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★ 釣り銭2段階返却システム
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 先日、当店の新人アルバイト2名にレジの打ち方を教えた。レジはお客様と接する
最後の大切な場所なので、ド素人の新人には教えられない。だからある程度よいサー
ビスが出来るようになるまでレジは一切打たせないのだが、この2名がやっとホール
の仕事を一通り覚えたので、ようやく教えることになったのだ。当店のレジ担当者の
仕事手順は以下の通りである。


 伝票の品目をレジに打ち込み、合計金額を表示させる

 お客様から代金を受け取り、お釣りを渡す(手渡し)

 お預かりしていた上着を返す(お客様が着やすいように着せる)

 お預かりしていた荷物を返す(お客様が持つ部分を避けて持つ。裏表を間違えず
  に渡す。お客様が手を差し出したら、表部分を必ず外側に向けて渡す)

 傘(があれば)を返す(お客様が取っ手部分を楽に持てるように渡す)

 ありがとうございます、以外に一言二言添える(またお待ちしています、どうぞ
  お気をつけて、おやすみなさい等々)


 この基本的な順番を守ることがいかに大切であるかを2人に説明した。レジ業務の
細かい注意点は多数ある。しかし今日僕が言いたいことは、こんなことではないのだ。

 レジでの支払いの場合、当店では基本的に、釣り銭は釣り銭用のトレーを使わずに
お客様に直接手渡すよう指導している。釣り銭をトレーに置くと、小銭が取りにくく、
お客様はすぐにレジを立ち去れない。上手に手渡せば、お客様はサッとレジを後に出
来るのだ。スマートに支払いを済ませることが出来る。

 最近、釣り銭2段階返却システムを採用している店が多い。「お先に大きい方から、
一千、二千、三千円のお返しです。お後、小さい(細かい)方、650円のお返しで
す」という渡し方をするのだが、これが僕には少々気に入らない。

 この「釣り銭2段階返却システム」は、最初はファミレス、コンビニ、スーパー、
ファストフード店などの店が行っている手法だったはず。これら手軽に利用出来る店
で行われている分には別に気にもならないのだが(少しは気になるが)、最近ではそ
れ以外の店でもどんどん増えつつあり、僕にとって驚異となっている。

 当店の新人には、2段階でお釣りをお返しする方法は、洗練された丁寧なお返しの
方法とはいえない、だから絶対にやってはいけないと教えた。その後、先日までホテ
ルのバーで働いていた新人に、「ホテルでは勿論、そんなやり方はしないでしょ?」
と尋ねたら、「いえ、みんな何も考えずに2回に分けてお返ししてました。」と答え
たのだ。僕はそれを聞いてメチャメチャショックを受けた。アンビリーバボー!

 僕はとても危機感を覚えた。ホテルはお釣りをトレーに載せてお返しするのが当た
り前だと思っていたからだ。そうなのか、今やホテルでも2段階返却する時代になっ
たのか。時代はボーダーレスになってしまった。

 僕が「釣り銭2段階返却システム」のどこがそんなに気に入らないかというと、一
言で言えば「二度手間」な点である。上手に渡せば一度で済むところを、安易に二度
に分けるところが気に入らないのだ。「これは非合理的だ。君、君、一度で上手に手
渡す努力をしたまえ」と、ついおっさん風に言いたくなってしまうが、そんなことは
言えないし、言っても相手は訳がわからないだろう。

 店側が、なぜ釣り銭を2段階に分けて返却するのかを考えてみた。

・お客様が釣り銭を判別しやすい。

・お客様が釣り銭を受け取りやすい。

・お客様が小銭を下に落としてしまうのを防止するため。

 おおっ、なんと素晴らしいメリットの数々ではないか。これでは2度に分けた方が
良いぐらいだ。しかしちょっと待って欲しい。僕がなぜこのシステムを気に入らない
のというと、多くの2段階返却をしている人たちは、「2度に分けた方が、お釣りを
渡すのが楽だから」と、自分の都合を第一に考えているようにしか見えないのだ。だ
から丁寧にお返ししようという気持ちが希薄に映ってしまう。簡単に言うと、店員が
だらしなく見えるのだ。

 お金の受け渡しはとても重要なポイントである。だからこの時に気が抜けていては
いけない。感謝の気持ちを込めて、お客様が受け取りやすい手の位置に1回できちん
と置くことが、僕にとっての正しい方法なのだ。

 一度で正確に釣り銭をお渡しするのは難しい。札の数字部分を均等にずらし、その
上に小銭を載せて、お客様に受け取りやすく差し出すのは簡単なことではない。お客
様は多様な手の出し方をするし、左右どちらの手を差し出すかもわからない。しかし
その手にジャストフィットするように乗せられること、すなわちお客様がこの方法が
一番受け取りやすいと感じていただけることが、僕にとって「洗練されている」とい
うことなのである。

 上手に一度で渡すことが出来なければ、二度に分けた方が良いだろう。しかし誰に
でもたやすく行える二度返却は、少々安っぽく見えてしまう。どちらの方法で行うか
はその店の考え次第だが、僕は一段階返却システム教のコテコテの信者である。

 ここで述べたことは、ほんの些細なことかもしれないが、サービスというものはこ
のような小さなことの積み重ねである。むしろ小さなことを考えなければ良質のサー
ビスは成り立たない。自分の良識に従って様々なことにこだわりを持つことが、良い
サービスを提供していく者にとって大切なことではないかと思っている。 <END>

                            (2000年7月18日)