000年7月15日)

 当社では毎月1回、系列店の社員が自主的に集まって、サービス向上、社員同士の
コミュニケーションを計るミーティングというものを行っている。これが僕にはとて
も苦痛なのだ。自主的に集まると言っても、実際は半強制の集いである。だからいつ
も仕方なく参加している。

 何がそんなに嫌なのかというと、参加者のほとんどの人はサービスや考えのレベル
が低すぎて、話を聞いていても僕には何の得もない。みんな自分がイケてると勘違い
している人たちばかりなので、自己反省が全くないのだ。だから発展、成長もしない。
簡単にまとまるべき話もまとまらない。参加していてイライラする。

 大体、各店長からして「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」が素敵に言
えない人たちなのに、何がサービス向上だ、アルバイト教育だ。ちゃんちゃらおかし
い。バイトの方が優れたサービスしてるっつーの。

 僕が「まずお前が最高の挨拶が出来なくて、バイトが育つわけがないだろう。自分
の足元から見直さなきゃだめだ」と言ったって、「僕はちゃんといい挨拶をしてます」
と言い張ってしまうんだからな。「そんなに長い間ずっと集中するのは無理です」と
か「ずっと一生懸命やってると疲れちゃうんですよ」なんて言ってるやつらだ。いい
仕事をしてるわけがないし、サービスが向上するはずもない。その前にサービス業に
向いてない。当店では絶対に採用しない人たちだ。

 そのうちメルマガにも書くのだが、ある系列店の店長が当店が全く人手が足りなく
て手伝いに来てくれたとき、彼の挨拶の言い方のあまりのひどさに、当店のアルバイ
トからも蔑まれたことがあった。でも彼は自分の愚かさに気付かない。いつまでたっ
ても気付かない。そんな人と僕は付き合わないことにしている。

 そりゃ、系列店がふがいないサービスをしているのは情けないし耐えられない。で
もオーナーは毎日全店を見ているわけだし、それでいいと思ってやらせているのであ
る。僕が何を言ったって聞く耳を持たない。

 僕はオーナーから「君の教えるサービスは堅すぎる。もっとラフでいいんだよ」な
どと言われて、ものすごいショックを受けたことがある。僕のやっているサービス、
部下にやらせているサービスなんて、行うのが当たり前の範囲、すなわち最低限行わ
なければならないことに毛が生えた程度のことなのだ。これをもっとラフでいいなん
て言われたら、僕がこの店に存在する意味はなくなってしまう。

 ラフといい加減は違うのだ。ラフが気さくという意味なら、当店のサービスは時に
はかなり気さくなのだ。これを落とせばいい加減になってしまう。いい加減なことな
どやりたくない。

 時々、この店は良いサービスなんてオーナーから求められていないんだな、と愕然
とすることがある。僕は何のために従業員を厳しく指導し、ある一定の水準以上のサ
ービスをさせているんだろう、と迷うこともある。その全てはお客様のためであり、
結果的に店のレベルアップにもつながっているのだ。しかしオーナーは別に喜んでい
る様子も無い。

 人に使われているうちは、何を言っても始まらない。自分の店を出して、自分が信
じることをやる以外にないのだ。それはわかっていても、僕は自分の店をやる気がな
い。理由は今のところ言えないが、とにかく出す気がない。だから困ってしまう。

 誰に何と言われようが、自分の信じるサービスを今後も行っていくぞ。くそったれ。


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★ バーテン、マスター、支配人
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                           (2000年7月20日)

 19日に配信したメルマガの「おすすめ書籍」で御紹介した「Cocktail Technic
(カクテルテクニック)」の著者、上田和男さんは、人づてに聞いたところによると、
お客から「バーテン」と呼ばれるのを嫌って、自分の店の名を「TENDER」にしたら
しい。どうもバーテンという言い回しは、あまり上品な使い方では無いようだ。

注) なぜ店の名前が「TENDER」なのかと思ったら、BAR「TENDER」= BARTEN-
DERとバーテンダーに引っかけてあるのですね(19日配信のメルマガより抜粋)

