選挙後も続くインドネシア政治の不穏

1999年7月15日  田中 宇


 インドネシアの政治は、重大な変化が起きる際、真相が分からないミステリアスな展開になる傾向がある。

 古くは1965-66年、スカルの政権の末期、混乱の中からスハルト将軍が登場し、大統領になるまでの間に、中国系住民を中心とした50万とも100万ともいわれる人々が、「共産主義者」とレッテルを貼られて殺されたが、その事件の真相は今も不明で、政治の中枢でその間に何が起きていたのかも、不明な点が多い。

 最近では、昨年5月、スハルト大統領が失脚した際、自然発生したと考えるには無理があるジャカルタの暴動を誰が引き起こしたのか、いまだにはっきりしていない。そもそも、ここ数年間におきた各地の暴動のほとんどは、黒幕の存在が指摘されながらも、真相は不明のままだ。

 また、スハルト大統領は辞任後、政治的な力を完全に失ったという見方がある一方で、まだ影で権力を持っているとの分析もあり、その点も不透明だ。

 そんな不透明さの中で6月7日、国会議員選挙が行われた。この選挙は、独立間近の1955年の選挙以来、45年ぶりの、完全に自由で民主的な選挙だといわれている。

 スハルト政権の35年間、インドネシアの選挙は、スハルト大統領が支配する与党のゴルカルしか勝てない仕組みになっていた。国会と、その上に存在する大統領選出機関である国民協議会には、政府や軍が任命するポストが多く用意されており、選挙はスハルト大統領による自作自演のショーだった。

 そうした制度は、スハルト退陣とともに大幅に変更された。今回の選挙は、人々に民主主義を与え、これまでの不透明で陰謀に満ちたインドネシア政治の雰囲気を一変させるものになると、期待されていた。だが、その期待は、裏切られつつある。

●開票作業が遅れる背景

 この選挙が、世界標準にのっとった問題のない選挙である、という前提を、インドネシア内外の人々が疑い始めたのは、投票から数日たったあたりからだった。

 インドネシア各地で、開票作業が続いていたが、その開票のスピードが、異様に遅いことが、明らかになってきたからだ。当初、選挙管理委員会は、2週間以内に開票作業を終えると予測していたが、2週間たっても、開票は半分ほどしか進んでいなかった。

 6月21日、選管は、開票期間を2週間延ばし、7月7日までには開票を終える、と変更したが、7月8日の時点でも、開票は6割までしか達していなかった。その後、選管は、7月21日までには開票を終える、と発表したが、それも難しいとみられている。

 ちなみに、最近アジアで行われた選挙では、フィリピンでは結果が判明するまで3日、選挙初体験のカンボジアでも、1ヶ月以内に開票が終わった。インドネシアの開票は、「不慣れ」では片付けられない異常さを持っている。

 なぜ、こんなに開票が遅れているのか。選管は、「45年ぶりの自由選挙で、慣れていないから」といった説明をしている。だが実際の原因は、もっと複雑なものだ。多くの理由が指摘されているが、どうも政治的な陰謀のにおいがするものが、いくつもある。

 確かに、開票作業自体にも問題がある。選挙管理委員会は、国連やアメリカから選挙管理のプロたちに来てもらい、開票方法について指導を受けたが、この指導は、末端の開票所にまで行き渡っていない。

 たとえば、余った投票用紙が何枚あったか、というチェックがされなかったり、開票所の人が、開票結果を書き込むシートの記入方法を知らなかった、などということがあった。「中央選管による開票作業に関する説明など、全くなかった」という、地方選管の人の証言も、マスコミに出た。

 これらをすべて、単なる「不慣れ」によるものと考えることもできるが、選管自体が、意識的に、開票作業についての全国的な指導をしていなかった可能性もある。というのは、選管内部に、開票を遅らせようとしている勢力があるからだ。

●あいまいな不正指摘

 今回の国会議員選挙は、政党に対する投票というかたちで行われ、全部で48の政党が参加した。選挙管理委員会は、各政党から一人ずつの代表と、政府が任命した5人の、合計53人で構成されている。中央だけでなく、地方選管も、同じ形の組織だ。

 そして、この53人のうち、3分の2が開票結果を了承しないと、その選挙区の結果は、公式なものにならない。

 ところが、開票作業が進むにしたがって、政党代表者の中から、開票作業に不正があった、という指摘が出ることが多くなった。不正の指摘は、内容があいまいなものが多いのだが、なぜか、いくつのも政党の代表者が、不正の指摘に同調し、開票結果を了承しない委員が30人に達した選挙区もあった。

 選管は「中小の政党が、選挙で自党の得票率が予想外に悪いので、自暴自棄になり、開票結果にいちゃもんをつけている」と説明している。不正が本当にあったとしたら、こうした中央選管の判断は間違っていることになるが、内外の選挙監視組織は、「おおむね公正な選挙だった」と判断している。

 選挙結果を認めない中小政党の主張は、「与党ゴルカルが不正をしている」というものだが、ゴルカルは、開票率が6割程度の現段階で、20%程度の得票率しかない。

 トップを走るメガワティ女史の「闘争民主党」(PDI-P)は35%の得票率で、大きく差をつけられており、ゴルカルが不正をやっていたとしても、それは失敗したことになる。

