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★ あるキャッチガールズの手口
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(2000年11月21日)
11月1日より東京都で「ぼったくり防止条例」が施行された。これは酔った客な
どを巧妙な手口で店に誘い込み、法外な料金を請求する(ぼったくる)ことを防止す
るための条例である。かいつまんで抜粋すると、1 料金の明示を義務化する。
2 従業員や客引きが実際の料金より安いと見せかけて勧誘する行為を禁止する。
3 乱暴な言動による料金取り立てを禁止する。
などの項目があり、これに違反した店は8ヶ月以内の営業停止に処せられ、それに従
わない場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科せられる。性風俗店も
この条例で取り締まることが出来る。▼キャッチガールズの手口
以前、僕が仕事後に時々飲みに行っていた居酒屋に、ぼったくり店のキャッチガー
ルズが頻繁に飲みに来ていた。彼女たちは25歳前後の、一見すると普通の女の子な
のだが、毎回違う男性(主に30代の酔ったサラリーマン)を引き連れていた。最初はまさかキャッチガールズだとは知る由もなかったのだが、ある日その店の従
業員が「あの子たち、実はぼったくりバーのキャッチなんですよ」と、僕にこっそり
教えてくれたのだ。「彼女たちは毎日1度は必ずやってきます。多いときは1日に2〜3度来る時もあり
ますよ。もちろん毎回違う男とです。どうもこの店が、ナンパ場所とキャッチバーと
の中間地点らしいんですよ。うちみたいな居酒屋なら、男も気を許して飲んじゃいま
すからね。ここでもっと酔わせて、それからキャッチバーへ連れ込むらしいですよ、
むふふ」「何でそんなこと知ってんの?」「彼女たちから聞きました」「まじっ!こわっ!」
従業員の話を聞いて、この2人組のキャッチガールズの手口がわかった。彼女たち
は終電車がなくなる時間になると、この界隈で深夜営業をしているファストフード店
などの前に立つ。そこで最終電車を逃して暇をもてあましているサラリーマンに、上
手にナンパされてあげるのだ。いきなり「私の知ってる店へ行こう」などと言ったら、
相手に警戒されてしまうので、飲みに行く店を探してぶらぶら歩きながら、この居酒
屋の前を“偶然”通りかかる。そしてガールズの1人がとぼけて言うのだ。「ねえねえ、この店、たこ焼きが美味しい居酒屋って書いてあるよ。何か面白いね。
ここで飲まない?」サラリーマンは「居酒屋だったら安く上がるぞ」とホッと胸をなで下ろし、ホクホ
クこの店に決定する。「ねえ、みんなで日本酒で乾杯しようよ。お願いしま〜す。日本酒冷やで4つね」
キャッチガールズがもちかけて、冷や酒で乾杯である。この時、本物の日本酒はサ
ラリーマンのグラスだけに注がれる。彼女たちには「水」が供される。「おい、ちょっと待て」 僕は従業員の話を制した。「何でキャッチガールズには
自動的に水が出て来るんだよ」「彼女たちから水を出せって言われてるんですよ。毎
日来てくれて、いいお客さんじゃないですか、えへへ」「なんだと。おまえらキャッ
チの片棒担ぎか」「まあまあ、怒らないで下さいよ。こっちも仕事ですから」キャッチガールズは乾杯したグラスの水を一気に飲み干し、「え〜、なに?イッキ
するんじゃないの〜? やだ〜、あたしたちだけイッキしてる〜。恥ずかしいじゃん。
飲んで飲んで。イッキ、イッキ、イッキ」サラリーマンたちは、ここで飲まなきゃ男がすたると酔った体に鞭打って冷や酒を
一気に飲み干す。「キャ〜ッカッコいい〜。すいませ〜ん、お代わり下さ〜い。日本
酒4つね」キャッチガールズはこの後も乾杯を繰り返し、男がかなり酔ったことを確認して互
いに顔を見合わせる。「ねえねえ、もう一軒行こうよ。あたしボトルキープしてるん
だ。お願いしま〜す。お会計して下さ〜い」代金はもちろん男が支払い、ふらふら歩く男の腕をしっかり支えながら、キャッチ
バーへとまっしぐら。この時、男に相談されないように、ガールズは2人の男の内側
を並んで歩くことを忘れない。抜かりない。そりゃそうだ。なんたってガールズはシ
ラフなのだから。ふう〜。話を聞き終え、僕は溜息をついた。何て男はアホなんだ。してやられまく
りやがってるではないか。見ず知らずの女の“知ってる店”へ行ってはならないのは
鉄則である。そんな基本も守れないようじゃ、ぼったくられても仕方ない。いや、む
しろ、ぼられてきなさい。勉強です。その後も、新たな獲物を伴ってやって来るキャッチガールズを、ちょくちょく見か
けた。ガールズは相変わらず「こんな店があるなんて知らなかったね〜。じゃ、かん
ぱ〜い」などととぼけたことを言いながら、同じ手口を繰り返している。それにしても一緒に飲んでいる男たちは、毎回とても幸せそうな微笑みを浮かべて
いる。この後の展開を自分勝手に想像して、期待に胸を膨らませているのだろうか。
とんでもない不幸がこの後待ち受けていることを、今は知る由もない。▼キャッチ体験
僕もたまにキャッチガールと思しき女に声をかけられることがあるが、「飲みに行
こっか?」とか、わざとぶつかってきて微笑んだりと、直球勝負で挑んでくることが
多いので、とてもわかりやすい。そういえば、いきなり「沖縄料理が食べたいな」と
話しかけてくる女もいた。えっ、沖縄料理でぼられちゃうのかよ。泡盛1杯20万円
だったりして。う〜〜、笑えない。この間なんか、「ねえお願い、飲みに行こ〜。お願いだから〜、ねっ、いいでしょ、
お願い」と、せっぱ詰まった悲痛な表情で拝みながら訴えかけてくる女がいた。この
子は客をキャッチ出来ないと、店のヤツに痛い目にあわされちゃうのかな。でもそん
なこと僕には知ったこっちゃない。そのまま無視してラーメン屋に入っていったら、
後ろで「も〜〜」と怒っていた。おまえは牛か。また、たまに風俗店の客引き(ポン引き)に声をかけられるのだが、彼らにほんの
少しでも反応すると、とたんにしつこく迫ってくる。僕が手で遮ぎったり「いや、い
い」と声を発したりすると、よけい迫ってきて腕を掴もうとする。ポン引きに触られ
るとブチ切れそうになるのだが、競歩選手に変身してビューッとその場を立ち去るの
だ。▼「ぼったくり防止条例」があれば安心?
