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★ 私たちは何を飲んでいるのか(1)ビール・発泡酒編
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▼国内大手メーカーのビールについて雑誌・週刊金曜日に「貧困なる精神・日本のビールを論ずる」という対談が載って
いた。とても辛口な内容だが興味深い話だったので、抜粋して御紹介してみたい。【ビールのベストセラーはアサヒの「スーパードライ」とキリンの「ラガー」だが、
これは日本でもっともまずいビールだ。飲んだら吐いちゃいそうなぐらいまずいのに
なぜ売れるのか。スターチその他の混ぜものだらけだし。それは安いこともあるし、味がないということもある。特徴がないので飲みやすい。
ビールが飲めなかったのにスーパードライが出て、飲めるようになったという人もい
る。しかしあれが本当にうまいんだったら、日本のビールは外国でもうんと賞賛され
て世界を席巻するだろうと思うのだけどそんなことは全く無い。ということは、あん
なものをベストセラーにする日本人はビールに関して味バカなんじゃないかと言いた
くなる。バドワイザーは日本のキリンやアサヒに近いくらいまずい。これはこの百数十年の
間にどんどん麦芽やホップの分量を削っていって、そのたびに売り上げが上がってき
た。それとよく似た現象が日本でも起こっているんじゃないか。(地ビールがうまいという話の流れから)奈良には倭王というブランドのヤマトブ
ルワリーがある。ここの地ビール部門を任されている栗本さんは、もともとビールが
嫌いだった。アメリカに視察に行った際、アメリカの地ビールを飲んでみたら「これ
は飲める」という感じになった。もともと、ビールはまずいしアルコールにも弱いし、
自分は酒は嫌いなんだ、下戸なんだと思い込んでいたところが、アメリカの地ビール
に出会ってから好きになって目覚めてしまった。ヤマトブルワリーは地ビール業を発足させるために、サントリーから技術指導を受
けた。後に、倭王の社長が自分の造ったビールをサントリーの技術者に飲ませたら、
技術者たちは「これはいける」とか「及第点だ」と、いろいろ評価してくれた。「それでは今度は、とっておきのスペシャルビールがあります」と、倭王の社長が
サントリーの技術者に飲ませると、「これはいけないね」とか「これはまずいよ、ど
このビールだ」と言うので社長が答えた。「実はこれはサントリーのモルツです」】(週刊金曜日2000年8月4日号「貧困なる精神・日本のビールを論ずる」より。
対談:千頭正和氏、本多勝一氏)
非常に辛辣な内容だが、対談のお二人は「ドイツビール友の会」に所属しているの
で、本格ビールを相当飲み慣れているのだろう。お二人とも日本の大手メーカービー
ルに対して、かなり怒っているようだ。憤りがひしひしと伝わってきた。サントリーモルツは、キリンラガーやスーパードライなどの副材料入りビールと違っ
て、麦芽(モルト)とホップ(植物:苦みと香りづけ)のみを使用したいわゆる伝統
的製法のビールである。日本ではエビスビールと同様、「少し贅沢なビール」として
販売されているのだが、この対談を鵜呑みにすれば、サントリーの技術者たちは、モ
ルツをおいしいビールだとは思っていないようだ。ということは、副材料を使用して
いる大半の日本のビールに対する評価は、更に低いのだろう。僕は対談に登場したヤマトブルワリーの栗本さんと同じく、以前はビールに対して
ほとんど感心が無かった。日本の大手メーカービールのどれを飲んでも特においしい
とは感じず、僕はビールがあまり好きじゃないんだ、と思っていた。だから喉が乾い
たときに潤す清涼飲料のように飲む以外は、積極的に飲みたいとは思わなかったし、
世界のビールを飲んでみようとも考えなかった。国産ビールによって、ビールとは
“そんなもの”だと思ってしまっていた。ある時、ドイツビールを飲む機会に恵まれ、そこで僕の考えは一変した。一口飲ん
で「これはおいしい!それにちゃんと味もある!」と驚いた。初めて麦芽とホップの
味わいをしっかりと舌に感じることが出来たのだ。ドイツには「ビール純粋令」という法律があり、「ビールは大麦、水、ホップおよ
び酵母だけを使って醸造すること」と定められている。ドイツは16世紀から現在ま
