世界規模で増えている失業者


 この文章は本来4本だてで書こうと思っているのですが、とりあえず3本書けたところで出しておきます。

中国編・上海で始まった「失業」めぐる実験 97/02/09
ロシア編・ここも実態は失業率30% 97/02/13
ドイツ編・欧州経済統合で進む失業率急増と産業空洞化 97/02/13
(以下、未完)
○韓国そして日本編・東アジアの奇跡と幻滅

を書くつもりでいます。(今のところ)


中国・上海で始まった「失業」めぐる実験

(97.02.09)

 資本主義国以上に、資本主義の過酷さを醸し出している「社会主義市場経済」の国、中国。その中でも資本主義化の最先端を行く上海ではこのところ、失業者を増やす実験が行われている。
 とはいっても、本当にそんな実験が政策として発表されているわけではない。外から見ると、そうとしか見えないということである。

 人間があふれている中国の国営企業は、伝統的に人員過剰の傾向にあった。企業の業績や損益計算書など、作ったこともない、という純粋な社会主義の時代は、それでかまわなかった。従業員がどんなに多くても、全員が飯を食えて一人一畳の寝る場所さえ供給できれば、企業の役目は事足りた。
 だが、今は違う。中国が輸出を伸ばし、経済大国になるためには、資本主義的な意味での「優良企業」を育てなければならない。香港や海外からの投資は、優良企業にしか投入されないからだ。優良企業とは、利益を出せる会社である。人件費が高すぎたら利益は出せない。そこで、中国の企業経営者(大企業は全て国営であり、その経営を決定するのは中国共産党である)は、大胆な人員削減をしたいと思うようになった。

 とはいえ、失業者が増えると、貧困や治安の悪化を生み、それでなくても高まっている共産党への不満が蓄積し、第二の天安門事件に結びつきかねない。
 でも、経済発展のためには「優良企業」を作りたい。そのジレンマを克服する方法として始まったのが、上海周辺でだけ、潜在的な失業者を急増させてもよい、という許可を内々に出し、失業者が大量発生してもかまわないから、優良企業を作る。それが成功したら全国に拡大していく、というアイデアだった。
 いやいや、これまた、これが事実だというのではなく、そんなシナリオだろう、という作者の推量である。

 中国共産党は、実社会を「実験」に使うことをいとわない。社会主義革命そのものが実験だったし(失敗しつつあるけど)、人民公社、文化大革命は毛沢東の実験だ。香港の隣に擬似資本主義都市である深センを作ったり、A株(国内投資家用)B株(外国人用)に分けた株式市場を作ったのは、トウ小平による実験だった。だから、国営企業の再建問題に関して実験を始めたとしてもおかしくない。
 経営難が続いている国営企業は、国営銀行から膨大な金を借りて従業員に給料を払っており、国営企業問題が解決しないと、長期的な経済成長に不可欠な金融制度の改革もできず、本格的な市場経済に移行できない。早く国営企業が利益を出せるようにしなければならないのである。

 ところで、上で「潜在失業者」と書いたが、これは統計数字の失業率に表れない形での失業を指している。企業の従業員なのだが、「配置転換の手続き中で、新たな職場が未決定なため自宅待機中」「定年が近いので、繰り上げて自宅で待機中」などの項目に入れられて、最低限の賃金だけ支払われている人がたくさんいる。日本企業でいうところの「人事部付け」というやつだ。彼らが同じ社内で、新しい職場に復帰する可能性は少ないだろう。

 2月6日のフィナンシャルタイムス(FT)に、いくつかの統計が出ている。それによると、統計上の失業率は、上海では2.6%(天津が1.0%、北京は0.4%)だが、「人事部付け」の数となると5%を超える。しかもこの5%はオモテの数字で、共産党の内部資料では、実際はその数倍、つまり上海の実質失業率は15−20%と推計している。

