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★ 頑固オヤジのいる店 
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                            (2000年4月21日)

 数年前にテレビで「頑固オヤジの店」という番組が放送された。この番組は、文字
通り頑固オヤジが経営している店を数軒レポートするという内容なのだが、あまりの
インパクトの強さに未だに頭にこびりついて離れない。本日は番組で紹介された愛す
べき頑固オヤジたちについて書いてみたい。

▼頑固なトンカツ屋

 ある海沿いの道路に面した一画にあるトンカツ屋。ランチタイムになると狭い店内
は若者で賑わいを見せる。このトンカツ屋の売りは、何といってもそのボリュームに
ある。

 運ばれてきたトンカツ定食は、一見何の変哲もない普通の定食である。しかし、盆
に乗っているトンカツ、ライス、キャベツのいずれかが皿の上から消えそうになると、
突如頑固オヤジが現れて「はいよ」と言って、おかずを無造作に皿に補充して戻って
いく。

 最初は嬉しそうに「ありがと〜」と笑顔で礼を言っていた若者たちだが、何度も何
度もオヤジにおかずを補充されて、次第に苦痛の表情を浮かべはじめた。「もう足さ
なくていいです〜」と断って皿を手で覆っても、頑固オヤジは容赦しない。「まだま
だいけるだろ」「もうちょい食べれるな」「もう少しいってみよ〜」などと言って、
おかずを補充するのだ。これでは椀子そばならぬ椀子トンカツである。

 「もう駄目〜〜」という客の声がギブアップの合図となり、頑固オヤジは補充を断
念する。「お腹いっぱいになったか。また来いよ。腹いっぱい食わせてやっからな」
と笑顔で客を送り出すと、店の外には今までトンカツを食べていた客が皆、歩けずに
へたり込んでいた。しゃがみ込んでいる客、ぶっ倒れている客など様々で、誰1人と
してこの店から立ち去ることが出来ない。皆、極度の食べ過ぎで思考回路が著しく低
下している。「苦しい〜〜」と言いながら、うんうん唸っていた。

 レポーターが頑固オヤジに「なぜこんなにサービスするんですか」と尋ねると、頑
固オヤジは「みんなに幸せな気分になってもらいたいからね。前は今よりももっとた
くさん食べさせてたんだけど、食べ終わった後で吐いちゃった人がいてさ、最近はこ
れでもちょっと控えてるんだ」と屈託のない笑顔で答えた。

 この頑固オヤジは冷夏でキャベツの値段が高騰した時も、採算を度外視してこのサー
ビスを頑として続けたそうだ。やっていることは良いのか悪いのかよくわからないが、
とりあえず客の幸せを願って行っていることなので、良い頑固オヤジということにし
ておきたい。

▼頑固な居酒屋

 この居酒屋はどのフードもボリューム満点なのだが、特にすごいのがスペシャルサ
ラダである。直径約20センチの皿に、高さ40センチほどに野菜が縦長に盛ってあ
る。頑固オヤジはサラダが倒れないように、サラダのてっぺんを素手で押さえながら
客席まで運ぶ。そして「はいお待ち〜」と言ってテーブルに置いて手を離した途端、
案の定サラダは倒れて、テーブル一面に散らばった。そのサラダをお客はテーブルに
触れていない部分を箸でつまんで食べていた。

 このサラダを食べてみたいとは思わないが、客に与えるインパクトは確かにすごい。
このサラダを考え出した頑固オヤジもトンカツ屋のオヤジと同様に、採算を考えずに
客の満足度を高めているのだ。

▼頑固なお好み焼き屋

 このお好み焼き屋はとても美味しいらしい。店は満席状態でとても賑わっている。
この店の主である頑固オヤジは、忙しそうに働きながらも客の食べ方をチェックして
いる。喋るのに夢中で箸が止まっている客がいると、「おい、喋ってばっかりいない
で食べてくれよ」とげきを飛ばす。叱られた客は「あ、ああ」と言って、慌てて食べ
始めた。

 30代のカップルがテーブルで支払いを済ませて席を立った。カップルの男が「領
収書ください」と言った途端、頑固オヤジが切れた。「お好み焼きは自分の金で食う
もんだ!領収書なんかおいてねえよ!」と叫びだした。客は困惑しながらも「領収書
ちょうだいよ」と、態度を弱めない。

 頑固オヤジはブチ切れて、メモ用紙に金額を書き殴り、それをグシャッと握り潰し
て客に投げつけた。「ほら!、領収書だ、持ってけ! その代わりもう2度と来るな!
ばかやろ〜!」とわめき散らした。カップルは当然不服そうだったが、頑固オヤジと
の関わりを避けて、すごすごと店を出ていった。

