エイズでアフリカ南部が存亡の危機

6月23日  田中 宇


 6月3日、南アフリカで総選挙があり、ネルソン・マンデラ大統領の後任として、マンデラ氏と同じ与党ANC(アフリカ民族会議)が立てたムベキ氏が当選した。

 黒人差別が終わって5年が過ぎた南アフリカは、どんな状況になっているのだろう。そんな疑問から、この選挙の結果と、南アフリカの現状について書こうと決め、欧米などの報道記事を集め、読み始めた。

 読んでいくうちに、現在の南アフリカが抱える、いくつかの問題が分かってきた。そしてその中に、エイズの問題があり「南アフリカの成人のうち12%にあたる300万人が、HIV(エイズを発症させるウイルス)に感染しており、その割合は今後数年のうちに、近隣のジンバブエやボツワナ同様、25%にまで上昇するかもしれない」などと書かれていた。

 これは、衝撃だった。このままでは、アフリカ南部の国々は、エイズで滅びてしまうではないか。一体、どうしてこんなことになったのだろう。南アフリカの選挙について書くより前に、アフリカのエイズについて調べて書いた方が良いと考えて、資料を集め直した。

 すると、昨年6月に発表された国連の報告書で、すでにアフリカのエイズ問題の深刻さが指摘されていることが分かった。

 昨年6月といえば、アジア経済危機がロシアなどに波及しそうな気配を見せ始め、アジアではインドネシアで暴動が起き、スハルト大統領が失脚したころだ。筆者は、国際金融危機について分析することに気を取られ、エイズ危機にまで目が及ばなかったというのが実情だった。

 警鐘が鳴らされてから1年が過ぎているのだが、いまだに問題の深刻さは変わっていない。そして、その後さらに、カンボジアやインドといったアジアでも、エイズが広がりつつあることが、指摘されている。

 エイズの問題はもはや、先進国での拡大に歯止めがかかった一方で、発展途上国の貧しい人々の間で、深刻化しており、世界的な問題となっている。

●冷戦後の経済自由化がウイルスを広げた?

 エイズを発症させるウイルス「HIV」(ヒト免疫不全ウイルス)は、1940-50年代ごろに、アフリカ南部のコンゴ(旧ザイール)にいたチンパンジーから、人間に感染したと考えられている。

 その後10年ほどかけて、コンゴのジャングルに住む人々が発症し始めるとともに、内戦のためにこの地域を行き来しているゲリラ軍や政府軍の兵士、トラックなどの運転手や商人たちの体を経由して、アフリカ一帯へと感染が広がった。1970年代には、アメリカやヨーロッパへも広がり始め、エイズという病気とHIVの存在が知られることになった。

 そして1990年代後半になって、エイズはアフリカ南部の国々にとって、最も深刻な問題となった。ボツワナでは、HIV感染者の推定数は、1992年には国民の10%だったものが、1997年には25.1%にまで増えた。

 若い女性の間で、特に感染率が高く、1997年の都市部での調査では、検査を受けた妊娠中の女性のうち43%が、HIV感染していた。隣国のジンバブエでは、1995年の調査で、妊婦の32%が感染していた。

 アフリカでは、1970年代には、HIVに感染している人がすでにいたのだが、深刻化したのは、1990年代に入ってからだった。なぜここで、20年近いタイムラグがあったのか、アフリカのエイズに関する報道記事や、国連、NGOのサイトなど、インターネット内で回って資料を読んでみたが、その理由について分析しているものは、見つからなかった。

 そのため正確なことは分からないのだが、筆者が考えるに、1990年代になってアフリカでHIV感染が広がったのは、冷戦終結後のこの時期、世界の他の地域と同様、アフリカでも経済の自由化が進められ、人々の移動が以前より多くなったことが、関係しているのではないか。

 エイズは、旅行者が多く集まるところで、感染が広がりやすく、たとえば世界的な観光地として有名な、ジンバブエ北部の「ビクトリアの滝」周辺の地域では、HIV感染が成人住民の40%近くにまで達しているという。