 また、別の政府系調査機関のレポートには、1300万人の上海市民(就労人口は800万人)のうち、フルタイムで雇用されているのは500万−600万人で、残りの200万−300万人は、失業中か半失業状態にあるとしている。つまり、30%前後が失業・半失業の状態にあるということだ。
 しかも上海にはこれとは別に、農村部から約300万人の出稼ぎ者たちがきている。彼らの多くは一日150円(1.3ドル)という超低賃金で働いており、こうした人々の流入が、上海市民の職を奪っている、とこのレポートは指摘している。(ここまでFTからの引用)

 こうした裏の失業者の存在は、恐らく天津や北京でも同じだろう。オモテとウラの割合がどの都市でも似たようなものだとすれば、上海の実質失業率は天津や北京より高いということになる。それが、実験が始まったらしいと思える理由の一つだ。

 半失業状態の人々が抱える、もう一つの問題は、彼らが失業状態に陥るのにともない、「単位」を失いつつあることだ。「単位」(北京語で”タンウェイ”)とは、日本語の「職場」に近い意味で、社会主義の中国では元来、農民も含めて全人民がどこかの単位に属しており、社会福祉や教育、思想管理に至るまで、単位ごとの管理が行われてきた。
 たとえば80年代までは、市内バスに乗っていて態度が悪い客に対して、車掌が「おまえはどこの単位の者だ」と語気荒く尋ねると、客が思わず黙ってしまうような、そんな迫力のある「縛り」であった。

 それほどに心理的、経済的に重要な社会の枠組みである「単位」を、家族を含む上海市民の30%が失いつつあるのである。単なる失業問題ではなく、社会構造の劇的な変革が、ひそかに進行しているといってもいいだろう。
 彼らは社会保障の全てを失ってはいないだろうが、中国では、ある職場にいるからこそ受けられる給料以外の利得が大きい(昨今の日本で公務員が責められている「給食費」などの比ではない)ことを考えると、単位を失うことの衝撃は大きい。

 一方、従業員を整理して身軽になり、利益を出せる「優良企業」(この言葉も非常に偽善的だ)になった上海の大手企業は、次々と上海や香港、はてはニューヨークの証券取引所で株式や預託証券を公開し、資金をかき集めている。
 その格差を考えると、中国が抱える潜在的なカオスは、莫大なものになっていると想像できる。


ロシアも失業率は3割以上

(97.02.13)

 ILO(国際労働機関)がこのほどまとめた調査によると、ロシアの失業率も、中国同様、3割を超えている可能性がある。ILO調査について報じた2月6日のフィナンシャル・タイムス(FT)によると、昨年12月にロシア政府が発表したロシアの失業率は3.4%だった。だがこの数字には、国営企業を解雇された人などが含まれておらず、それらを加えたILOの基準で計算すると、昨年6月の段階で失業率は9.5%だった。

 ILOの調査報告書は、9.5%という数字でさえ、実態よりかなり少ないと判断している。その一因は、失業の登録をしても、失業保険などをほとんど受け取ることができず、わざわざ登録をしたいと思う人が少ないこと。(登録しなければ失業者としてカウントされない)
 それから、企業は従業員が多ければ多いほど、払う税金が少なくてすむ仕組みになっている。そのため、社会主義時代からの伝統で、多くの余剰人員を抱える国営企業でも、実際は解雇した従業員を、形だけ社員名簿に残しているところが多い。解雇された従業員は、その見返りに、最小限の社会保障を企業から受けることができる。

 実際には失業しているにもかかわらず、失業者の登録には上がってこないこれらの人々を加えると、ロシアの失業率は全体の3分の1を超えているのではないか、とILOの報告書は推計している。
 こうした中で、失望してウオッカの飲酒などに走る労働者がどんどん増えていて、ロシア人男性の平均寿命は、1980年代には65歳だったのが、今では58歳になってしまっている。(ここまでFTから引用)

