財閥解体で日本を超えたい韓国

8月16日  田中 宇


 韓国に、金宇中という経営者がいる。彼の会社で以前、若手社員がアメリカに出張した際、ラスベガスに行って出張用に持っていた金を全部、カジノで負けて使い果たしてしまうという事件があった。

 このことを知った金氏は、その社員を呼びつけ、もう一度会社の金を持ってラスベガスに行き、カジノで勝って金を取り戻してくるよう命じた。社命を帯びてカジノに再度挑戦したその社員は、二度目は勝って帰ってきた。金氏はその後、その社員を昇進させたといわれている。

 金氏が経営しているのは、大宇グループという、韓国で2番目に大きな財閥である。いや、正確に言うと、これまでは、韓国で2番目に大きな財閥だった。大宇グループは今、経営が破綻し、まさに解体されようとしているからである。

●韓国経済とともに成長した大宇グループ

 金宇中氏のビジネスは1960年代末、シャツを作ってアメリカの百貨店などに売ることから始まった。当初、作ったシャツが粗悪品で問題があったが、金氏はアメリカ国内のライバルメーカーがどんな縫製機械を使っているかを調べ、同じ機械を買い、労賃がアメリカより安い韓国の自社工場に入れることで、ライバルに勝って売上を急拡大させた。

 その後、金氏は他の製造業にも事業を広げ、積極的に国際展開した。それが当時ちょうど、輸出産業を特別に育成することで、高度経済成長を実現しようとしていた朴正煕大統領の目にとまった。大宇は、現代グループや三星グループなど、他の「財閥」と同様、政府から特別な地位を与えられ、銀行からの融資や政府許認可を優先的に得られるようになった。

 金氏が得意としたのは、自らを窮地に追い込み、そこから這い上がるパワーで経営を拡大する手法だった。銀行から巨額資金を借り、自己資金ではなく借金だという緊張感をバネに事業を展開したり、リスクの大きな事業に次々と参入したり、というやり方である。ラスベガスで負けてきた社員に、背水の陣で再挑戦させたのは、金宇中流の経営の象徴であった。

 こうして大宇グループは、設立から30年弱の間に、自動車、造船、石油化学から、保険、不動産まで幅広く手がける大財閥となった。

 だが、大宇グループの強さだった借入金による積極経営は、1997年の通貨危機を境に、長所から短所へと変わってしまった。IMFが韓国に命じた高金利政策によって利払いが膨らんだ上、通貨ウォンの下落は、ドル建て借金の返済を難しくしたのだった。

 大宇グループは現在、約6兆円相当の負債を抱えており、自動車製造など、中核的な部門だけを残し、他は売却する計画が、政府と金融機関など債権者を交えた協議によって進められている。

●韓国の財閥システムは「戦後日本型」

 通貨危機が経済全体の落ち込みへと発展し、それが去りつつある今、大宇だけでなく、韓国の五大財閥の多くが、苦境にあり、解体されつつある(五大財閥は、現代、大宇、三星、LG、SK)。とはいえ、財閥が解体されるに至った原因は、通貨危機という外部要因だけではない。もう一つ、昨年就任した金大中大統領の政治的な意思が、財閥解体の背後にある。

 韓国の財閥システムは、政府から特別な扱いを受けて事業拡大した輸出産業が、韓国全体の外貨獲得に貢献し、経済成長を実現するというやり方だったが、これは戦後の日本政府の企業政策とよく似ていた。

 この制度の元には、政府が金融機関を統制し、銀行の主要な貸し先をどこにするかということを事実上、政府が決める政策があったが、それも日本と同じだった。「終身雇用」の制度がある点も同じだし、マスコミが記者クラブ制度を通じて官僚や財界と密着し、言論統制の機能を果たす、というシステムもそっくりだった。

