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★ たまに行くのね、こんな店
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(1999年11月15日)
マギー司郎の言い回しのような妙なタイトルを付けてしまいましたが、それは
さておき、今日は僕が時々食事に行っている名店(正直に言うと迷店)の中の
1店を御紹介したいと思います。この店は僕の職場の近くにあり、仕事が忙し
くて時間が無い時などに駆け込む店として大変重宝しています。果たしてこれ
を読んで、「1度行ってみたい」と思う方がいらっしゃるかどうかは甚だ疑問
ですが、御紹介してしまいます。▼カレー屋 「モンスナック」
この店は、新宿東口の紀伊国屋書店地下1階にある。紀伊国屋書店のレストラ
ン街は、どの店も古びていてしかもダサい。まるで、ど田舎に来たか、20年
前にタイムスリップしたかのような非日常を味わえる。しかし、そこがいいの
だ。どこもかしこも洗練されることを良しとした没個性的な店が氾濫する昨今、紀
伊国屋書店地下レストラン街の「終わった感じ」はむしろ貴重な存在といえる
だろう。このレストラン街には2店のカレー屋があり、両店が凌ぎを削って張
り合っている(たぶん)。御紹介するのはモンスナックの方である。モンスナックはレストラン街の中央、紀伊国屋書店の「なかなか来ないエレベ
ーター」の斜め前にある。とにかくエレベーターが遅くてなかなか来ないので、
この付近はいつも人だかりが出来やすい。立地条件としては優れた場所に位置
している。店内はU字のカウンター席のみで、10〜12人が座れば一杯になっ
てしまうこじんまりとした店である。この店のカレーの特徴は、スープのようにさらさらとしている点である。初め
て目にした人は「何じゃこりゃ、これがカレーか?」と目を疑うこと間違いな
く、驚きも共に味わえる。お薦めは、1番お安いポークカレー(600円)と
1番お高いカツカレー(900円)である。実はそれ以外、食べたことがない
ので他のカレーはお薦めしようがないのだ。ポークカレーは、さらさらカレー、ライス、角切りの豚肉で構成されている。
以前のシェフはいつでも豚肉3切れを順守していたのだが、現在のシェフは5
ヶ、6ヶの時もあり、肉が多い日は儲けた気分でとても嬉しい。しかし、なに
ぶんシェフは気まぐれな性格なようで、肉数はいつも一定ではない。ポークカ
レーなのに肉が少なかった時は、すこし悲しい。カレーは、熱々のとき、ぬるいとき、量が多いとき、少ないとき、味が濃いと
き、薄いときと、いささか不安定である。しかし、それゆえに熱々で量が多い
ときの喜びは筆舌に尽くし難い。このような「当たり」を手に入れるためには、
食事時の忙しい時間帯を狙うと良い。その時間帯はカレーは常に温められ、忙
しさのあまり、カレーや肉をついうっかり多めに盛ってしまう可能性があるか
らだ。逆に午後2時〜4時半の暇な時間帯にこのような良質のカレーを食べる
ことは、すこぶる難しい。そんな時はこの店のカレーを口にすることができた
幸せを噛みしめるのみである。モンスナックの従業員はシェフも含めて外国人が多い。他にはシルバーのヘル
パー風のおばあさんが働いている。外国人従業員のオーダーする声はとても威
勢がよい。ポークカレーを注文すれば、こちらには答えずに厨房に向かって大
声で「ポーク〜!!」、カツカレーなら「カ〜ツ〜!!」である。こちらの注
文に返事をしないのは、客にいち早くカレーを供したいという気持の現れなの
だろう。ガッツを感じる。ちなみにポークカレーはオーダー後、1分以内に運
ばれてくる。そうとは知らないお客は、あまりの早さに驚嘆している。この店の1番人気はカツカレーである。このカレーはポークカレーにカツが乗
っているのだ。カツ以外にちゃんと角切り豚肉が3〜4ヶ入っている。数年前
までは、カツは揚げ立てではなく、むしろ冷たくて固いものが乗せてあった。
「揚げ立てでないのはおかしい」と疑う人もいるだろうが、これには何か意味
があったのだと想像する。冷めて身の固くなったカツの方がこのスープカレーには合うとか、肉が固いと
よく噛んで食べなければならないので、消化酵素の発生を促進し消化に良いと
か。しかし、それが2年ほど前から揚げ立てになって供されるようになったの
である。カツの肉は薄目で平べったい。イタリア料理のカツレツを少し厚くしたような
感じである。敢えてあまり上質のロース肉を使用しないことにより、豚肉本来
の旨みが味わえ、食欲を増進させられる。モンスナックのカレーは中辛なので、辛いものが不得意な人でも食べられる。
味はスパイシーで、やや濃いめの味付けを施されている。さらさらなのにライ