 ここまで読んできて、中国の実態と似ていると思われた方が多いだろう。ソ連も中国も、社会主義の時代には、統計は信用できないもので、その伝統が、社会主義経済が崩壊した後も続いているのではないか。
 とはいえ、状況はロシアの方が暗い。中国では、平均寿命が短くなってなどいないだろう。汚職や貧富の格差に満ちているものの、中国経済は活気がある。一方ロシアの社会は、静かに死につつあるという感じだ。

 ロシアが中国より悲惨なのは、民族的な気質の違いもあるだろうが、ロシアは共産党政権が崩壊したが中国は崩壊していないという違いもある。中央集権的な社会主義経済では、モスクワや北京にある政府の官僚たちだけが、すべての経済活動を運営する頭脳の役割を果たし、工場などの国営企業や地方政府は手足のような存在で、中央に命じられるままに動かねばならない存在だった(逆に言えば、命じられるままに動いていれば良い気楽な存在だった)。

 ところが、ロシアの場合、1990年に共産党政権とソ連邦が崩壊し、首のない人間が荒野をさまよっているような状況に陥った。全国を束ねる元締めがなくなってしまったのだから、その機能が復活するには、かなりの時間がかかることは間違いない。そのため、小さな商売をするバザール的な市場は、ロシア各地に無数にできているが、国としては崩壊したままの状態が続いている。

 これに対して中国は、トウ小平氏らの知恵により、80年代の中盤から、徐々に地方政府や国営企業が自律した機能を持つことを許し、ソ連型の崩壊を防いだ。国営企業の請負制や郷鎮企業など、社会主義と資本主義の中間のような実験的な試みもいくつか行ってきた。けっこう失敗したのだが、いろいろやったのが良かったともいえる。

 今では、地方政府が中央の言うことを聞かないこと、地方政府や国営企業の幹部に汚職がはびこっていることなどが問題になっているが、中国経済が崩壊する可能性もあったことを思えば、それすら、小さな副作用なのかもしれない。とはいえ、中国人一般のえげつない商人気質(失礼。「エネルギッシュな商人気質」とでも書かないと叱られますな)を考えると、どう転んでも崩壊などしなかったのかもしれないが。

○以前にも似たテーマで書いたことがあります。
軍隊にも給料支払えないロシアの危機 (96.11.25)



経済強化のための欧州統合で失業が増えるドイツの皮肉

(97.02.13)

 社会主義が終わったことは、意外なところにも失業問題をもたらしている。東欧が自由主義経済に移行したことで、ドイツなど西欧先進国の企業が、東欧諸国に相次いで生産拠点を移転した結果、西欧の失業率が上がっている。ドイツ、フランスは10−12%という戦後最悪の状態だ。

 しかも、西欧各国は、1999年の通貨統合に向けて、国家予算の赤字を急激に減らしたいため、失業保険などの社会保障は減る傾向にある。西欧各国はこれまで高福祉国家だったが、それは子供や孫が返さねばならない借金である財政赤字でまかなわれていた部分が大きかった。経済統合を機に、西欧各国は、その不健全さをやめようとしている。
 そこまで考えれば、西欧の人々の苦悩は、大して同情に値するものでもないのだが(財政赤字大国の日本も、いずれ同じ目に遭うのだから)、苦しまぎれに外国人ぎらいの極右やネオナチが台頭するとなれば、黄色人種で標的にされかねない日本人としては、悠長にヨーロッパ旅行など危なくてできなくなるのかもしれない。

 2月7日のフィナンシャルタイムス(FT)によると、ドイツ政府が最近発表した1月の失業率は12.2%で、昨年12月の10.8%から急上昇した。失業率は9%台だった95年から増え続けている。1月の失業率は何と、ヒットラーが政権をとった1933年以来の高さだという。特に旧東ドイツ地域の失業率が18.7%と高い。旧西ドイツ地域は10.6%だが、東西とも失業率は上昇している。

 ドイツが抱える問題が深刻なのは、通貨統合への参加条件である「財政赤字がGDP(国内総生産)の3%未満」というマーストリヒト条約の基準の達成が難しく、社会保障費を増やせないことだ。ドイツ政府は97年度予算を組むにあたり、昨年のうちに作った最初の案では、失業者を395万人と仮定して社会保障費の予算を組み、この時の財政赤字はGDPの2.5%と、通貨統合の基準を十分にクリアしていた。