 全くすごいオヤジである。あまりに型破りな頑固オヤジのこの態度に、僕は驚きの
あまりゲラゲラ笑い転げてしまった。この頑固オヤジは、商売人がしてはならない
「切れる なじる 投げる」を一瞬のうちに立て続けにやってしまったのだ。

 僕にはこの頑固オヤジの気持ちがよくわかる。きっと、一生懸命心を込めて作った
お好み焼きなのだから、ベストの状態のうちに素早く食べて欲しいのだ。それに、客
のポケットマネーで食べてもらうために手ごろな値段に設定しているのだから、自分
の金で食べて欲しい、という感情がそのままストレートに現れて、上記のような騒動
を引き起こしたのだと思う。

 この頑固オヤジのアクションは短絡的すぎて、なぜ怒っているのか客にはわかりに
くい。しかし、オヤジは客を怒鳴り飛ばしながら、客が本来持つべきマナーを教えて
いるのだ。この世知辛い世の中に、他人にマナーを教えてくれる人は少ない。その意
味でも、誰彼かまわず怒ってくれるこのオヤジは、きっととても貴重な頑固オヤジな
のだ。
 
▼頑固な中華料理屋

 この店は町の商店街の中にある。一見何の変哲も無い、普通のラーメン屋に近い料
理店である。メニューもラーメンを中心に、どこでも食べられそうな中華料理が載っ

いる。

 2人の男子大学生風の客がやって来て、「すいません。ラーメンと餃子を2つずつ
下さい」と注文した。すると頑固オヤジがカウンター内のキッチンから顔を出して、
「あのさ、ラーメンなんか食べないでさ、おれに任せろよ。うまいもん作ってやっか
らよ。なっ?」と言った。2人は顔を見合わせ、本当はラーメンが食べたいんだけど
と困ったような表情を浮かべ、しかし「はあ、じゃ、それでお願いします」と承諾し
た。

 頑固オヤジは「よしっ」と俄然やる気を出して調理に取り掛かった。この時にどん
な料理を作ったかはっきりとは覚えていないが、確か伊勢エビとアワビを使ったと記
憶している。頑固オヤジはラーメンを食べに来た2人に、なんと高級中華料理を作り
始めたのだ。おまけに前菜から順に供されるフルコースディナーである。

 頑固オヤジは料理を出す度に「どうだ、うまいか」と聞く。学生は「はい、美味し
いです」と答え、「そうかそうか」とオヤジは満足げに次の料理に取り掛かる。

 とうとう2人の学生の前にはボリュームたっぷりの5種類ほどの本格中華料理が供
された。会計は、「う〜ん、ひとり2500円でいいよ」というオヤジのドンブリ勘
定的な一言によって決められた。

 これだけの料理をひとり2500円で食べられたのは、それらを食べるつもりで来
たのなら嬉しかっただろう。しかし、ラーメンと餃子を食べに来た2人にとってはど
うだったのだろう。ラーメン+餃子=1000円だとすると、この日の会計は予算の
2.5倍の金額である。貧乏学生だったら、次の1食を抜いたかもしれない。

 この頑固オヤジはかつて某一流中華料理店で働いていたそうだが、父親が経営する
この食堂の後を継がなくてはならなくなり、渋々帰って来たのだと言う。現在の店の
メニューは先代の頃と同じものを使用しているのだが、この頑固オヤジは父親の後を
継ぐのに先だって、大きな決断をした。それは、「メニューに載っている料理は作ら
ない」ということだったのだ。現にここ数年間、メニューの料理は一度も作っていな
いとのことだった。
 
 このオヤジはきっと、手ごろな価格で本格中華を供したい、こんな商店街の中で客
がビックリするような美味い料理を食べてもらいたい、という旺盛なサービス精神か
ら、このような変わった手法を編み出したに違いない。この営業形態が果たして的を
得ているかどうかはわからないが、オヤジのファンも多いはずである。

 「なんでメニューに書いてあるのに出来ねえんだよ!」と切れる客も多いだろうが、
それに屈することなく、信念を貫き通して欲しい。こんな個性溢れる店は、絶対に潰
れないでほしいと願ってしまうのだ。
 