 とはいえ、ハビビ大統領の地元、スラウェシ島北部の選挙区では「有権者に対する買収工作がおこなわれていた疑いがある」として、地元の選挙管理委員会が、選挙のやり直しを決議した。これに対し、ジャカルタの中央選管は、やり直しは必要ないとの結論を出している。

 ゴルカルはこれまで、5年に1度の大統領選挙のたびに、スハルト大統領が続投できるよう、全力を尽くしてきた。スハルト大統領は、昨年に失脚する数年前から、人々に支持されなくなっていたのに、再選を続けたため、ゴルカルが以前の選挙でも不正をしていたのではないか、と疑っている人が多い。

 そのため、中小野党の人々の「ゴルカルが不正をした」という主張は、根拠が薄いにもかかわらず、人々を納得させてしまう力を持っている。

 もう一つ、選管の内紛を表面化させたできごとが、地方選管職員に対する、給料の未払い問題だ。いくつかの地方の選挙管理委員会では、6月中旬から、自分たちに対する給料が支払われていないと主張する開票作業要員が、選管事務所に立てこもり、「給料が支払われるまでは、開票をしない」と宣言した。

 「給料は支払っている」と主張する選管と、意見がかみ合わない状態が続き、開票が2週間ほどストップした。

●開票遅れの裏で進む政権工作

 こうして開票作業が遅れている裏で、どんどん進んでいる動きがある。与党のゴルカルを中心とした、連立政権を模索する動きである。

 インドネシアで今回行われたのは、国会議員選挙だが、これで大統領が決まるわけではない。大統領は、500人の国会議員全員に、地方議会の代表と各種職業代表の200人を加えた、700人の国民協議会で選出される。

 インドネシアの大統領は、絶大な権限を持っており、今の政治の最大の焦点は、誰が大統領になるかということだ。候補としては、今回の選挙でトップを走る闘争民主党を率いているメガワティ女史と、与党ゴルカルを率いている現職のハビビ大統領が有力で、2人の一騎打ちになる可能性が強い。

 国会議員選挙では、メガワティの党は、35%の得票率を得て、第一党になりそうだが、過半数を取っているわけではない。そのため、ゴルカルが他の有力政党と連立を組めば、メガワティ側を圧倒する可能性もある。

 そしてゴルカルにとっては、大統領選出までに時間があればあるほど、有利になる状況だ。

 インドネシアでは、スハルト失脚以来、イスラム教組織の力が大きくなっており、今回の選挙に参加した48政党のうち、19の党が、イスラム教を前面に押し出した政党となっている。

 ゴルカルのハビビ自身も、かつてスハルトに任命されて、全国的なイスラム組織のトップの座にいたことがあり、イスラム系の各党にアプローチしやすい。

 イスラム教指導者の中には「メガワティのブレーンには、キリスト教徒や中国系が多く、反イスラムだ」とか「世界最大のイスラム教人口を抱えるインドネシアの元首に女性がなるのはふさわしくない」などと主張する者もいる。

 (パキスタンやバングラディシュといった、インドネシアよりイスラム色が強い国々で、女性が元首になったことがあるという事実は、故意に無視されている)

 このような状況なので、ハビビとイスラム各党が、反メガワティで結束する可能性が強くなっている。

●メガワティは超然としているが大丈夫か?

 一方、メガワティ本人は、他の政党との連立を模索する動きを、ほとんどしていない。政界を挙げて、誰と誰が連立するかという謀議を巡らせているときに、彼女は最有力者であるにもかかわらず、政治的な会合への出席をほとんど断り、シンガポールでショッピングにいそしむ姿を写真に撮られ、新聞の1面を飾ったりしている。

 メガワティは、インドネシアの「国父」といわれるカリスマ的な初代大統領だったスカルノの娘であり、彼女の政策は、「非宗教」「インドネシア民族主義」「人々相互の助け合い」などを柱としたスカルノの思想の、かなりの部分を受け継いでいる。

 父親のカリスマの影響もあり、ジャワ島・バリ島といったインドネシアの主要地域で、圧倒的な人気がある。そのため、メガワティが政界での連立騒ぎを超越して沈黙していることは、かえって彼女自身の権威づけとしてプラスだとの見方もある。

 だが、国会と国民協議会との二重構造によって、複雑なシステムとなっているインドネシアの大統領選出プロセスの中で、現在までのメガワティの優位は、今後ゴルカルによって転覆される可能性もある。そして、開票に時間がかかり、国民協議会の開催が遅れれば遅れるほど、メガワティには不利になる。

 そのため筆者は、インドネシア選挙の開票作業の異常な遅れの裏に、ゴルカルの動きがあるのではないか、と感じている。スハルト失脚まで、すべての選挙を取り仕切ってきたゴルカルは、インドネシアで選挙を行う場合のコツを知り抜いている、唯一の組織である。

 もし、最終的にメガワティではなく、ハビビが大統領に再選された場合、どうなるか。インドネシアの一般の人々の多くは、「メガワティを支持し、ゴルカルとハビビを嫌悪するというのが、国民のコンセンサスであるはずだ」と感じている。

 そんな期待が蔓延しているなかで、ゴルカルが勝ってしまうと、人々は「またゴルカルが不正をやったに違いない」と考えて絶望して怒りを爆発させ、暴動に結びつく可能性がある。インドネシア政治の不穏さは、今後も続きそうだ、と筆者はみている。

 


 

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