で、ビールの味わいを頑なに守り続けている。僕はビールに目覚めた。もっとおいしいビールを味わいたい、本当のビールの味を
知りたいと思うようになり、主にビール純粋令に則って副材料を使用していない各国
のビールを飲み始めた。様々なビールを飲んでみると、そのほとんどに深い味わい(アロマ、フレーバー)
があることが実感できた。また、入手しやすい日本の地ビールにも、諸外国のビール
と同じようにしっかりと味わいが感じられる製品が存在した。このように各国の味わい深いビールを知ることが出来たおかげで、逆に日本で売れ
ている大手メーカービールにも目を向けるようになった。なぜ大手メーカービールは
味が均一なのか。なぜほとんどのビールに副材料が入っているのか。なぜこれらのビー
ルばかりが売れているのか。様々な疑問が沸き上がり、これらの答えを探すために大
手メーカービールも飲むようになった。日本のビールは、チェコのピルゼンから広まったピルスナー(下面発酵ビール・低
温発酵)を基にしたアメリカの大手メーカービールを手本にしている。そのせいなの
かメーカーによる味の違いが少なく、どれもほとんど味が似ている。日本の大手メーカービールの大半の製品には、麦芽、ホップ以外に副材料として、
米、コーンスターチ(トウモロコシからとったデンプン)が加えられている。ビール
紹介の本には、副材料は「日本の気候や土壌の影響で、主原料の二条大麦に糖分が少
ないため、米やスターチで補っている」そうであり、米は「ビールの風味を向上させ、
日本人の嗜好に合った味になる」らしい。僕には日本のビールが国産大麦だけを使用して造られているとは思えないうえに、
「日本人の嗜好に合った味」がどういう味なのかよくわからない。そこで、副材料を
使用する必然性を知りたくて、ビール関連の書物や大手メーカー4社(キリン、アサ
ヒ、サッポロ、サントリー)のホームページを見たのだが、大麦の産地や副材料に関
する記述は全く見あたらない。HPに掲載されているビール製造過程図にも副材料は
登場しなかった。これは実に不思議である。メーカーは副材料のことは語りたくない
ということなのだろうか。メーカーが副材料について触れたがらないとすれば、その理由の1つは想像がつく。
それはコーンスターチの原料であるトウモロコシが、遺伝子組み換えされたものでは
ないかと以前から問題視されてきたせいだと思う。しかし各社はすでに非遺伝子組み
換えトウモロコシへと移行しつつあり、今年中にはほとんどのメーカーが非遺伝子化
を完了する(予定である)。僕自身は副材料入りのビールより、麦芽・ホップのみを使用したビールの方を断然
おすすめしてしまうのだが、日本の大手メーカービールを真っ向から否定しているわ
けではない。日本のビールはあっさりとした料理(特に和食)に合わせやすいし、ま
た、清涼感に富んでいるので、喉が乾いたときにグイグイ飲めて喉にも楽しい「喉ご
しを楽しむビール」だと思っている。ただ、世界には60種類以上のスタイルのビールがあり、日本のビール(ピルスナー
タイプ)はその中の1種類に過ぎない。酒屋の陳列棚には各国の味わいが溢れている
のに、それをお飲みにならないというのはとても勿体ない。興味のある方は、ぜひ何
本かに1本でも外国産のビールをお試しいただければ、日本のビールとの違いを楽し
んでいただけると思うのだ。場合によっては驚きや発見も共に味わえる。上記の対談で、サントリーの技術者がモルツを「まずい」と言い切った。彼らは世
界中のビールの味を知っている「ビール通」だと思うのだが、そのビール通が自分自
身がおいしいと思っていない製品を「消費者はおいしいと感じるのだから」と提供し
ているのだとしたら、それを飲んでいる私たちはメーカーからまさに「味バカ」扱い
されていることになる。これは由々しき問題だ。僕は仕事柄ということもあるが、これからも世界のビールにどんどんチャレンジし
ていきたい。そして本物のビールの味を舌と脳に叩き込みたいと考えている。本物の
味を知ったらもう“後戻り”は出来ないかもしれないが・・・
▼発泡酒について1987年にアサヒ・スーパードライが発売されて大ヒットし、各社も負けじとド
ライビールで対抗する「ドライビール戦争」が勃発した。それ以来、日本のビールは
ドライ化の一途を辿って来たと思うのだが、ドライ戦争の行き着いた先が現在の発泡
