「コミュニティ通貨」が世界危機を救う?1999年2月27日 田中 宇 | |
ある特定の地域(コミュニティ)でしか使えない通貨(商品券)を、日本では「地域振興券」というらしいが、この種の地域通貨は世界で2000種類も発行されているという。 この概算は、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校での研究調査結果なのだが、そのカリフォルニアのサンタクルズという町で2月下旬、アメリカやカナダなどで地域特定の通貨(コミュニティ通貨)を発行・運営している人々が集まる会議が開かれた。 その会議で話し合われたことのひとつは、はっきりした対策が打ち出せぬまま2年間近くにわたって世界経済を混乱させている国際通貨危機を解消するために、コミュニティ通貨が役立つのではないか、ということであった。 アメリカ・ニューヨーク州イサカ(Ithaca)という町のコミュニティ通貨「イサカアワーズ」(Ithaca Hours)は1991年の設立で、アメリカの中でも老舗の存在だ。彼らのインターネットサイト(http://www.lightlink.com/hours/ithacahours/)には、アメリカをはじめカナダや欧州で運営されている200近いコミュニティ通貨がリストアップされている。(リストはこちら) サンタクルズの会議に集まったコミュニティ通貨の代表のほとんどは、このリストに含まれていると思われるのだが、彼らのシステムは、日本の地域振興券とは大きく異なる部分がある。 地域の振興を目的にしている点は同じなのだが、日本の地域振興券が「役所から住民への贈り物」つまり「下々がお上からいただくもの」という位置付けであるのに対し、アメリカのコミュニティ通貨は「失業者が技能や働く気を持っているのに働けないのはもったいない」という考え方からスタートした「市民の相互扶助システム」である。日本では消費のために発行したが、アメリカでは稼ぐために発行されている。 ●マルクス主義の考え方と似ている イサカアワーズの場合、稼ぎたい人は、運営事務局に申し込むと、会員リスト(電話帳)に、自分の得意な仕事の種類ごとに掲載してくれる。ベビーシッターや老人のケア、マッサージ、カウンセリング、診療、弁護士活動、自動車や家の修理などサービス業のほか、農産物や雑貨の直販、小売店など、いろいろな職業が載っている。すでに通貨を持っている人は、この電話帳を見て、使い道を考える。 仕事をする人は、1時間ごとに「1アワー」ずつ代金を得る。イサカだけでなく、コミュニティ通貨の多くが「アワーズ(Hours、時間)」とか「タイムダラーズ(Time Dollars、時間ドル)」などという名前を使っているのは、労働時間を単位として価値を計っているからだ。 その意味ではマルクス主義の考え方と似ている。人々の平均時間給が10ドル前後であることから、コミュニティ通貨の多くは1アワーが10-12ドルの比率でドル札と交換できるようになっている。 イサカの町では、レストランや映画館、地元系スーパーなどの支払いにこの通貨を使うことができるし、地元の信用金庫では、住宅ローンなどの返済にも使える。アパートの家賃支払いにも使えることが多い。 ボランティアの気持ちが強い人は、お年寄りや障害者の介護をやって通貨を貯め、貯まったところで老人ホームなどに寄付すれば、二重の貢献ができるという仕掛けだ。 こうしたコミュニティ通貨がアメリカで生まれたのは、1930年代の大恐慌の時だった。失業者どうしの相互扶助活動として始まり、デフレのため発生したドル札不足に対する補助通貨としての役割も担った。 現在、アメリカ経済はかつてない好況といわれるが、行政の民営化に伴う福祉の削減などの影響で、貧富の格差はじりじりと広がり、貧しい人々が増えている。 また経済のグローバル化や競争激化で大企業しか生き残れなくなったことなどの反動で、アメリカでは1990年代に入って、コミュニティの衰退が起きている。そんな中で、失業対策とコミュニティ活性化のために、コミュニティ通貨が見直されている。 ●アメリカならではの発想 国際通貨危機は、アジアなどの通貨の対ドル為替が暴落したのであって、ドル自体は安泰であり、アメリカは今のところ、国際通貨危機の悪影響を比較的受けていない。だから、アメリカの人々が通貨危機の影響を恐れてコミュニティ通貨の可能性を話し合うというのも、おかしな話にも思える。 だがアメリカ以外の国、たとえば日本や韓国、インドネシアなどでは、コミュニティ通貨のシステムが、失業対策や為替の不安定さを回避する方策として使えるかもしれない。国家の通貨は暴落しても、コミュニティ通貨は人々の労働力を担保にしているため、暴落とは無縁だからだ。 コミュニティ通貨の発想は、国家によって作られた大きなシステムが抱える欠陥を乗り越えるものとして、草の根的なシステムを作るという考え方に基づいている。その点で、原発の代わりに風力発電やバイオマスを増やしたいという市民運動の考え方と共通している。 冷戦後の「国際金融資本」を生んだアメリカが、その後「コミュニティ通貨」の運動を育てるというのは、何となく、広島と長崎に原爆を落としたアメリカが、その後「反核平和運動」の考え方を日本に植え付けたという歴史を思い起こさせるものでもある。 良くも悪くもアメリカという環境は、大きなシステムを発明できる人間を育てる場所であり、その点で日本とは全く違うようなのである。
関連サイト(英語)ワシントンDCに本部がある全米組織のコミュニティ通貨 マサチューセッツ州にあるコミュニティ通貨の組織 ●Berkeley Region Exchange And Development カリフォルニア州バークレーのコミュニティ通貨
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