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★ 赤くなってすいません
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                            (2000年7月18日)

 「赤くなってすいません」と店員に言われたことはおありだろうか。レジスターの
レシートの巻紙が残り少なくなると、もうすぐ紙が無くなる合図としてレシートの端
部分が赤くなるのだが、僕は度々この赤くなったレシートを渡されるときに、店員か
ら「赤くなってすいません」と謝られることがある。

 初めて謝られた時には「ななな何が? どうして謝ってるの?」とびっくりした。
レシートの端っこが赤くなっていて何が悪いの? 変なの、と思った。でも2度3度
と回を重ねる度に、赤くなるのはお前のせいなのかよ〜、とか、ホントに悪いと思っ
て言ってるのかよ〜、と思うようになってきた。

 大体、「赤くなってすいません」と言われたら、こちらは「いいえ」と答える以外
無いのである。「ホントだよ。赤くなりやがって、ふざけんな」とか、「バカヤロー、
管理不行き届きだ。取り替えろ」とか、「もう来ねえぞ」「不買運動を起こしてやる」
「訴えてやる!」などと無茶なことを言う人はいない。店員だってこんなことで怒る
人はいないと確信して言っている。その証拠に、このセリフを口にする人は皆、笑顔
で言うからだ。

 こんなことでいちいち怒ることもないのは重々承知の上だが、とにかく僕は意味の
無いことが嫌いなのだ。挨拶だと思って聞き流せない。社交辞令だと思って聞き流せ
ない。なぜなら僕は「赤くなってすいません」を聞いて、とても心が落ち着かなくな
ってしまった、いわば店員によって不安にさせられた被害者なのである。あまり僕の
言うことを真に受けてもらっては困るが、しかし大筋ではそういうことなのである。

 レシートが赤くなってホントに悪いと思っているのなら、もし僕が「いや、許さな
い」とか「どうしてくれんだよ」と言った時には許しを請うはずである。「心を入れ
替えて仕事をします」「どうかお許しを」「神のご加護を」と言って、ブルブル震え
るか、場合によっては号泣するはずである。でもそれはあり得ない。なぜなら店員は、
ちっとも悪いとは思っていないからである。いや、断定してはいけない。実際に試し
ていないからな。でもきっと泣き出したりはしないはずだ(泣き上戸以外は)。

 今度「赤くなってすいません」と店員に言われたら、一度「ホントだよ。赤くなり
やがって」とレシートに向かって言ってみたい。そして店員の反応を見てみたい。き
っとみんな顔が曇るはずである。「なにマジに言い返してんのよ〜、むかつく〜、た
かがこんなことで〜、バカじゃん?」の中のどれかを思うはずだ。もしくは意外な返
事にポカンと「すいません」と放心してしまうかもしれない。

 このように僕は、ほんの些細なことをあれこれと膨らませて考えるのが大好きだ。
っていうか勝手に頭の中で膨張してしまう。妄想癖があるのかもしれない。でもこの
話の場合、ただの意味のない妄想ではないと思っている。なぜ店員は赤くなってすみ
ませんと言ったのか、赤くなったレシートを渡すのは失礼なことなのか、本当に悪い
と思って言ってるのか、悪いと思っていないなら何を思いながら言っているのか、な
どを考えながら相手の心理を探っている。

 サービス業という仕事は、相手の方がいま何を望んでいらっしゃるのか、自分がど
うしたら相手は喜んで下さるのか、ということを考え、相手の気持ちを読まなければ
ならない部分を大いに持っているのである。それが出来なければ、相手の方に喜んで
いただけている、という満足感は自己満足でしかないかもしれないのだ。

 満足感をただの自己満足で終わらせないためには、常日頃から「相手がいま何を考
えているか」を察知する感性を磨いておかなければならない。相手の心の動きをいつ
も考えることによって、精度を高めていかなければならない。これが僕の考え方であ
る。

 ちなみに当店では、レシートが赤くなってもお客様に謝るように指導はしていない
し、赤いレシートをお渡ししてもクレームが来たことは一度もない。 <END>

注)「すみません」が転じて「すいません」と口語体で使用する人は多いが、サービ
ス業に従事する人は普段から「すみません」を使えた方が、正しい言葉遣いを御存知
の方に効果が大きいことを記しておきたい。