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  お客様に映る自分の姿を意識できない店員たち
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▼あるホテル・レストランのギャルソン

 昨年暮れに、大切な知人と副都心にあるホテルにランチを食べに行った。そのレス
トランは高層ビルの最上階にあり、眺めが抜群に良く、コストパフォーマンスに優れ
ている。今までにも何度か利用したことがあるのだが、いつもギャルソン(給仕)の
対応がスマートでそつがなく、快適に過ごすことが出来たため、今回もこの店に決め
たのだ。

 この店は、以前は席予約の電話の時点から非常に応対が良く、素晴らしい!ととて
も感心したのだが、今回は何だかちょっと精彩を欠いていた。セリフはいつも通りだ
が、やや覇気が無いし、言い回しがイマイチ洗練されていない。その少々プロらしか
らぬ応対(やや高級ホテルのくせに)を気にしつつ、しかし席を予約してしまったの
が運の尽きだった。「電話の応対が悪い店は店内でのサービスも良くない」ことを重々
承知していたのに・・・。

 当日、迷路のようになっているホテル内をエレベーターを乗り継いで、レストラン
に到着した。女性スタッフに迎えられ、僕は「12時に席をお願いしていた鳴海です」
と伝えた。本来ならすぐに「鳴海様、お待ちしておりました。お席に御案内致します」
と言うはずなのだが、その女性は「少々お待ち下さいませ」と言って、それから予約
ノートを見始めた。1分たち、2分たち、3分が過ぎても女性は僕の名前を見つけら
れない。そのうちスタッフ数人でごにょごにょ話し出し、5分を過ぎた頃、何事もな
かったように「御案内致します」と僕たちの前を歩き始めた。

 僕はもうこの時点で心中穏やかではいられなかった。大切な知人を入り口で棒立ち
にさせられたことで、恥をかかされた気分だった。予約ノートに僕の名前が載ってい
たのかどうかも定かではないし、「予約してないのに、予約したフリして来たんじゃ
ないの?」とスタッフがごにょごにょ噂していたような気になった(被害妄想であっ
てほしい)。

 店内に案内され、席に向かって歩いていると、先頭の案内係の歩く速度が急に遅く
なった。どうもどのテーブルに案内しようか決めかねているようだ。迷いがこちらに
も伝わって来る。いやはや案内係に不安な気持ちにさせられるのは珍しい。

 テーブルに着き、程なくしてギャルソンからメニューを手渡され、料理内容の説明
を受けた。その20代のギャルソンは、ニコリともせずにぶっきらぼうな口調で、こ
ちらを一切向かずに左右をキョロキョロとよそ見しながら料理の説明をした。その言
い方は毎日何十回も同じ説明をすることに飽き飽きしている、といった感じだった。
よそ見も他のテーブルをチェックしているのではなく、単なるよそ見だった(断言)。

 その後も、ワインを注ぎに来る者、パンを運んで来る者、料理を運んで来る者、と
入れ替わり立ち替わりやって来たが、皆一様に無愛想で心ここにあらずといった生気
の無さで、僕の精気は彼らに吸い取られていった。唯一の救いは、水を注ぎに来たギャ
ルソン(下っ端風)だけが笑顔だったことだ。こんなことはサービスマンとして極め
て普通なのだが、この時ばかりは彼が天使に見えた。

 食事が済み、知人と談笑していると、また別のギャルソンがやって来た。「もしよ
ろしければデザートとお茶は、御気分を変えてあちらに御用意している別のテーブル
席でいかがでしょうか」と言う。これはサービスのように聞こえるが、要はこれから
来るかもしれない他の食事客のために、このテーブルを空けておきたいのだと悟った。
僕はあまり移動したくなかったのだが、返事を躊躇している間にギャルソンは僕のワ
イングラスをすでに手に持っている。
 
 「あっ、まだ飲むから」「グラスはあちらの席にお持ちします」 なんだと、まだ
移動するかどうか返事をしてないだろーが。僕はギャルソンの自己都合を優先する態
度にカチンときたが、別の席で気分を変えるのもいいだろうと思い直し、席を移動す
ることにした。

