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★ サービスの基本 お客様への挨拶  
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 サービスの基本であり、とても重要なのは『お客様への挨拶』がきちんと感謝の気
持ちを込めて言うことが出来るかどうか、ということだと思っている。「そんなの当
り前」とおっしゃる方は多いと思うが、普段、当り前のように発している「いらっし
ゃいませ」「ありがとうございます」等の挨拶がきちんと言える人は、決して多くな
い。

▼悪い挨拶

 毎日あちこちの店で店員の挨拶を耳にするのだが、心のこもった挨拶はなかなか聞
くことができない。機械的で無機質に言う人が多い。

 ある店員は、「お客がこの位置まで来たら挨拶すればいい」という赤外線センサー
の役割を兼ねている。商品を包んで渡して一拍おいて、タイミング悪く「ありがと〜
ございました〜〜〜」とだらしなく言う。もちろんお客の顔など見てはいない。この
ような人たちが、うじゃうじゃいるのだからやりきれない。

 比較的よい挨拶をする人にも、全く心を感じないことがある。その人たちは、ある
程度の慣れと勘の良さだけで挨拶をしているようだ。なんとなく聞こえは悪くないが、
しかし、一生懸命さは感じない。手抜きをしているなあと感じてしまう。従って、彼
(彼女)の挨拶はこちらの心に届かない。

 多くの店では、挨拶がお客様の来店を知らせる従業員間の合図になっているので、
目の前にいるお客様に向かって、不必要に大きな声で挨拶したりする。これではとて
も歓迎されているようには感じない。おまけに「いらっしゃいませ」の「せ」を強く
発音するものだから、吐き捨てているように聞こえてしまう。

 先日、家の近所の大型書店へ行ったのだが、そこの店員はまるで魚屋のように威勢
が良かった。店内のあちこちから「いらっしゃいませ〜〜〜!」「御利用下さいませ
〜〜〜!」と、大きな声がフーガのように繰り返し聞こえてくる。まるでデパートの
物産展会場のようだった。

 店員の声があまりにうるさくて、落ち着いて本を選べないこと甚だしい。いったい
どういうつもりで大声を出しているのかと疑問に思って原因を探ってみたのだが、ど
うやら新入社員が何名か入ったので、現場(書店内)で挨拶の実地訓練をしているよ
うだった。信じられない。

 この店では新人のお手本となるべく、社員全員が大声で活気溢れる挨拶をしていた
のだ。先輩の挨拶に続いて新人が同じセリフを繰り返すものだから、それがフーガの
ように聞こえていたのだった。ちなみに普段その店の先輩たちは、そんなにはきはき
と挨拶していないのを僕は知っている。

 僕が本をレジに持って行ったら、レジにいた先輩と新人の2人が威勢良く「ありが
とうございま〜〜す!」と僕に言った。その直後、先輩は「よし、なかなかいいぞ」
と後輩を褒めている。おいおい、客の目の前で何を言ってるんだ。僕は練習台か? 

 先輩が妙に大きな声で「カバーはお付けいたしますか!」と僕に言いながら、ちら
ちらと後輩を見ている。彼の全神経は僕でなく後輩に注がれていた。「はい、お願い
します」と言う僕の言葉を先輩はうわのそらで聞き流し、「そろそろレジを打っても
大丈夫だろう。やってみろよ」などと後輩に言っている。

 この先輩の態度には腹が立つよりも呆れてしまった。本番中に練習をしていてどう
するんだ。この先輩社員は、お客様に気分良く買い物をしてもらうためのサービスを
教えながら、目の前の客(僕)の気分を害している。愚かである。しかし、このよう
な「わかっていない店」はざらにあるのだ

▼良い挨拶をするための考え方

 「いらっしゃいませ」というたった一言の中に、この言葉を発する人のサービスに
対する姿勢や考えが全て凝縮されていると僕は考えている。挨拶がきちんと言えない
人に優れたサービスは出来ない、というのが僕の持論である。武道のように、サービ
スも礼に始まり礼に終わるのだ。

 挨拶は、毎日数限りなく繰り返す言葉であるゆえに、つい単調になってしまう時も
あるだろう。しかし、挨拶をする側は同じことの繰り返しでも、お客様は毎回違う方
なのだ。1回1回、きちんと挨拶をしなければならない。