 これらの点から、韓国の制度は「戦後日本型」であるといえるのだが、金大中氏は、大統領になる前から、このシステムを改める必要があると考えていた。このやり方は、国の経済を高度成長させる必要があるときは有効だが、戦略が成功して先進国になってからは、戦略を改めていく必要がある。

 19世紀末、日本が明治維新によって西欧化に着手していたころ、韓国は西欧化への対応が遅れ、そのために日本の植民地にされてしまった。それから100年あまりが過ぎ、現在は再び、アジア諸国は変革を求められている時代だが、ライバル日本は、今回は動きが鈍い。この間に、韓国がアメリカ流の世界標準の国家システムをとり入れて日本型システムを脱すれば、日本に対する100年の苦渋を晴らすことができるというわけだ。

 韓国は独立後、当初は輸入を抑えて自立する「輸入代替型」の経済システムを目指したが、うまくいかなかったため、朴正煕大統領の時代になって、日本型システムに転換した。だが反日感情の強さゆえ、日本型システムを導入しながらも、それを公式に認めるわけにはいかなかった。

 そのため、経済システムは日本と似ているが、文化面では日本のものは禁止、という状態が続いた。金大中氏は「脱日本型」の改革を進める一方で、日本文化の韓国流入を解禁し、日本に対するコンプレックスやタブーを解消することに努めた。

●経済危機を外圧として利用した金大中氏

 韓国の大統領は、大きな権限を持っている。だが、韓国ではすでに、日本型システムを前提として、官僚、財閥、マスコミなどの権力構造は強固なものになっており、金大中大統領の改革は、各方面から強い反発を受けることは必至だった。そこで、大統領は「外圧」を使った。

 金大中氏は、昨年2月の大統領就任に先駆けて、国際金融投機筋の大御所であるジョージ・ソロス氏や、国際的なメディア王と呼ばれるルパート・マードック氏と会い、韓国への投資を呼びかけた。彼らが韓国の金融機関やマスコミを買収し、日本型システムを堅持している国内勢力と戦ってほしい、と大統領は考えたのだろう、と筆者はみる。

 金大中氏が大統領に就任したころはちょうど、通貨危機への対応策として韓国政府がとった、緊縮財政と高金利の政策の副作用によって、財閥を頂点とする韓国経済の全体が、失業増や消費減、金利負担増、生産設備の過剰などに苦しんでいた。

 そんな中で金大統領は、日本型システムの象徴ともいうべき財閥に対し、経営者一族が経営権を手放し、不採算部門を整理統合するなら、国が緊急融資などで支援する、という条件を出した。また財閥に対して、自己資本比率という、経営の健全性を示す数値の改善を義務づけた。

 自己資本比率というのは、企業の借金が多いほど悪い数字になってしまうもので、大宇のような借金経営の企業は、自グループのいくつかの企業を売却し、その代金で借金を返すことを迫られた。金大統領は、財閥が経済危機で苦しんでいることを利用して、財閥の力を縮小させようとしたのだった。

 これに対して、財閥各社は、気乗りしないながらも従った。最大の財閥である現代は、グループ企業を従来の79社から26社に減らし、特化する部門を限定した。LGは、半導体部門を三星に売却した。三星は、傘下の建設機械メーカーを、スウェーデンのボルボに売った。

●IMFの政策変更が逆流に

 ところが、こうした動きの最中に、予想外の展開が起きた。IMFが韓国など経済破綻国に命じた高金利政策が、間違っていた可能性が高まり、韓国は金利を下げることになった。昨年6月には16%だった韓国の政府金利は、9月には7%となり、その後5%にまで下がった。これは財閥にとって、自力での資金調達がやりやすくなり、その分、政府の言うことを聞かなくてもよくなることを意味していた。

 しかも、金利を下げたことにより、各種の産業が運転資金を得やすくなって、生産増、消費増、輸出増へと結びつき、韓国経済は今年に入って、意外にも急成長に戻ってしまった。

