資本主義に毒された文字が好き!

96/06/26

 中国の広州市当局は5月末、広州市内に事務所を持つ中国企業が会社登記をする際、海外の地名、人名を社名に用いたり、アルファベットを並べた社名で申請することを禁止する通告を出した。同時に、旧字体(繁体字)を使った社名も禁止し、中国で公式の文字となっている簡体字で登記することを義務付けた。通告は「今後は、中国企業が植民地文化の色彩を帯びた文字を使った社名で登記申請した場合、国家の利益と尊厳をそこなう恐れがあるので受理しない」としている。

 また、中国では大企業や役所の建物や橋、駅などが新築されるとき、国家の大幹部が頼まれて直筆で企業名や建物の名前を毛筆で書き、これを拡大し、石に刻み付けるなどして看板にすることが多いが、この際に使われるのは、従来からほとんどが繁体字だった。
 通告が出されるのとほぼ同時期に、広州市の副市長がこのことに関して「国家の幹部などの有名人は、揮毫(毛筆で書かれた文字)をする際、簡体字を使うようにすべきだ。そうしないと、後で看板を簡体字に変更するよう、その企業に求めても、大幹部が書いた文字は変えられないいう言い訳により、変更を拒まれてしまう」とのコメントを発表した。

 中国大陸では1956年以降、文盲を減らすために画数の少ない簡体字が導入されているが、台湾や香港では、繁体字が使われつづけている。最近、香港との関係が深い広東省や、台湾との関係が深い福建省では、看板の企業名や名刺の人名に繁体字が使われることが多くなり、繁体字への回帰現象が起きている。
 また、これらの地域では同時に、街中の看板の多くが英語などのアルファベット表示によるものになっている。ハイカラな雰囲気が出るとの理由から、欧米のしゃれた地名、人名を音読みして漢字に置き換えた名前を社名として使っている会社も増えている。こうした現象を「資本主義に毒された」欧米や台湾、香港の文化が大陸に反攻してきているととらえたのが、今回の繁体字と西洋文字の禁止の動きの背景にある。

 だが、何千年も使われ続け、文字としての美しさが確立している繁体字に比べ、簡体字は美的なバランスがとりにくく、格好がつきにくい。特に、毛沢東元主席が漢字の持つ美しさを好んだため、簡体字を導入した後も、共産党幹部などが揮毫する際は、繁体字が使われることが通例だった。中国を代表する大企業の多くで、本社ビルの大理石の入り口に刻まれた社名が繁体字になっている。今さら、これを全て作り直すというのは無理だ。故人になった昔の大幹部に書いてもらった揮毫を削ることもはばかられるだろう。

 似たようなジレンマに陥っているのがベトナムだ。ベトナムの首都、ハノイでは今年2月のある日、突然、警察の部隊が街中の看板を片端から外したり、英語やフランス語の部分を覆って見えなくするような作業を抜き打ちで実施した。その後、ベトナム政府は「企業の看板や広告塔に書かれた外国語の文字を、同じ看板のベトナム語の文字より大きくしてはならない」とする規則を発表した。
 この規則は、急速に増えている欧米企業から猛反発をくらい、警察による看板打ち壊しは、それ以上起きなかった。さらに、6月下旬になってベトナム政府は「看板の外国語の文字はベトナム語より大きくてもかまわないが、ベトナム語の2倍を超えてはならない」とする規則に変えた。

 どちらのケースも、社会主義建設に生きた国家の大幹部たちが、経済開放により急速に資本主義化していく祖国の街や人々の様子を見ていらだち、発作的に取り締まりをかけてみたものの、一度流れ出した市場経済への動きに飲まれてしまっている、という現状をあらわしているようだ。