■ 「 笑顔の余韻 」


 先日、とあるカフェへ行ったら、20代の女性レジ担当者がとてもとても素晴らし
い笑顔で、心のこもった良い接客を行っていた。こんなに良い笑顔の店員さんに出会
うのは久し振りだ。僕はホッと胸を撫で下ろし、まだまだ巷にはこんないい子が潜ん
でるんだ、捨てたもんじゃないぞと、心底嬉しくなった。

 会計をすませて「ありがとう」と礼を言い、僕はレジを後にした。ほんわか気分で
5〜6歩ほど歩いた時、そうだもう1回あの子の素敵な笑顔を目に焼きつけておこう、
そう思った僕は、さりげなく彼女を振り返った。するとその先にいたのはなんと……。
ブスッと陰湿な表情で全く別人の顔になっている“あの子”だった。ちょうどお客が
途切れて、素顔で顔の筋肉を休めているようだ。先ほどの表情との落差があまりにも
大きくて、僕には“あの子”の顔が鬼のように見えた。

 一気に夢から覚めてしまった気分だ。残念。でもあの子が悪いわけではない。彼女
は確かに一生懸命働いていた。ただ笑顔が素顔に戻るまでの何秒かの余韻が足りなかっ
たのと、素顔が仕事中の待機の表情(口元の左右に少しだけ力を入れてほんのり笑顔
を感じさせる顔)ではなく、本当の“素”の状態の素顔に戻ってしまっただけである。
これは本人がよほどの自覚をもっていないと常に行えるものではないし、この店には
こういうことを教える上司もいないのだろう。

 この日のこの経験から、僕の表情はいつも本当に良いのだろうか。あの子と同じよ
うな顔をしていることがあるんじゃないだろうか。気をつけなければ、注意しなけれ
ば、そう思った。

 僕はあの子にどうしてあげることもできない。僕にできることは自分自身を見つめ
直すことだけだ。人のフリ見て我がフリ直す。いつもそう考えて精進してきた。しか
しこの日のように、せっかくもっと良いサービスを行える人なのに、助言ができない、
力を伸ばしてあげられない、というのは非常に残念だ。

 ここに記して、いつか目にしてもらえることを願おう。

                       (2005年10月23日)


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