 これによって、金大中氏と、財閥や官僚といった現状維持派との攻守はところを変え、財閥はいったんは了承した傘下企業の売却や規模縮小を、理由をつけて延期・中止するようになった。そして、こうした逆転と同期するかのように、大統領側近のスキャンダルが暴かれ、大統領の支持率が下がっていった。

 そんな中、大統領が、財閥解体政策の最後の砦として実施しようとしているのが、大宇グループの解体である。大宇は、昨年後半の低金利傾向の中で、運転資金などを調達するために、本来は減らすはずだった借金を、4割も増やしてしまった。そのため、もはや政府や債権者団の支援なしには、日々の資金繰りがままならない状態だ。

 大宇を解体してしまえば、大統領としては、財閥解体による経済改革を成し遂げたと国民に言うことができる上、解体に消極的な他の財閥にも、大統領の力を誇示できる。

 7月27日、韓国政府は、大宇に金を貸している債権者団が、今後の大宇の解体や再建についての決定権を持つ、という方針を発表した。それまで、大宇の再建についての最終決定権は、創業者である金宇中会長が握っていたが、それを奪い、銀行と政府の管理下に置く、という決定だった。だがその3日後、政府自らがこの決定を覆し、決定権は再び金宇中会長に戻った。

●容易ではない財閥解体

 このどんでん返しの背景には、二つの事情が指摘されている。一つは、大宇という巨大財閥の全容を知っているのは、金宇中会長だけだということ。銀行や政府などは、自分たちが、複雑な財閥内部の事情を把握するのは不可能で、無理をして失敗すれば、大宇グループだけでなく、韓国経済全体に深刻な影響を与えかねない、と判断したという読みである。

 もう一つは、債権者団の中にいる外資系企業の扱いをめぐってであった。大宇の借金の約2割は、海外からの借入れだが、貸し手の外国金融機関が、大宇解体の意思決定に参加することは、国民感情から考えて、韓国政府が肯定できるものではなかった。

 政府は、今後の大宇の運命を決める債権者会議から、外資系の債権者を外す方針を打ち出したが、当の外資系企業がこれに猛反発し、構想全体が流れたというものだ。

 韓国政府は、このどんでん返しの理由を説明していないため、上記の二つは推察の域を出ないが、いずれの理由であったとしても、韓国経済の根幹に位置している大財閥を解体することが、容易ではないことを表している。

 この後、政府は、金宇中会長と水面下での交渉を進めているらしく、大宇の中核企業である大宇自動車など、自動車関連のみをグループ内に残すことで、金会長の最低限の面子を維持して協力してもらい、他の部門は売却する、という方針が固まりつつある。

 実は、大宇に自動車部門だけを残したことも、政治的な裏がある。韓国の自動車メーカーの中には、プサンに工場を持つ三星自動車が、経営難に陥っている。金大中大統領は、政治的な意図から、三星のプサン工場を再建したいと考えており、それを大宇の金会長にやらせたいのではないか、とみられている。

 韓国は伝統的に、地域対立の激しい国で、プサンがある慶尚道の出身者が、政治経済の権力を握っているのに対して、金大中大統領の出身地である全羅道に育った人々は、たとえ優秀でも、政府や企業内で出世する可能性が低い、と言われてきた。

 全羅道出身者である金大中氏は、三星自動車のプサン工場をつぶさず、大宇によって再建させることにより、慶尚道の人々に恩義を着せつつ、政治的支持を獲得したいのだ、とみられている。財閥解体・再編は、純粋な経済行為ではないのである。

 結局のところ、韓国のシステムは日本型を脱することができるのか。その結論は、まだ出ていない。そして、日本型を脱した後、韓国がどのようなシステムに落ち着くのかも、まだ見えない。アメリカのシステムをそのまま採用することは、貧富の格差を広げてしまう可能性などもある。韓国の試行錯誤は、まだ続きそうだが、ほとんど試行錯誤をしていない日本より、先を行っているといえるのではないか。

 


 

参考になった英文記事

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