 お客様はこちらが良い挨拶をしているつもりでも、表立った反応はあまりして下さ
らない。しかし心の中では「この人はいい仕事をしている」とか「なかなかいいよ」
と、いろんなことを感じているのだ。それを「一生懸命挨拶したって、誰も気にして
ない」などと思って手を抜いていたとしたら、それは大きな間違いである。現在の自
分の一生懸命さ程度では、お客様の笑顔や「ありがとう」「ごちそうさま」という言
葉を引き出すまでに至らないのだと理解し、今まで以上に頑張ることが大切なのだ。

 ただ、よほどの愛社精神がなければ「店のためにもっと頑張ろう」「会社の発展の
ためにもっと頑張ろう」とは、なかなか考えられないだろう。この場合、まず自分自
身のサービス向上のためだけに働いてみると良いだろう。自分自信を磨くためなら、
より一生懸命働ける。その結果として店の売り上げが増加し、会社が発展すれば同じ
事なのだ。

▼挨拶のしかた

 業種によって挨拶のしかたは様々である。「いらっしゃいませ〜〜〜」と語尾を伸
ばしたり、尻上がりに発音した方が効果的な職種もあるだろう。しかしここでは、僕
が働くBARに相応しい挨拶のしかたの基本を御紹介してみたい。

【口を横に開いてはっきりと挨拶する】
基本中の基本である。口を横に開くと言葉をはっきりと発することが出来、しかも自
然に笑顔になり、優しい挨拶が出来る。

【自然に発音する】
全く癖のない標準語で発音する。「いらっしゃいませ」の「せ」は伸ばさずに切る。
「ありがとうございます」も「ま〜す」と伸ばさない。ごくごく自然に発音するのが
当店には相応しいと思っている。他店で癖がついている新人アルバイトは、皆、最初
は直すのに苦労している。でも僕が厳しく直してしまうのだ。

【声の大きさに注意する】
先ほども触れたが、不必要に大きな声や、お客様に届かない小さな声では困ってしま
う。お客様にちょうど良いと感じていただけるボリュームで挨拶する。修得するには
現場での修練が必要。

【喉を開いて、少し息を吐きながら声を出す】
楽に声を出そうとすると、喉が若干閉じ気味になる。これだと優しい声が出しにくい。
喉の筋肉を緩めて息をやや吐きながら挨拶すると、声に微妙な表情をつけやすい。こ
れだと一本調子にならずに変化をつけることができる。

▼挨拶の学び方

 僕はもともと他人が行っているサービスにとても興味を持っているので、どこへ行
ってもつぶさに従業員を観察してしまう。「この人は今どんな気持ちでサービスをし
ているのか」「どうしてこんなにいいかげんな仕事が出来るのか」「こんなにサービ
スが良いのは本人のセンスなのか、会社の指導の賜なのか」など、自分の内部から湧
き上がってくる様々な疑問を解決しようとして、ついつい考えてしまう。

 中でも他人の挨拶は特に気になる。あちこちで聞く挨拶の、そのほとんどが大抵気
に入らないので、いつも「そうじゃないだろ」と内心怒っている。しかし、悪い挨拶
から反面教師的に学べることは多い。「どうしてこの挨拶は良くないのか」「この場
面ではどういう挨拶をするのが正しいのか」と考えることにより、正しい挨拶(自分
なりの)を見つけだすことが出来るのだ。
 
▼挨拶の心がけ

 毎日、同じ挨拶を数限りなく繰り返しているわけだが、声のトーン、タイミング、
ボリューム、言い回しの速さなど、言い方には毎回とても気を使う。同じ言葉をお客
様の年齢や雰囲気によって微妙に変化させて使い分けているので、これでいいという
決まり切った言い回しは無いのだ。挨拶を発しながら、今の言い方で良かっただろう
か、もっとこうしたら良かったかもしれない、などと考えながら記憶にインプットし
て精度を高めている。

 自分は所詮、現在のレベル以上のサービスを行うことなど出来ない。もっと良いサ
ービスを行うためには、自分自身を高めていくしかない。そのために自分を磨き、情
熱を持って取り組んでいきたいと考えている。言葉は生き物である。生かすも殺すも
自分次第なのだから。 <END>
                            (2000年3月31日)


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