 案内されたのは、夜になると高いチャージを取る大人気バーコーナーの一席だった。
そこのギャルソンもダイニングと同じく非常に無愛想で、慌ただしく各テーブルに水
を注いで廻っている。彼らは皆、自分たちに注目する客などいないと高を括っている
ように見える。そのホテルマンとは思えない人相(表情)の悪い給仕たちを視野に入
れつつ、僕はデザートを食べた。

 会計場ではレジ係の女性が椅子に座ったままで、しかも横向きで顔だけをこちらに
向けて「ありがとうございます。◯◯◯円でございます」とにこやかに言う。僕はそ
の会計場の構造にとても違和感を覚えた。なぜ座ったままなのだろう、なぜ横向きな
のだろう、客に失礼じゃないのか、一段下がった場所だからいいと思ってるのか、ま
るでタバコ屋かパチンコ屋の両替所みたいだ、なんか納得いかないぞと、あれこれ考
えながら支払いを済ませた。

 結局、この店の料理はまあまあだったが、従業員の質は以前に比べて著しく低下し
ていた。これではもう行く気がしない。ちなみにこの店で支払った食事代金は2人分
で1万6千円也。この代金に、待たせ代、仏頂面代、不手際代もサービス料(10%)
に含まれているかと思うと、割高感が跳ね上がる。

 このレストランのスタッフは、食事代金とサービスレベルのギャップについて、考
えたり悩んだりすることはないのだろうか。ああサービス精神の欠如しているサービ
スマンって、実に悲しい。

▼あるホテルのフロント係

 以前、某鉄道会社系ホテルに宿泊したときのこと。深夜近くにホテルに到着し、チ
ェックインの手続をするためにフロントへ行った。僕の前には三人の客が並んでおり、
フロント係(男)は1人でバタバタと忙しそうに働いていた。

 そこへ東南アジア系の女性がやってきて、フロント係に「スイマセン」と日本語で
呼びかけた。男は女性に一瞥を投げ、そして嫌そうに顔を歪めて女性を無視した。そ
の後、女性は何度も声をかけたのだが、男はもう二度と女性を見ようとはしなかった。
客の呼びかけを無視するホテルマンを目の当たりにして、僕は心底驚いた。

 このフロント係はチェックイン客への応対も非常にぞんざいだった。その態度はま
るで「こんな手薄な時間帯にチェックインしやがって」と自分の対応能力の無さを客
のせいにし、憎悪の念を抱きながら働いているようだった。

 こんなヤツが働いているホテルに泊まりたくない、と思ったが、今から他を探すの
も面倒だったので、我慢して泊まってしまった。しかし時間が経ってもこの忌まわし
いフロント係のことが頭から離れない。翌朝、僕はこの男のことを意見書に記し、支
配人宛に投函した。

 数日後、1通の封書が僕の元に届いた。差出人は例のフロント係からだった。

「自分の仕事ぶりがお客様に常に見られているという自覚に欠けていました。今まで、
自分のフロントでの仕事ぶりがお客様に多大な影響を及ぼしているとは考えてもみま
せんでした。これからは常に気を配ってお客様の目を意識し、細やかな気配りの出来
るサービスマンを目指します」

 ホントにそう思ってるのか? それが手紙を読んだ率直な感想だった。現場で働く
前にこの程度の教育は受けているだろうに、今さら何を言ってるんだろう。それくら
い自覚しとけボケー。

 ともかくこの手紙に書いてあることが、フロント係の上司と支配人に向けた単なる
反省文でないことを願う。それでもお客に映る自分の姿を意識することの重要性を少
しは認識できたわけだから、今後、多少は気をつけるようになるかもしれない(人間
の本質はそうそう変わるものではないが・・・)。と僕はどこまでも疑ぐり深いので
あった。

 このホテルは数ある系列ホテルの中で、「連れ込みホテル」「不倫ホテル」と呼ば
れていると、同ホテル関係者から聞いたことがある。新入社員が研修後、このホテル
に配属が決まった瞬間、がっくりと落ち込み、やる気を無くす人がいるらしい。上述
のフロント係もこれと同様、投げやりな気持ちで働いていたのかもしれない。いや、
その程度のサービス力だからこそ、このホテルに配属されたのかもしれないが。

