ブット一族に私物化されたパキスタンを立て直せるか
(96.12.16)

自分の子分たちに政府のポストをばらまいた結果、汚職を激増させたうえ、政府の金庫の中身を激減させてしまったベナジル・ブット元首相は退陣したが、その後始末は終わっていない。来年2月に選挙を実施して次の首相を決める予定で、それまでは元国会議長のメラジ・カリド氏が臨時首相をつとめることになった。さらに、世界銀行の副総裁をつとめていたジェイブ・バーキ氏が呼び戻されて、大蔵大臣をつとめることになった。
潰れそうな国に金を貸して助ける世界銀行に勤めていただけあって、バーキ氏は祖国の経済を立て直そうと就任以来、毎日14時間働いているという。彼は、政治より経済の世界の出身者であるためか、自分のイメージアップより事の真相をフランクに語り、前政権の国家運営の内容が世界のマスコミの前に明らかになってきた。
(もっともバーキ氏は当然、すべての悪の責任をブット女史に押し付ける役割を担うために登場したわけだから、彼の言葉も信頼できるのか、少し疑った方がいいのかもしれないが)

バーキ氏がメスを入れようとしている第一は、余剰人員を抱えたパキスタン政府の合理化だ。ブット元首相は在任中、自分の息のかかった連中を3年間で20万人も新たに政府に雇用した。しかも人気とりのため、政府関係者への大盤振る舞いが目立ち、たとえば大臣32人に対し公用車が900台以上も用意されていたという。今やパキスタンは税収がGDP(国内総生産)の13%しかないのに、政府の支出はその2倍近いGDPの23%もあるという浪費状態になった。バーキ氏は選挙がある来年2月までに、4万人の公務員を削減する計画だというが、合理化に反対する声も大きくなっている。

より多くの税金を集められるシステムを作ることも予定している。徴税を厳しくして、GDPの13%しかない税収を19%まで高めるという。税金を厳しく集めると有権者、特に力を持っている金持ち層からの反発が強まるため、ブット女史だけでなく、多くの国の政府が徴税体制をルーズなままに放置してきた。
パキスタンでは現在、農村を支配している地主に対して課税がほとんど行われていない。浪費の悪影響が目立ってきた今年4月、ブット女史はIMF(国際通貨基金、世界銀行の兄弟機関)から金を借りようとしたが、徴税率をアップさせることを融資の条件にされてしまった。そこでブット女史は地主への課税を実施しようとしたが、彼女の政治的バックとなっている大地主たちがこぞって反対したため、実現しなかった。それがブット女史の失脚の遠因となった。バーキ氏は農産物に0.5%の課税をしようとしている。これまた反対は強そうだ。
ロシア政府が公務員に賃金を支払えず、ストライキが止まらないのは、税金が計画どおり集まらないことが原因であることをみても分かるように、パキスタンだけでなく、発展途上国の多くで、徴税効率のアップは難しい問題となっている。

次にバーキ氏が重視するのは、政府統計のいい加減さを改めることである。現在、パキスタンではGDPのうち半分程度しか正確に把握できていない。ブット女史は95年予算の財政赤字をGDPの5%と言っていたが、IMFが調べてみたら実際は6%以上だったということもある。パキスタンでは1980年代に中小企業の成長が速かったのだが、それが下火になった90年代になっても、中小企業の年間成長率を7%と高いままで経済政策を作っている。こうしたドンブリ勘定で国がうまく回るはずがない。

不良債権のかたまりと化している国営銀行の改革も必要だ。6行ある国営銀行はこれまで、政府から命令されるまま、ブット一族やその関係者の事業への融資をせねばならなかった。もちろん、そういった融資の返済のうち貸す時から返ってくる見込みが少ないと分かっていたものも多かったはず。6行を3行にまとめるとともに、不良債権だけを政府が管理し、ビジネスとして成り立つそれ以外の部分を民営化する計画。こうした手法は世界銀行やIMFが得意とするところだ。日銀や日本の大蔵省も日本の金融機関の不良債権処理に関して同様のことをしている。パキスタン航空や電力会社など、国営企業の民営化も進める予定だ。
これらの政策により、一部の支配層だけに集まっていた富を分配させ、貧富の格差を減らす効果も期待されている。とはいえ、ブット政権は腐敗していたとはいえ、権力者の子分の子分のまた子分といった人まで含めると、パキスタンのかなりの部分が、旧政権に飯を食わせてもらっていたわけで、こうした人々が改革に反対することは容易に想像がつく。

ブット女史は汚職関連の罪に問われる可能性が強いが、もし罪に問われなかった場合、来年2月の選挙に出馬することができる。ブット女史は過去にも一度失脚させられたが、その後総選挙で勝利し、政権に返り咲いた経緯があり、なかなかしぶとい政治家である。これまで金をばら撒いただけの効果も期待できる。パキスタン関係者はブット女史が首相にまたも返り咲く可能性はもはや少ないとみているが、選挙は水物である。
パキスタンは英国の植民地支配の都合で作られた、歴史の浅い人工国家であるがゆえに、1500年間の国家としての歴史があって、放っておいても安定に向かう日本などより、はるかに国家運営は難しいということもいえそうだ。

この文書は Far Eastern Economic Review 96.12.12 などを参考にした。