スに負けない力強さを感じるのだ。ライスはやや固めで、スープのようなカレーに馴染むようになっている。ちょ
っとしたアルデンテのリゾット感覚である。ある時、ライスがガッチガチに固
いときがあった。中国系のウェイトレスに「今日はライスがちょっと固すぎる
よ」と小声で囁いたのだが、「んあ? んあ?」とまるで日本語が通じなかっ
た。ワールドワイドな店である。「This rice is very hard」と言ってみよう
とも思ったが、ライスにハードが合っているかどうかわからなかったので諦め
ることにした。もしかすると、その中国系ウェイトレスはシェフの恋人で、日
本語が判らないフリをして愛するシェフの身を守っていたのかも知れない。も
しそうなら麗しき愛情と言えるだろう。ある時、カレーがとても塩辛かったこともある。そのカレーを1口食べて、
「うげっ、しょっぱ〜い。もう、なんてこったい!」と閉口したが、我慢大会
のつもりで食べることにした。次第に舌がびりびりと痺れてきて、とうとう全
部平らげることは出来なかった。代金を払った後、店員のおばちゃんに、「今日のカレー、すごくしょっぱかっ
たですよ」と小声で告げると、おばちゃんはキョトンとして「あ〜そうですか」
と事も無げに言い、厨房に向かって大声で「しょっぱいって〜!」と叫んだ。
それで終わり。何とさっぱりした対応だろうか。人間、細かいことは気にしち
ゃいかんよと教えられたようである。店内の壁には漫画家の蛭子能活さんの色紙が2枚飾られている。蛭子さんは以
前、雑誌のカレーのうまい店特集で、このモンスナックをお薦めしていたこと
がある。「この店のカレーはとっても美味しいですね。でも僕は食べ物は何でもいいん
だよね。何を食べてもいっしょだから(笑)」と、少々謙遜しながら言ってお
られたのが印象的だった。実はこの店の1番の特徴はカレーではなく、U字カウンターの左奥にいつも鎮座
しているオーナー(おばあさん)の存在ではないかと思っている。そのオーナ
ーはいつも店におり、店員が来客に気付かないと、即座に「いらっしゃいませ」
と言って来客を知らせる、ちょっとしたセンサーの役割をしているのだ。そし
て鋭い眼光で客を見渡している、かと思えばとたんに居眠りを始める。もうか
なりのお年を召しているのでやむを得ないのだが、食事中、僕はいつもオーナ
ーが自分の視界に入らないように気を配っている。きっとオーナーは夫亡き後、この店を1人で必死に守っているのだ。かつてこ
の地で夫と2人、裸一貫で始めた路地裏の小さなカレー屋が、紀伊国屋がビル
になるのをきっかけに、テナントとして中に入るチャンスに恵まれた。「やっ
た、やった」と2人で小躍りしながら喜び合ったあの頃の思い出が、昨日のこ
とのように思い出されてくるのだろう。幸せそうな顔で眠っている。ある日、僕がカレーを食べていると、オーナーが電話の相手に謝っていた。
「すみません・・・今日はちょっと都合が悪いんです。月曜日まで待ってもら
えませんか。月曜に必ず振り込みますから。いえね、本当に今日はちょっと・・
・あの・・・あれなんです。すみません、月曜日に必ず、はい、はい、わかり
ました、すみません」なにやら支払いの延期をお願いしている様子である。サラ金の取り立てか、家
賃の未払いか、仕入れ代金の支払いが滞っているのか。いずれにしても非常に
気になる内容だ。思わず聞き耳を立てながらカレーを食べていたので味わうこ
とを忘れてしまった。電話を切った後、オーナーはぼんやりしながら遠くを見つめている。口がかす
かに動いているようだ。「神に召されるその日まで、あなたと私のこの店を必ずお守りしていきます。
どうか見守っていて下さい、モンちゃん(亡夫の愛称:予想)・・・」 僕は
勝手にアテレコしていた。僕がモンスナックに通い始めてから、もう10年が経った。初めて食べた時は
前述のように「なんじゃこりゃ〜!」だったのだが、今では大好物の1つであ
る。本格的なカレーが食べたいときは、バーニーズの隣のビルの7Fにあるイ
ンド料理店「サムラート」や、中村屋3Fの「レガル」、新宿西口の「ボン
ベイ」などへ行ってしまうが、モンスナックはそれらのどの店にも当てはまら
ない独特の味わいとハプニングが楽しめる。これはもうカレーのアミューズメ
ントパークと言っても過言ではないだろう。この愛すべきカレー屋「モンスナック」が存在する限り、僕は通い続けたい。
モンちゃんとオーナーの愛の結晶であるそのカレーの味を、更に記憶にしっか
りと刻み込むために・・・。最後に、1つだけ気になる点がある。
店内の壁に貼ってあるメニューの「コカコラー」を、出来れば「コカコーラ」
に直して欲しい。<END>
注)素直にお読み下さった方、申し訳ありません。このコラムはほとんど
「褒め殺し」です。