▼頑固なフランス料理屋

 この店だけは名前と場所を覚えている。東武伊勢崎線の五反野駅(東京都足立区)
にある「五十嵐」という店である。なぜこの店だけ覚えているのかというと、この店
の頑固オヤジの兄は業界でも名高いフレンチのシェフで、青山のアンフォールを経て、
現在、銀座でマノワール・ダスティンというレストランを経営している。僕は兄のア
ンフォール時代にこの店に頻繁に通っていたのだ。

 五十嵐シェフの弟さんが料理人だというのは知っていて、一度行ってみたいと思っ
ていたのだが、まさか彼が頑固オヤジだったとは、この番組を見るまで知らなかった。

 五十嵐弟の店はカウンターのみのフレンチレストランで、なんと彼1人で切り盛り
していた。フランス料理は手間がかかるし調理中は手を離せない。ではどのようにサー
ビスをしているのかというと、驚く無かれ、客にやらせるのであった。

 どういうことかというと、料理を作る以外のことは全て客が行う。客がワインリス
トからワインをセレクトしたら、そのワインを自分で取りに行き、自分で開けて、自
分でサーブするのである。

 電話が鳴れば、シェフに「はい、電話に出て!」と命令される。その番組ではCX
の露木アナと女子アナがレポーターとして来ていたのだが、露木さんが電話を受けた。

 ?お待たせいたしました。レストラン五十嵐でございます。はい、御予約でござい
ますか、お日にちは、はい、月曜日の、はい、夜、お二人様ですか、はい、少々お待
ち下さい。あの〜シェフ、席の御予約のお電話なんですが、いかがいたしましょう」

 「壁に黒板が掛かってるだろ。それ見て空いてたら受けて」

 「あっ、はい。お待たせいたしました。月曜日の夜はお受けできます。はい、お待
ちしております。失礼いたします。シェフ、月曜に予約が入りました」

 「あっそう、じゃ、黒板に書いといて」、という具合である。

 メニューのオーダーも壁に掛かった黒板を見て、自分で組み合わせなければならな
い。露木さんが注文した前菜2種は、「それじゃ、暖かい料理の後に冷たいのが出ちゃ
うよ」と怒られていた。

 このオヤジはきっと、客に安くて美味しい料理を気軽に食べてもらうために、従業
員を雇わずに1人で店を切り盛りしているのだと僕は思った。その分、コストを下げ、
値段を安くして、極上の料理を客に供し続けているのだろう。オヤジの少々つっけん
どんな人柄も、その料理を口にした瞬間にすぐさま払拭されてしまうのではないだろ
うか。

 この頑固オヤジは、決してフランス料理に適しているとはいえない場所で、しかも
一見、まか不思議ともいえるやり方でレストランを営んでいる。これはある意味、既
存のフランス料理のスタイルに抵抗し、業界に一石を投じるつもりで行ったのかもし
れない。兄が青山から銀座に進出して王道を歩むなら、オレは五反野に客の足を運ば
せてみせる、と気迫迫るものを感じるのだ。
 

 この番組では他に、ラーメンのスープを全部飲み干さないと水を飲ませないラーメ
ン屋や、客が日本酒とおつまみの選択のバランスが悪いと、怒り出す居酒屋などを放
送していた。

 ここに御紹介した頑固オヤジたちは一見変人に見えてしまうのだが、それは別の角
度から考えれば、彼らは不器用だがとても実直なのである。彼らはきっと思考の大半
が、客に美味いものを供したいという考えで占められているのだろう。料理に打ち込
むあまり、その強烈な思い入れが個性的な店作りにも反映されているのだ。

 日々、常識的で正しいサービスを行いたいと考えながら仕事をしている僕にとって、
頑固オヤジの店はとても刺激的だった。こんなふうに頑固に信念を貫き通して、しか
も経営が成り立っているのは、とても凄いことである。僕も良いサービスを行うとい
うことに対して、時にはもっと頑固になることが必要なのではないかと思ってしまっ
た。

 頑固オヤジの店との出会い。それは忘れかけていた心を思い出させてくれる場所な
のかもしれない。 <END>


◆ 読者の方々の「頑固オヤジのいる店」
                           
(2000年5月1日)

 前回のメールマガジンvol.16(上記)で「頑固オヤジのいる店」を御紹介させてい
ただきました。当初は頑固オヤジを褒め殺すつもりで書いていたのですが、感情移入
し過ぎて途中から本気で褒めてしまいました。少し後悔していています。これはもし
かしたら、頑固オヤジの霊が僕に憑依して、霊の力で書かされてしまったのかもしれ
ません。(なわけないか)