 また、各国の港や国境の町でも、感染率が高い。いずれも、男性旅行者や運輸業界で働く男たちの買春が、感染を広げたのではないかと思われる。

 参考:アフリカ南部の地図

●「自由」とともに南アフリカに広がったHIV感染

 「自由化」がエイズ問題を広げたケースとして最も皮肉なのは、南アフリカだろう。

 1990年にアパルトヘイトが終わり、それまで「ホームランド」と呼ばれる特定の狭い居住地に押し込められ、許可なく外へ出ることができなかった黒人の人々に、行動の自由が与えられた。また、マンデラ政権の政策により、風俗産業などに対する規制も、緩やかになった。

 これらのことが、アパルトヘイト終了後の南アフリカで、HIV感染が増える一因となってしまった。南アフリカでは、最近の3年間で、感染者は2倍に増えた。南アフリカは、アフリカ南部の国々の中では最も工業化が進み、賃金はボツワナ、ジンバブエ、ナミビアなどの周辺諸国より高い。

 金やダイヤモンドの鉱山もあり、鉱工業の労働力として、周辺諸国からたくさんの人々が南アフリカへと出稼ぎに来ている。これらの人々が、南アフリカでの感染率を高め、さらに故郷の国々へとウイルスを持ち帰る、という状況を作ることになった。

 もう一つ、アフリカ南部でのエイズ禍の広がりのきっかけとなったと思われるのが、コンゴとその周辺諸国での内戦である。HIVの感染者の割合は、軍隊において、特に高い。ジンバブエでは、兵士の80%が感染しており、アンゴラ軍では感染率50%といわれている。(英国エコノミスト誌 99年1月2日の記事による)

 軍は内戦の発生とともに移動し、そして休暇になれば兵士は買春する、という行動を取るため、HIV感染を広げる役割を果たしたと考えられる。

●エイズを病名で呼ぶことさえ避ける人々

 こうした情勢の変化以外にも、アフリカ南部にHIVが広がった理由が、いくつかある。

 その一つは、人々のエイズに対するタブー視が非常に強いため、HIV感染者が、感染の事実を周囲の人に知られると、解雇されたり、家族ごと集落から追放されたり、果ては近所の人々から投石や殴打され、殺されてしまうことすらある。

 また、家庭内でも、妻や息子が感染していることが分かると、接触しただけでウイルスが移ると考えて、感染した家族を家に入れず、家屋から離れた納屋などに一人で生活させて看病しないため、発症と死が早まってしまうという問題もある。

 このため、人々は、自分が感染していたとしても、家族にも誰にも言わない、という場合が多い。死に際しても、もしエイズ関連の病気で死んだと診断されると、葬儀屋から埋葬を拒否されてしまうため、医者がそうした差別を避けられるよう考慮して、死因をエイズと分かるように書かないケースが多い。

 ジンバブエなど、南部アフリカでは、埋葬の主流は土葬であり、人々は骨が粉々になってしまう火葬を嫌う傾向がある。だが葬儀屋から埋葬を拒否された場合、入院していた病院では、遺体を火葬してしまう。

 ジンバブエの人々は、貯金をする余力がない人でも、自分や家族が死んだときに備え、葬式費用を出してくれる互助会に、定期的にお金を出している。毎月いくらかずつ積みたてておくと、死んだときに互助会が葬式費用を出すという、葬儀代の保険のようなものだが、ここ数年、エイズによる死者が急増した結果、財務状態が破綻してしまう互助会が相次いでいる。

 残っている互助会も、月々の会費は、貧しい人々が払える額を超えてしまっており(月200円程度だったものが、2000円以上になっているという)、葬式も出せない人々が増えている。

 こんな事態になっても、ジンバブエの人々は、エイズのことを「イヨヨ」と呼んでいる。「イヨヨ」とは、ジンバブエの主要言語であるショナ語で「あのもの」という意味だ。つまり人々は、エイズを病名で呼ぶことさえ、避けているのである。