 普通、バーテンダーに「バーテン」とか「バーテンさん」と呼びかけはしないだろ
うから、「あの店のバーテンは◯◯◯だ」のように噂をされる時に使われるのだろう。
そういえば、「バーテン」の響きは、少々人を見下したような言い方にも聞こえるか
もしれない。でも僕はあまり気にしたことがないなあ。

 そうだ。思い出してみると、僕自身、他店の話をする時、「バーテン」という言い
方をしている。もっとよく考えてみると、褒めるときは「バーテンダー」で、けなす
ときに「バーテン」と呼んでいるかもしれない。いや、確かに呼んでいる。「あのバ
ーテン、むかつくんだよ」などと言っている。なんと「バーテン」は差別用語だった
のか。

 これからはきちんと、バーテンはバーテンダー、イカ天はイカテンダー、グルテン
はグルテンダー、句読点は句読テンダーと正式名称で呼ぶことにしよう。

 また、僕はお客から「店長」とか「鳴海さん」と呼ばれるのが一番多いのだが、た
まに「マスター」と呼ぶ人がいる。「マスタ〜〜〜」と呼ばれると、「マスターはや
めてくれ〜〜」と哀願したくなる。

 でもなぜだろう。「喫茶店のマスター」「スナックのマスター」というイメージが
あるからかもしれない。だからといって、そんなの別に気にすることなんて無いのに、
僕の本能が拒否反応を起こしてしまう。不思議だ。謎だ。

 たまに「支配人」と呼ばれることもある。これには拒否反応が起こらない。しかし、
僕をいつも「支配人」と呼ぶお客には「役職は店長なんですよ」と何度も教えるのに、
絶対に曲げようとしない。最近ではその呼びかけに僕もすっかり慣れてしまった。

 「そう、私はこの世の中をつかさどり支配する、その名も支配人」と言ってバサッ
とマントをひるがえし、高笑いと共に走り去るのだ。


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★ タメ口なお客様
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                           (2000年6月23日)

今日来店した20代前半のカップルの男性は、何を注文するにもタメ口だった。「ちょ
っと、タバコある? 何あんの?」「ショップカードくれる?」「お代わりくれる?」
等々、カウンターに座っているのに目の前にいるバーテンダーに注文せずに、いちい
ち振り返ってホールの僕を呼びつけるのだ。しかもおいでおいでと手招きする。

「まったくもう、何でいちいちオレを呼ぶんだよお。しかもオレは召使いじゃねーぞ。
人にものを頼むときは、口の聞き方に気を付けろい」、と閉口してしまった。しかし
お客様である。失礼の無いように応対しなければならない。元気な声で受け答えする
気にならないので、呼びつけられる度に10歩ほど引いた物静かな応対をした。

しばらくすると男性は目の前のバーテンダーを呼んで、僕をちらちら見ながら何かを
話しかけていた。なんだろう、気になるなあと思い、バーテンダーが戻ってきてから
何を話していたのか聞いてみた。

「あの方と何を喋ってたの? オレのこと何か言ってなかった?」
「はい、あの人は誰だって聞くので、店長だって言いました」
「それで?」
「そしたら、そうなんだ、店長なんだ。いやあ、あの人は凄いよ、あの人のサービス
は凄い、って褒めてましたよ」

なぬ?褒めてた? はて、褒められるようなこと何かしたっけ? めちゃめちゃ引い
た応対してたのに・・・謎だ。

僕は心底不思議だった。取り立てて褒められるようなことはしていない。極めて普通
のことをしたまでだ。ふむ〜、これはあの方の望んでいるサービスと僕の態度が一致
したんだな、きっと。いろんな方がいるものだ。僕が良いと思っているのは、もっと
明るくはきはき、きびきびと振る舞うサービスだ。あの方にはそれじゃ逆に受け入れ
てもらえないのかもしれない。「調子こきやがって」とひんしゅくを買ったりして。

サービスは奥が深い。深すぎる。こんな淡泊な応対の方がかえって好まれる場合もあ
るなんて、今まで思ってもみなかった。ってことは、僕が普段良かれと思って行って
いるサービスも、相手の心に響いていないこともあるのかもしれない。でもこのお客
の感性は、普通の人とちょっと違うんだろうなあ、というふうにまとめて、僕はサー
ビスの方針を決して変えようとはしないのだった。