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★ コンタクトレンズと私
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(2000年7月31日)
数年前のある日、激しい眼精疲労のため、かかりつけの総合病院の眼科へ行った。
30代の医師の診察を受けたのだが、診察後、彼の口から思わぬ言葉が飛び出した。「これはもしかすると、コンタクトレンズを使った方が目が疲れないかもしれないな」
僕は心底驚いた。今までハードレンズとソフトレンズを一度ずつ試したことがある
のだが、全く目に合わずに断念した経験があったからだ。そのことを伝えても医師は
動じず、「あなたの目に合うコンタクトがあります」と言い切った。そこまで言われ
たら、もう一度試してみようかなという気になってくる。「もしコンタクトを使った
方が目が疲れないのでしたら、ぜひお願いします」と言ってしまった。「まだ時間は平気ですか」 医師は診察室の奥へ向かって大きな声で呼びかけた。
すると「はい、大丈夫です」と声が返ってきて、カーテンがシャーーッと開き、背広
姿の老人が現れた。「それではコンタクトのサイズを合わせてみましょう。以前に使用されたことがある
ので、きっとすぐに慣れますよ」「でも前は目に合わなくて、やめてしまったんですけど」
「ふふふ、それは目に合わないコンタクトを使ってたからでしょう。あなたの目には
既成のレンズでは少し小さいようですね。特注でお作りしましょう。なに、料金はほ
とんど一緒ですから。それに目に合わない時は、合うまで何度でも無料でお作り直し
しますので御安心下さい」いやあ、コンタクトの方が目が疲れないとは知らなかった。メガネは視界が狭くて
困っていたのだ。それにしても嬉しいなあ、よかったなあ。僕は有頂天になってしま
った。だって、僕の目にはコンタクトは合わないと思い込んでいたのだから。とはいえ、疑問を持たなかったわけではなかった。その日にコンタクト業者がたま
たまそこにいたとは、ちょっと考えにくい。患者がコンタクトを購入すると、いくら
かのバックマージンが医師の懐に入るシステムになっていて、そのために医師は躍起
になってコンタクト装着を勧めているのかもしれない、という考えが心を過ぎった。
しかし、もしコンタクトを使えるようになれば、便利なことこの上ない。僕は疑問を
心の隅に追いやり、今回は医師の言葉を鵜呑みにすることを決めた。一週間後、出来上がってきたコンタクトを装着し、待合室の椅子に座ってしばらく
目に馴染ませることになった。左目は異物感がそれほどないのだが、右目はゴロゴロ
して痛いし、おまけに少々見えにくい。右目だけ景色がぼんやりと霞むのだ。一抹の
不安を感じたが、何しろ今日が初めての装着である。もう少し慣らせば見えるように
なるかもしれない。それに、合わなければ作り直してもらえばいいのだ、と自分に言
い聞かせた。装着後30分が経過しても右目の異物感は全く変わらず、相変わらずゴロゴロした
ままである。霞みもなくならない。僕は老人に装着感が悪いことを伝えたのだが、
「まあ今日は初日ですから、そういうこともありますよ。これから一週間、家で練習
してみて下さい」と言われ、なにはともあれ実行してみることにした。しかし、毎日
1〜2時間、コンタクトを家で装着していたのだが、装着館は相変わらず悪いままで、
状況は何も変わらなかった。一週間後、医師とコンタクト業者にレンズが目に合わなかったと伝えると、右目の
レンズをもっと目に合う形に作り直してくれることになった。僕の目は、特に右目が
乱視が強いので、レンズのカーブを今まで以上に深くするとのことだった。一週間後、レンズが出来上がり装着してみると、以前のものよりはゴロゴロしなく
なったものの、かなりの異物感を感じることに変わりはなかった。しかし、それから
の一週間、僕は我慢強く装着し、目に慣らす練習を家で続けた。一週間後、僕は医師に、異物感が無くならないことを告げた。「やっぱりコンタク
トは僕の目に合わないんじゃないですか」と疑問をぶつけると、医師は、いや、そん
なことはない。右目のレンズのカーブがまだ浅くて、そのために異物感を感じるのだ、
と言い張った。「でも左目の異物感も相当なもので、一日中装着することは出来ませ
ん」と言ったら、医師はいらついた様子でコンタクト業者を呼びつけ、「もう一度、
両目のカーブを計って、もっと目に合うレンズを作って下さい」と強い口調で言った。老人は医師の言葉に承諾はしたものの、「このレンズで合う筈なんですけどねえ」
と疑問を隠せない様子である。なになに? 僕が悪いの? そんなこと言われたって
合わないものは合わないんだから仕方ないよ。「やっぱり僕の目にコンタクトは合わ
ないんじゃないですか」ともう一度医師に聞いてみた。「そんなことはない!大丈夫
です」 医師は少し怒り気味に言い放った。一週間後、いよいよ3つ目の新しいレンズが出来上がり、不安と期待の入り交じっ
た気持ちで装着した。今回はかなり期待していたのだが、前回のレンズと異物感は何
も変わらない。右目も相変わらず霞みがちである。もうガックリ落胆である。「前回のレンズと装着感が全く変わらないんですけど」と老人に伝えると、意外に
も彼の方が先にキレた。「あのねえ、目にレンズが入ってるんだから、そりゃ多少の異物感はありますよ!
