危機忍び寄るベトナムの経済政策

(96.11.10)

 経済開放政策で市場経済社会の仲間入りを果たし、低賃金で識字率の高い労働力が魅力のはずのベトナムへの進出に対し、海外企業が二の足を踏むようになっている。1980年代から経済改革を進めたベトナム政府が今年に入り、政府や国営企業の権益を守るため、改革の速度を落としているからだ。そのやり方は日本の官僚のやり口とも似た、行政運用上の不公正、不透明さを維持する方法で行われているため、外から見えにくいかたちで進行している。
 外資企業は、例えば日本企業の場合、自動車各社が現地企業と合弁生産に乗り出し、家電も東芝がテレビ生産開始を決めるなど、ベトナムへの進出は好調なように見える。だが実は、将来経済成長を遂げて消費市場として大きくなった場合に備えて、ベトナム政府の信頼を得るために最小限の生産用の拠点を確保しただけのところが多い。AP通信によると米国の自動車メーカー、フォードの首脳は「いずれベトナムは100万台の自動車市場になるが、それが10年後か25年後かは分からない。工場はあまり機械化せず、フレキシブルな生産ができるようにしている」と名言している。今年1−10月のベトナムに対する外資の直接投資額は、前年同期比17%減となった。

 ベトナムの輸出額は年率20%以上の伸びを続けているし、国内総生産(GDP)も8%台の高い成長が続いている。だがそれは、ソ連崩壊を見越して始まったドイモイと呼ばれる経済開放政策で、価格統制を廃止し、民間企業や設立や外資の進出を許可するなど、社会主義経済による弊害を取り除いたことにより実現したものだ。
 最近では初期の開放政策の効果が一巡した上、経営効率が悪い国営企業の経営危機問題や、貧富の格差の拡大、消費の急増による貿易赤字の拡大など、経済開放の悪い面が表れ始めている。民族主義指向が強い社会主義者の集団である政府幹部は、外資の進出が増えることによる外国の支配力増加や、欧米風文化の流入、民間部門の拡大による政府や共産党の権限縮小などに対する懸念を強めている。
 だが、外資の進出を激減させれば、貿易赤字はますます増え、技術移転も進まずに経済成長が止まり、「2025年までに先進国の仲間入りを果たす」という政府の長期計画達成も難しくなる。10年後にはASEANの自由貿易地域に加盟する計画だが、そうなると関税率が最高で5%にせねばならず、関税の引き下げも進めねばならない。

 そこで彼らがとったのは、表向き外資を歓迎し、リベラルな外資法を維持しながらも、行政上の運用で外資の活動を制限し、実質的な経済開放の速度を落とす方策だった。具体的には、工場設立の許可をなかなか出さない、国のほかに県や市の許可が必要な仕組みを変えない、賄賂まがいの手続料をとる、政府が指定した国営企業との合弁しか許可しないなどの方法だ。英語だけで書かれた企業の看板を禁止するという風紀上の名目による規制も作った。
 またベトナムは今年、自動車の輸入関税を200%から55%に下げたが、同時に外車を買う人に対して100%の特別課税を開始。繊維製品などの輸入国(欧米など)が輸出国企業に課している輸出枠(タリフ)の分配を国営企業に独占させ、民間輸出企業がタリフを買わねばならない仕組み(タリフの転売は国際的な決まりで禁止されており裏口売買)にするなど、国営企業に対する保護も強めている。
 こうした行政の不透明さを放置しているため、公務員の汚職が増え、国営企業の経営効率はますます悪化し、ベトナム政府は自分の首を自分で絞める結果となっている。今年6月に開かれた5年ごとの共産党大会では、現職の政府トップ3人が再任されたが、刷新ができなかったこの人事も、政府が矛盾を克服できず、閉塞状態に陥っていることを表している。