 だが、1月に入って失業者がじわじわと増え続けたため、政府は1月末、失業者を410万人と再仮定して予算を組み直した。その結果、財政赤字の率はGDPの2.9%と、通貨統合の基準すれすれまで上がった。

 それだけならセーフだったのだが、1月の失業率12.2%は、失業者数でいうと466万人だった。1月末に決めた予算の前提条件より50万人以上も多いのだ。この失業者数は、失業の季節変動を調整する前の数字なので、統計としては不完全な部分があるが、季節調整済みの失業率も上昇している。もし、466万人の失業者で予算を組み直すと、どうなるだろうか。財政赤字がGDPの3%を超え、ドイツが通貨統合に参加できないという、あってはならない結果を生むことになる。(ここまでFTから引用)

 通貨統合は、欧州で最も強い通貨であるドイツマルクに、フランやリラなどが歩調を合わせていくという作業であり、ドイツが入らない通貨統合など意味がない。また、もし通貨統合への動きを途中で止めることになれば、マルクなど欧州通貨が為替市場で投げ売りされ、大混乱を招く。だから通貨統合は中止することもできないという矛盾を抱えている。

 ところで、1月の失業率の高さが、ヒットラーが政権をとった年以来だというのも引っかかる。ナチスは、ドイツがひどい不況にみまわれて、ドイツ国民がインフレと失業にあえぐ中、救世主のように思われて台頭した歴史をみれば、ドイツの人々が失業の苦しみの中、、心ひそかにヒットラーのような存在の再来を願っているとしても不思議はない。
 極右やネオナチの台頭は、5年ほど前から西欧に共通の問題となっており、先日もフランスの地方選挙で、極右政党が勢力を伸ばすなど、不気味な動きが続いている。

 さらに、そのことと偶然にも期を一にして起きているのが、ナチスがユダヤ人から奪った貴金属類を、スイスの銀行に預け、ナチスが崩壊した後の戦後の50年間、スイスの銀行はこっそりその資金を運用し続けていた歴史が暴かれたことである。

 スイス銀行にナチスが奪った資金があることは、ドイツの上層部などは以前から知っていたといわれている。もしかして、このところのドイツ人の不満の高まりを受けて、ドイツ人の心の中にあるナチス再来の希望を砕くため、スキャンダルとして流したのではないか、などという勝手な推測すら湧いてくる。

 (米国政府が昨年12月、人体実験を行った旧日本軍の731部隊の関係者を、今ごろになって米国への入国を禁止する宣言をしたのも、不況が続く日本人の心にクサビを打っておくためのものだったのか?)

 同じフィナンシャルタイムスの昨年11月8日付には、ドイツの企業が東隣のチェコ共和国に移転していく様子が書かれている。その記事によると、ドイツの賃金はチェコの8−10倍も高い。このため、チェコに接するバイエリッシュバルト州からチェコに、ガラス工場などが移転している。ドイツの企業は一般に、機械メーカーはスロバキアやブルガリアへ、繊維メーカーはルーマニアやスロベニアへ工場を移転させているという。

 その記事には、チェコ国境に近いドイツの町の住民のコメントとして「ドイツ人はこれまで、香港などのアジアの人々に職を奪われていると思ってきた。だが、実は香港はすぐ隣にあったのだ」などと書かれており、思わずにやりとしてしまう。

 チェコからドイツやオーストリアの企業へ、毎日国境を越えて通勤してくる人々もたくさんいるという。欧州では東欧も巻き込んで、労働市場の自由化が進められている。国境で分断されていると効率が悪いという理由から、労働力が自由に国境を越えられるようにしつつある。これまた、ドイツ人の失業の悩みを増大させているわけで、いずれは欧州全体の強さにつながっていくのだろうが、今はまだ、満身創痍という感じである。