酒ブームではないだろうか。発泡酒は味を限りなくビールに似せた「ビール風味のアルコール飲料」である。し
かし値段はビールよりはるかに安く、100円台前半の価格で売られている。発泡酒が安いのは酒税法によるものである。ビールは水とホップ以外の原材料全体
の66.7%以上(税77.7円/350ml)の麦芽を含んだものをいう。この分
類から外れる発泡酒は3種類に分かれているのだが、大手会社は最も酒税の安い25%
以下(税:36.75円/350ml)の原材料を使用して、発泡酒を製造している。1994年にサントリーが発泡酒「ホップス」を発売し、これが大ヒットしたこと
で95年にサッポロが「ドラフティー」で発泡酒市場に参入した。97年にはオリオ
ン社が「アロマトーン」を発売。この3社が発泡酒シェアを拡大している様を静観し
ていたキリンは最初、「ビールでない発泡酒なんか、出す気は全くない」と豪語して
いたのだが、98年に「麒麟淡麗生<生>」で発泡酒製造に乗り出した。96年にはたった3.8%だったシェアが、2000年9月の調査で25%を越え
た。しかしそれでもなおアサヒだけが「ビールまがいの発泡酒は売らない」と突っ張
り通してきたのだが、とうとう今年2月21日に発泡酒「アサヒ本生」を発売するこ
とになった。「品質に自信がもてる発泡酒が開発できた」そうなのだが、しかし業界
内ではアサヒビールの売れ行き(伸び率)に陰りが見えてきたせいだと囁かれている。それもそのはず、発泡酒の爆発的売れ行きのせいで、酒売り場のビールが圧迫され、
隅に追いやられているどころか、陳列すら危うい状況になっている。昨年暮れに我が
家の近所に超大型スーパーマーケットがオープンしたのだが、その酒売り場にはなん
と国産ビールが1種類も置かれていないのだ。全て発泡酒である。ビールは海外ブラ
ンドの真っ当な製品が置かれているものの、国産ビールは一切省かれてしまった。最
初にその光景を目の当たりにした時、僕は陳列棚の前に立ちつくしてしまった。ビー
ル売り場は今や発泡酒で埋め尽くされている。発泡酒にはビールと違って副材料の制限がない。主原料以外に何を使用してもよい
ことになっており、そのため各メーカーは様々な副材料を使って味をビールに似せる
努力をしている。また、広告の宣伝文句も各社非常に思考を凝らしており、「原料を減らしてすっきり感を増しました」
「麦芽の使用比率が低いのでスッキリとした味わいが持ち味」
「シャープな切れ味・はじけるのどごし・痛快な飲みごたえ」など、爽快感を押し出して消費者にアピールしている。それにしても「原料を減らし
てすっきり」というフレーズは凄い。「10%増量」等の宣伝はよく目にするのだが、
発泡酒は原料を減らしたことが宣伝材料になるのである。この発泡酒の爆発的売れ行きに目を付けた大蔵省が、発泡酒に対して増税を検討し
ていることが、昨年11月に明らかになった。これは現在、350ml缶でビールよ
り約40円安い酒税額をビールと同額に引き上げようとするもので、キリン、サッポ
ロ、サントリーの3社は「消費者利益に反する」と強く反発した。これに対して森総理は、「焼酎は増税したことにより、その存在がきちんと認めら
れ、より多くの人に飲まれるようになった。発泡酒を増税するということは、国が良
い製品だと認めることなのだ」と、相変わらず訳のわからないことを言っていた。発泡酒が売れているのは「値段が安いから」に他ならない。もし増税してビールに
近い値段になったら、売れ行きは激減してしまうだろう。ビールメーカーが焦って増
税に猛反対するのも当たり前である。結局、反対運動が功を奏したのか、この増税案
は来年以降に見送られることになった。僕は発泡酒の人気の秘密を知るために、時々飲むようにしているのだが、各社製品
の風味が国産ビールによく似せてあることに感心してしまう。この味わいと低価格が
ビールファンの心を掴み、今までビールが飲めなかった新規顧客をも開拓した。今や
国産ビールの代替品として、家庭の晩酌の標準的存在になりつつある。今後も発泡酒は売れ続け、シェアを拡大してゆくだろう。多くの消費者が発泡酒に
慣れ親しみ、その存在が当たり前の状況になった後、市場はどのように変化してゆく
のだろうか。ビールファンが更に発泡酒に流れるのか。それとも合成的な味わいに飽
きた発泡酒ファンがビールに移行するのか。はたまた、本格ビールが注目され、静か