▼お客様に映る姿を意識しない店員

 このように、ある程度の教育を受けていても、本人の自覚の無さ、考え足りなさに
よって、サービスは著しく劣化する。ホテルマンでもそうなのだから、巷の店員の中
にこれと同じような人がひしめいていても、別に不思議ではない。

 僕が見る限りでは、お客様に映る自分の姿をきちんと意識し、失礼が無いようにと
懸命に働いている人は少ない。多くの人は“素”またはそれに近い状態で、薄れた緊
張感の中、惰性(慣れ)で働いているように見える。そしてその仕事ぶりからは、お
客様に対する感謝の気持ちはほとんど感じられない。まるでベルトコンベアーで運ば
れてきた“物”を、流れ作業でただ捌いているかのようだ。

 こういう人たちは、自分の仕事ぶりなどお客様は見ていない、気にしていないなど
と高を括って気を抜いているのだろうが、それはとんでもないことだ。お客様はいつ
でもどこでも店員の仕事ぶりをじっくり観察しているのだ。

 お客様は、この店はいったいどんな店なのか、品揃えはどうか、味(品質)はどう
か、店員の態度はどうか等、おくびにも出さずにチェックし、御自身にとって相応し
い店か、満足できる店か、再び利用したい店かどうかを判断する。店員に対しては、
とても感じがいい、まあまあ、並、しょうがないなあ、なにこいつ、なめんなよ、ア
ホか、どついたろか、死ね、ぶっ殺す”の10段階で評価している(はずだ)。

 お客様は“とても感じのいい店員”には、にっこり微笑み「ありがとう」と言って
くれるが、“並店員”には愛想笑いを浮かべ、“なにこいつ店員”以下には無表情で
素っ気なくなり、“どついたろか店員”以下に至っては、怒りで顔が強ばってしまう。

 お客様に冷たい態度を取られた店員は、「何だよ、愛想ねーなー」とブー垂れて終
わりである。まさか自分が怒らせたとは夢にも思っていない。そして平然と流れ作業
を繰り返す。

 彼らは日頃、友人知人や仕事仲間からどう思われているかは気にするくせに、肝心
のサービスの出来不出来や評価に関しては、すこぶる疎い。なぜなら“自分はちゃん
と仕事をしている”と信じ込んでいるからだ。サービスに関して、人は自分の行いに
自信を持ち、自分の振る舞いに疑問を持たなくなった途端、そこで成長が止まってし
まうのだが、彼らはそんなことを知る由もない。

▼サービスマンの心得

 我々サービスマンの仕事とは、お客様に自分の店を気に入っていただき、他店より
も満足感を味わってもらうことである。そのために、せっかく来店して下さったお客
様に絶対に失礼の無いようにと襟を正し、常にきびきびと、明るく元気にはきはきと
懸命に働くことが必要なのである。そしてお客様に喜んでいただいた度合いが、店員
のその店における“存在価値の大きさ”だといえるだろう。

サービスには、それを行う人の人柄がはっきりと現れる。「サービス=その人自身」
だといっても過言ではない。サービスによってお客様に伝わる、店員のやる気なさ、
だらしなさ、不明瞭さ、独りよがり、なげやり、いい加減、大雑把、陰険などの情報
は、実はその店員の“人格”そのものなのである。

 お客様に伝えなければならないのは、感謝の気持ち、敬う気持ち、明朗快活さ、慎
ましさ、細やかさなど限られている。その他の私的な個人情報をお客様に垂れ流すの
は厳禁である。

 個人主義という名の自分勝手で自己中心的な人々が増殖している現代において、こ
の先お客様に映る自分の姿を意識し、良質のサービスを提供する店員は、果たして増
えてゆくのだろうか。もしこの世が、お客様を幸せな気分にするサービスマンで溢れ
たら、どんなに素敵なことだろう。  <END>
                             (2002年2月13日)