ぼったくりの被害は年々増加している。ぼったくる手口が巧妙になってきているこ
ともあるだろうが、相変わらず警戒心の希薄な人々が世の中に多く存在している。僕
のバーで平気で貴重品を預ける人がいる限り、ぼったくられる人も減らないのではな
いだろうか。冒頭の「ぼったくり防止条例」が施行されて少しは安心かといえば、決してそうで
はないようだ。この条例が適用されるのは、新宿、渋谷、池袋、上野の4地区に限定
されており、その他の地域では使えないのだ。なぜ地域限定にしてしまったのだろう。
とても不思議だ。おまけにキャッチガール曰く、この条例には抜け道がいろいろあるので全然問題な
い、とのことだ。つまり、新たなイタチごっこの幕が開けただけで、施行前と状況は
あまり変わらないらしい。今年になってぼったくられた人の被害は、実に数万件に上っているという。昨年の
記録をすでに大きく上回っているのだそうだ。世の中は危険を求める(ものともしな
い)チャレンジャーで溢れている。はっきり言って、僕にはぼったくられる人たちの気が知れない。彼らはぼったくら
れるような店へ行くからぼったくられるのであって、普通に行動していれば、まずぼっ
たくられることはあり得ない。あらぬ事を考えているから、魔の手が忍び寄って来る
のではないだろうか。ぼったくる店は悪いに決まっているが、そういう店が存在する以上、自分で気をつ
ける以外に方法はない。騙されるのは自分のせいだと考えて、常日頃から注意を怠ら
ないその気持ちが、ぼったくり店を遠ざけてくれるのではないかと思うのだ。
<END>【番外編】「たこ焼きがおいしい居酒屋」の裏側
このコラムに登場した「たこ焼きがおいしい居酒屋」のオーナー(ビルも所有して
いる)は都内某大学の教授で、この店で働く従業員は全員がその教授のゼミを受講し
ている学生である。この店のスペースがしばらく空きっぱなしだったので、「お前た
ち、何かやってみないか」と学生に持ちかけ、それを受けて彼らは居酒屋を始めたの
である。ゼミ学生たちは他の学生にこのことを知られぬよう、十分注意して営業を続けてい
たのだが、こんなことをいつまでも秘密にしておけるはずがない。いつしか外部に噂
が広まり、「頼むからオレも働かせてくれ」と願い出る輩が後を絶たない。そりゃそ
うだ。友達同士で運営できる店で働いて給料を貰えるなら、こんなに楽で楽しい仕事
はない。しかし店長(ゼミ幹事長)は教授の言いつけ通り、ゼミ学生のみで運営する
ことを頑なに守った。居酒屋は朝5時まで営業していたので、大学の授業をさぼる生徒が続出した(当た
り前だ)。教授が「授業をサボる生徒は、居酒屋で働かせない!」と激怒したため、
皆無理をして学校へ行くようになったのだが、その教授の授業だけは「店の仕込みが
あるので」という理由で休むことが許されていた。しばらくして、案の定この店のことが大学側に嗅ぎつけられてしまった。きっとア
ルバイトを断られた学生が腹いせに告げ口したのだろう。大学側から教授が「ゼミ学
生を自分の店で朝まで働かせているというのは本当か」と追求され、一旦はとぼけて
かわし、学生に箝口令をしいたのだが、時すでに遅し。大学側に店を発見されて教授
は咎められ、店を畳む羽目になった。そして僕は行きつけの店を一軒失った。そして
キャッチガールズは貴重な「峠の茶屋」を失った。ざまみろ。 <END>
▽警視庁HP いわゆる「ぼったくり防止条例」について