なブームを呼ぶのだろうか。いずれにしても、これからも発泡酒から目が離せない。
<END> (2001年1月15日)
◆コラムの訂正
▼訂正1<間違い個所(コラム本文)> 【発泡酒の爆発的売れ行きのせいで、酒売り場の
ビールが圧迫され、隅に追いやられているどころか、陳列すら危うい状況になってい
る。昨年暮れに我が家の近所に超大型スーパーマーケットがオープンしたのだが、そ
の酒売り場にはなんと国産ビールが1種類も置かれていないのだ。全て発泡酒である。
ビールは海外ブランドの真っ当な製品が置かれているものの、国産ビールは一切省か
れてしまった。】これをお読みになった読者の方から「新規酒店は法律によって、ある一定期間をお
かないと国産ビールの販売を許可されない」とご指摘を受け、当店の法律に詳しい常
連様に調べてもらった結果、以下のことがわかりました。【酒税法第10条11号に関する国税庁の酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達】
4 大型店舗酒類小売業免許の需給調整要件
【大型店舗酒類小売業免許は、免許付与後3年間に販売しようとする酒類の範囲が、
清酒(500mlの容器入りのリサイクルの対象となる瓶詰品に限る。)、合成清酒、
しょうちゅう、みりん、果実酒類、ウイスキー類、スピリッツ、リキュール類及び雑
酒並びに輸入酒類である場合には免許を付与する。この場合、消費者の利便に一層資
する観点から、店舗面積が1万m2以上の大型小売店舗については、当該店舗面積が
1万m2当たりにつき1件の免許を付与する。 (注) 大型小売店舗に対して免許付
与後3年間にわたって販売する酒類の範囲を限定するのは、地域中小酒類小売業者の
経営に与える急激な影響を緩和するためである。】何だかわかりにくいですが、これは大型店がオープンしてから3年間は、ここに記
されている酒類以外は取り扱ってはならない、ということが書いてあります。この通
達には日本のビールと日本酒(500mlビン以外)が記されていません。要するに、地域の中小酒類小売業者が取り扱っている売れ筋商品、「日本のビール」
と「日本酒(一升ビン、五合ビン等)」の売り上げを、一定期間守るための通達なの
です。こんな遠回しでなく、「大型店はビールと日本酒の一升ビンを3年間置いては
ならない」と書いてくれた方がわかりやすいのですが、様々な問題が生じることを懸
念して、回りくどく記しているのかもしれません。しかし、現在は発泡酒ブームです。
そのうちこの通達から「雑酒」も消えてしまうのでしょうか。▼訂正2
<間違い個所(コラム本文)> 【日本の大手メーカービールの大半の製品には、麦
芽、ホップ以外に副材料として、米、コーンスターチ(トウモロコシからとったデン
プン)が加えられている。】これも読者の方からご指摘を受けました。ビールのラベルに記されている原材料を
よく見ると、麦芽・ホップ・米・コーン・スターチ、と書かれています。コーンスター
チだと思っていたものは、実はコーン(とうもろこし)とスターチ(でんぷん)でし
た。間の「・」を見逃してしまいました。この場合のスターチは「イモなどのでんぷ
ん」なのだそうです。米(原材料の25%使用)やスターチがビール製造にいったい
どのような役割を果たしているのかはよくわかりませんが、大量生産を行うために欠
かせない原料であることは間違いないようです。
(2001年4月13日)<参考文献>
「Beer mania!(ビアマニア!)」 藤原ヒロユキ著 (日之出出版)
「世界のビールセレクション」 ナヴィインターナショナル編著(大泉書店)
「利き酒入門」 重金敦之著(講談社現代新書)
「自分でできる買ってもいいものの見分け方」(情報センター出版局)
「男を上げる!正しい酒の飲み方」(別冊宝島)<参考HP>
キリンビール http://www.kirin.co.jp/
アサヒビール http://www.asahibeer.co.jp/
サッポロビール http://www.sapporobeer.co.jp/
サントリー・モルツ http://www.club-malts.com/info/lineup.html
倭王ビール http://www.waohbeer.com/
発泡酒連絡協議会 Happoshu! http://www.happoshu.com/