 ジンバブエを始めとするアフリカ南部の人々は、エイズの発症を抑える高価な薬を買う経済力はなく、感染していることが分かったら、死を待つしかない。

 ジンバブエでは、人々の平均寿命は、1993年には61歳だった。だが、今では49歳にまで縮まっている。このままだと、数年後には40歳程度まで、短くなってしまうと予測されている。人々の寿命が長くなっていくことが、医学の進歩の一つの効果だとしたら、これは歴史が100−200年、逆戻りしてしまうことに等しい。

●男尊女卑の傾向も一因

 さらに問題なのは、アフリカ南部の人のほとんどは、HIV感染しているかどうか、検査する経済的な余裕もないことだ。社会的な抑圧がきついので、感染しているかどうか、知ることへの抵抗感もある。そのため「成人の25%が感染」といった数字も、一部の人に対する検査結果からの概算である。

 HIV感染については、出産の際に調べることが多いが、妻が感染していると知るや、逆上して暴力に及ぶ夫も多いという。そして、自分自身はHIV検査を受けることを拒否し、妻が他の男からウイルスをもらってきたと主張し、妻の「不貞」をなじる夫もいる。

 その挙句、夫が先に発症し、妻の看病だけが頼りだが、妻もまた発症して看病は楽ではなく、最後には夫婦とも亡くなり、孤児だけが残される、という悲劇が、アフリカ南部のあちこちで展開されている。

 このように、男尊女卑の傾向が強いことは、若い女性の感染者が多いことにも関係している。これは、女性が強姦され、その結果HIVに感染させられてしまうことが多い、という意味である。強姦の際、性器を傷つけられ、その傷からHIVウイルスが体内に入っていくケースが多いと考えられている。

 ケニヤでの調査では、若い女性の4人に一人が、強姦によって処女を失ったと証言している。そして、15歳から19歳までの若者のうち、女性の22%がHIV感染している一方、男性の感染率は4%にとどまっている。

 (AIDS in Africaによる)

 また、コンドームを使うことを拒否する男性が多いことも、感染を広げてしまう原因となっている。

●アジアでも広がる可能性

 エイズ問題は、アフリカだけでなく、アジアの貧しい人々の間でも、広がりそうな気配を見せている。カンボジアでは、HIV感染者は、人口の5%にあたる50万人程度だと概算されていたが、カンボジア政府は昨年6月、実際には感染者は、倍の100万人程度になっている、と発表している。

 また、インドのタミルナード州などでも、これまでHIV感染者はほとんどいないと思われていたが、農村部の人口の2%が感染しており、有効な政策が取られない場合、感染者が増えていくおそれがある。

 一方、暗い状況が多い中、HIV感染者の増加を食い止めた例もある。

 ウガンダでは、1994年には成人の感染率は13%だったが、97年には9.5%にまで減っている。国を挙げてキャンペーンを行う一方、学校では、それまであまり行われていなかった性教育に力を入れた結果、感染の増加に歯止めがかかった。

 また、タイやタンザニア、セネガルなどでも対策が取られ、感染者の増加に歯止めがかけられている。

 アフリカ南部のエイズの現状は、非常にショッキングではあるが、拡大に歯止めをかけた国もあるということは、克服できる可能性もあるということだ。今後もこの問題について、機会があるごとに報告していきたい。

 


 

参考にした英文記事など

Yahoo! アフリカのエイズ特集コーナー

ニューヨークタイムス、アフリカのエイズ禍特集

Parts of Africa Showing H.I.V. in 1 in 4 Adults

AIDS Is Everywhere, but the Africans Look Away

Africa's Culture of Mourning Altered by AIDS Epidemic

PAPUA NEW GUINEA - AIDS looms as biggest killer

AIDS SILENCE Shame: the new apartheid

How HIV Caught Fire In South Africa - Part One

Part Two

アフリカ南部の地図

 

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最新エイズ情報

 






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