中国政府は、キリスト教を含むあらゆる宗教を潜在的な反政府勢力とみなし、警戒を強めている。キリスト教の場合、中国では国家公認の「中国キリスト教協会」傘下の教会にしか布教を認めておらず、公認を受けずに布教すると違法となる。
だが、改革開放政策で宗教に対する締め付けもやや緩くなった1980年代以降、信者や聖職者の自宅で集会を行う「家庭教会」と呼ばれる非公認の教会が急増。キリスト教徒の数はそれまでの約400万人から、現在では政府の見積もりで1000万人前後、香港で対中国布教を続ける教会の概算では9000万人(人口の8%)と、信者数の把握も難しい状況下で増え続けている。
こうした中、今年8月には南部の広州市で布教していた家庭教会のカトリック神父が非合法の集会を開いたとして逮捕されるなど、政府は犯罪取り締まり強化策の一環として家庭教会への弾圧を強めている。来年7月に中国へ返還される香港では、人口の8%がキリスト教徒であるため、中国政府の取り締まりに対しては香港の人々も動揺している。
中国政府はキリスト教のうち、ローマ教皇を頂点とする世界組織であるカトリック教会と特に激しく対立してきた。カトリックでは教会や神父を任命するのは教皇でなければならず、信者がいる各国に政教分離を認めさせている。これに対し中国共産党は、教会がかつて植民地支配の尖兵として活動していたこともあり、政権樹立当初から教皇と対立した。
カトリック信者の多くは教皇を支持して政府公認の教会に行かず、多くの家庭教会を作った。異国風の文化に対する過酷な弾圧が続いた文化大革命の時代には限られた信者のみを対象にした秘密の教会だったが、現在では口コミで教会を知った人を受け入れるようになり、信者が増えた。
キリスト教が人気を集める理由は、都市と農村で異なる部分がある。教育水準が高い都市の人々にとって、かつては共産主義が理想だったが、ソ連崩壊後に夢は破れ、中国は拝金主義の社会となり、良心派の人々は新たな心の支えを求めるようになった。また、キリスト教が代表している欧米風の文化に触れたいと思うあこがれもある。殺伐とした中国の大都会で生きている人々にとって、キリスト教会関係者に特有の柔らかな笑顔に出会うと(たとえ偽善が含まれているとしても)ほっとすることは間違いない。
一方、農村では共産党の影響力低下に加え、洪水や地震など災害が相次いでいることを王朝交代期の兆候ととらえ、共産党の時代が終わり混乱が訪れると信じる人々が増えている。中国は王朝の交代期に天変地異が増える歴史を繰り返してきただけに、人々の不安は大きく、キリスト教だけでなく仏教や道教系の新興宗教も無数に生まれ、共産党の地方幹部でさえ入信している。
キリストの復活をはじめとするキリスト教の奇跡も人々を引きつけており、聖書を自分流に解釈し、キリスト教風の新興宗教を起こす「麻原型」の教祖も登場した。清朝末期に大動乱を起こした教団、太平天国が「キリストの弟」を自称する教祖に率いられたキリスト教の亜流だったことを考えると、中国政府がこうした傾向に本気で危機感を抱くのも理解できる。
また香港では、来年以降香港の主となる中国政府の宗教政策をどうとらえるかをめぐり、信者の間で考え方の食い違いが生じている。楽観派は中国が英国に対し「97年以降も英国時代にあった思想信条の自由は守る」と約束したことを根拠に、香港での信仰生活は守られると予測。だが悲観派は、中国政府が大陸同様の宗教政策を香港にも適用し、ローマ教皇が任命した神父に対する弾圧などを予想している。カトリックの香港司教は2000年に交代する予定となっており、この時に司教人事をめぐり教皇と中国政府が対立する可能性も指摘されている。