少しぐらいの異物感を我慢して、視野が広がった便利さを取るか、それともメガネで
我慢するか、どっちかになりますよ! 大体ねえ、コンタクトを3回も作り直すなん
て異例のことなんですよ! 特別なんですよ!」そんなふうにキレられちゃ、僕だって黙っていられないだろう。
「あのねえ僕はコンタクトにしたくてしてるわけじゃないんですよ。先生がコン
タクトの方が目が疲れないって言うから、お願いしたんじゃないですか。それにあな
たは、目に合うまで何度でも作り直すって言ってたでしょ。逆に、3回も作り直して、
まだ目に合わないってのはどういうことなんですか。装着感がまるで良くならないっ
てのは、どういうことなの。こっちは毎週わざわざ遠くから来てるんだよ!」とたんに老人は平静を取り戻し「すいません」と小声で呟いた。もう嫌だ。コンタ
クトなんかでこんな大騒ぎになるのはごめんだ。もういらない。こんなものいらない!僕は医師のところへ行き、コンタクトの使用を取り止めることを告げた。医師は、
「もう少し頑張ってみませんか」と残念そうに言うのだが、いったい何が残念なのだ
かわからない。もう彼らを信頼できない以上、ここにいる意味はない。「もう結構で
す。コンタクトは僕の目に合いません」 そう言って僕は病室を後にした。▼優れた医師との出会い
数ヶ月後、「医師がすすめる病院」という本に掲載されている医院に勤務していた
医師が、僕の家の近所に眼科医院を開業していてとても評判が良いというので、行っ
てみることにした。評判の医師はまだ40歳ぐらいの明朗な男性だった。僕が眼精疲労を伝えると、
「それじゃ目薬を出しますので、一週間ほど点眼して様子を見ましょう」と指示を受
けた。せっかく評判の先生なので、試しに「コンタクトを使いたいのですが」と聞い
てみた。医師は僕の目を調べながら「う〜〜ん」と困ったように唸った。「あなたの目は結
膜炎になりやすいタイプなので、コンタクトは勧めたくないですねえ」と渋い顔をし
ている。数ヶ月前の医師とは正反対である。「僕の目に合うコンタクトはないんです
か」と尋ねると、「コンタクトをつけたら、あなたの目の状態が悪くなるのはわかり
きっていますからね。だからお勧めしません。出来ません」「どうしてもダメですか」
「ダメです」医師はそう言って、僕のカルテに「コンタクト ×」と書き込んだ。数ヶ月前に他
の病院でコンタクトを勧められたことを話したら、信じられないというように首を振
り、そして言った。「時々、他の病院に通院していた患者さんが来るんですよ。コンタクトが目に合わ
ないんだけど治療しても直らない、って皆さん言うんです。それで目の検査をします
よね。すると、このままじゃ失明しちゃうよっていうぐらい悪い状態の人がいるんで
す。年をとったら目はどうなっちゃうんだろうって思いますよ。すぐにコンタクトの
使用を中止してもらうんですけどね。そんな人が多くて驚きますよ」そう言って医師は深い溜息を吐いた。なるほど、そうだったのか。世の中には営利
目的で平気でコンタクトを勧める医師が数多く存在しているのだ。そう思うと、コン
タクトレンズを販売しているディスカウントショップに併設されている眼科などは、
コンタクト使用をOKするための存在なのではないかと思ってしまう。しかも、ディ
スカウントショップでコンタクトを購入する人は、眼科医院で購入する人をはるかに
上回っていることだろう。▼コンタクトレンズを御使用の皆様へ
当店のアルバイトや道行くコンタクトを装着している人々が、目の調子が悪くてシ
ョボショボさせている光景をしばしば目にするが、みんな本当に大丈夫なのだろうか。使い捨てレンズの使用期限をオーバーして使用している人や、コンタクトが寿命を
過ぎても使い続けている人、挙げ句の果てにはレンズに傷がついてしまっているのに、
騙し騙し使用している人たちも知っている。それに気付いたときには、目の再検査を
勧めるようにしているのだが、本気で耳を傾けてくれる人は皆無である。みんな年を
とってから後悔するんだろうな、と思ってしまう。僕は優れた医師に出会えたことで、コンタクトが合わないことがわかった。しかし、
未だに営利目的重視の医師の診察を受けている方は、ぜひいくつかの評判の医院で再
検査することをお勧めしたい。しばらく定期検診をサボっている方にもぜひ再検査を
お勧めしたい。今日はこのことが書きたくて、自分のまぬけな体験談を告白させていただいた。体
ばかりを気遣わず、時には目も気遣ってあげましょう。 <END>