香港・労働運動の危機
97/01/26
「万国の労働者よ立ち上がれ」というスローガンが示すとおり、社会主義というのは、抑圧された労働者やその他の人民たちを、苦しみから解放することが大きな目的だったはずだ。しかし香港では、世界に残る数少ない「社会主義国」である中国への返還ともに、むしろ労働者への抑圧は強まりそうな状況になっている。
香港の労働運動は、以前から政治の道具として使われていた。中華人民共和国を支持する大陸系の労働組合FTU(労働組合連合・組合員数約20万人)と、中華民国を支持する台湾系の労働組合(最近は勢力が落ちている)があり、対立してきた。それに加え、1984年に香港返還を決めた英中合意が取り交わされたころから、民主派と呼ばれる、欧米や日本の市民運動に似たかたちの独立系の労働運動が始まった。1989年の天安門事件で中国共産党に失望する人が急増、民主派を支持する人が増え、その流れの中から、90年には香港労働組合連合(CTU・組合員数約12万人)が作られた。
中国への返還を2年後に控えた95年、天安門事件によって政治体制を民主化しないことを明確化した中国に対する牽制の意味もあり、英国は香港の議会を任命制に近い体制から、住民による選挙に切り替え、CTUの支援を受けた民主派の議員が多数派を構成するに至った。ただし、中国政府はこの議会を中国への返還とともに解散させることを表明している。
すでに反中国のCTUと親中国のFTUとの対立は、CTU系の団体が開く民主化要求の集会にFTU系の組合員が乱入するなどといった形で起きている。FTUは傘下に利益をもたらす企業群を所有し(香港や他国の社会主義運動を支援するために中国当局の肝いりで設立された)、そこからの配当金と中国から運営資金により、香港の中心部に立派なオフィスビルを所有しているのに対し、CTUの事務所は古い雑居ビルの一室であるなど、経済面でもすでに優劣がある。
こうした流れから香港のマスメディアや中国ウォッチャーの間では、香港の返還後、中国政府はCTUに対する弾圧を強めると予想されている。具体的なシナリオとしては、CTU幹部に対して中国政府を転覆させるために人々を扇動したという罪を被せるのではないかと予測されている。中国はそのためもあって、中国の体制に反対する人々や台湾の独立を公に支持する香港市民を逮捕できる法律を施行することを表明している。
もう一つ指摘されている予測は、中国寄りの労働組合連合体であるFTUが、労働者の要求を代弁しなくなる可能性だ。これまでは香港の財界、大企業経営者は親中国派、親英国派などに分かれていたが、返還後はすべて親中国派にならざるを得ない。返還後の初代行政長官に以前から中国派だった財界人の董建華氏が選ばれたことにも表れているように、いつまでも英国寄りでは、中国側につぶされてしまうだけだ。電話会社の香港テレコムやキャセイ・パシフィック航空など、今は英国系資本の大企業も、いずれ株式の過半数を中国側が持つことになるとみられている。
これまで、英国系企業に対しては、FTUが従業員のために闘うことは、反英の立場をとってきた中国にとっても好都合だった。だが経営者が全員、親中国になってしまうと、FTUはそれと対抗することができなくなり、組合員の要望通りの闘争はできなくなる。
返還後の香港は中国大陸からの労働者の流入圧力が高まり、香港の労働者の待遇は現在より悪くなると予想される。労使紛争が増えそうなわけだが、そうなると労働者は、FTUが日和見になり、CTUは潰されているという状況に直面することになる。香港市民の不満はガス抜きできないまま高まり、天安門事件型の不満の爆発が起きる可能性もある。こうした矛盾をどう解いていくか、中国政府と董建華氏ら香港の行政担当者にとって重い課題となっている。