 本日は、上記のメルマガをお読みになった読者の方々から送られてきたエピソード
(掲載許可をいただいた方のみ)を御紹介いたします。

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▼ A.Iさんよりいただきました。

私がまだ高校生だった頃、友達とおいしくて有名なラーメン屋に行きました。
店に着いてみると、行列が店の外にまであふれ出ていました。
順番を待って、やっとラーメンにありつきました。
友達と、「すごい色だね、でもおいしいね。」などと話していると、
店のおやじの一括が飛んできました。
「黙って食え!!」
この一言で、私は食欲が萎えてしまいましたが、
早く出たくて必死に食べたことを覚えています。
確かに、たくさんのお客さんが待ってるのに話をしていた私たちに
親父さんは「むかッ」ときたのかもしれないけど、
私はその日一日ものすごく不愉快でした。
「もう2度と行くもんか!」と心に固く誓ったのです。

食事を楽しむ要素は3つあると思います。
まずそのおいしさ。次に料理にあった店の雰囲気。そして、店員の態度。
どれがかけても楽しくないと思います。
何も、「お客様は神様だ」を言いたいんじゃありません。
客のモラルと言いますが、店員にも最低のモラルがあるんじゃないでしょうか。

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▼ S.Iさんよりいただきました。

五反野の「食酒・五十嵐」は6,7年前のdanchuuで
取り上げられていました。
それを読む限り、五十嵐シェフが「頑固オヤジ」であることは
知る由もありませんでした。
その頃勤めていた職場に五反野の近くに住んでいる
学生アルバイトの女の子が叔父さんが五十嵐シェフのお店に
連れていってくれると喜びいさんで帰っていったのを
今でも覚えています。
翌日彼女は「予約しないとだめらしいんです。」としょんぼりと
私に言いました。しょんぼりしていたのはお店で食事をすることが
できなかった事より「予約していない〜!!」と怒鳴られたことに
ショックを受けた為の様子でした。
確かに電話で確認をすればよかったのでしょうが、記事を
読む限りでは近所のスナックのママさんやパチプロと思しき
常連客が、行き付けの居酒屋や焼き鳥屋にでもいるかのような
雰囲気ですばらしいフランス料理を堪能しているように思えました。

テレビで放送された五十嵐シェフの「頑固オヤジ」さを私も見て
驚きました。アルバイトの彼女は決して大袈裟に言ったのでは
なかったのだとようやくわかったのです。

誰が悪いかと言うつもりはありません。
おいしいものを食べる事と、おいしく頂く事は別であり
本人が納得すれば何も問題はないと思います。
TVで放送されているので心構えを決めて臨むお客さんが
ほとんどだと思いますので彼女のような思いをする人も
いないのではないかとも思います。

でもふらりと入ったお店がおいしく頂けることであるよう
私は望みます。
言葉ひとつでも。

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▼M.Eさんよりいただきました。

私も頑固おやじのいる焼鳥屋を知ってます。
私の勤めていた会社の近所にあって、
我々常連客でも親父に気を使いながら飲み食いしなければいけない店でした。

店に入って、いきなり「焼き鳥ちょうだい」なんていうと
親父は必ず「うちは煮込で勝負してるんだ、煮込を食え!」と
半ば強引に煮込みを食わせるのです。
我々常連は、煮込の次は、山かけとか親父好みの注文の順序を知っているので
トラブルは少ないのですが、一見の客はすっかり親父のペースにはめられ
食べたいものは一切注文できずに欲求不満の状態で帰路に付くといった有様です。

ある日、見知らぬ客が入ってきたら、
親父は「今日はもうおしまいだよ。ほーらみーんな売り切れちゃったよ。」と
カウンターのガラスケースを指さしながらいってたのです。
その時我々の仲間が座敷から「親父さーん、ネギ間と砂肝ちょーだい!」といったら
「あいよっ!」とカウンター下の冷蔵庫からステンレスのトレーに山盛りの
焼き鳥を出したのです。

さっきの客はそれを見て、「なんだ、まだあるんじゃない。」というと
親父は「おめーに食わせる焼き鳥はねー!」と怒鳴り散らしたのです。
たぶんその客は以前親父の気分を害する行為をしたのでしょう。
親父は「けーれ、けーれ」といって客を追い返してしまったのです。

またその店は、定休日は決まっておらず、親父の気分で休んでしまうのです。
リクルート事件があったときなど店先に「リクルート事件発覚につき休業」
という張り紙を出し、2週間ほど店を開けなかったりするのです。
とにかく変わった親父でしたが、今もやっているのかはわかりません。