ブラジル発の世界金融危機第3波が起きる?

99年1月7日  田中 宇


 1997年秋、東南アジア発の通貨危機が韓国に波及し、韓国政府はIMFから融資を受けるために、緊縮財政をとらざるを得なくなった。その余波で韓国経済が急速に悪化していったとき、韓国ではレストランの安いコースが「IMFメニュー」などと呼ばれたり、家族行事を例年より節約して行うことを「IMF方式」と呼んだりして、人々に窮乏生活を強いたIMFに対する皮肉と怒りを込めた命名方が流行した。

 それから1年強、今度は地球の裏側で、「IMF型」のお祭りが準備されている。2月に開かれる「リオのカーニバル」である。

 昨年8月、アジアの金融危機がロシアに波及したとき、「次はブラジルが危ない」と言われ出した。ロシアと同様にブラジルも、巨額の財政赤字を抱える一方で、通貨レアルをドルの相場になかば強制的にリンクさせ、為替の安定を維持してきた。投機筋がレアル売りドル買いの攻撃をかければ、ブラジルの為替相場は崩壊してしまうという懸念が世界に広がった。

 これに対してブラジル政府は、IMFと緊急協議を行い、政府支出の大幅カットと増税によって、財政赤字を3年間で半減させるという緊縮計画を打ち出した。それを支援するかたちで、IMFが410億ドルの資金援助を実施し、いざとなったらIMFがブラジルを守るという姿勢を、世界に明らかにした。

 10月末、この政策を発表したことにより、ブラジルの為替や株の相場は安定を取り戻した。だが、リオのカーニバルの受難は、ここから始まった。

●貧しい人々を直撃するIMF政策

 政府の支出が減って、公共事業をあてにしていた多くの企業が経営難に陥った。外国の投資家がブラジルから資金を引き上げるのを食い止めるため、金利を高く設定したので、借り入れ金をしている企業の利払い負担も大きくなり、倒産が増え、失業者も多くなった。倒産につながる手形の不渡り率は、1994年に1000分の1.3だったものが、今では1000分の9.5まで増えている。

 リオのカーニバルには、山車(だし)や踊り子たちの衣装などに、多くの資金を必要とする。カーニバルにはリオデジャネイロ市内の町内会や企業などの組織ごとに踊りの練習をして参加するが、各組織は企業からの寄付を集め、制作費にあててきた。

 ところが今年は、経営危機でカーニバルに寄付をするどころではないという企業が増え、ほとんど寄付を集められない参加組織が続出している。新しい山車を作ることもままならないので、昨年や一昨年に使った山車を再利用するといった、苦しい対応を迫られている。

 金がないのはカーニバルだけではない。ブラジルの貧しい人々の多くが、政府の緊縮政策によって、生活苦を感じている。ブラジルの貧富の格差は世界最大級で、人口の10%の金持ちが、国内の富の47%を所有している一方で、人口の50%を占める貧しい人々は、合計で富の13%しか持っていない。

 社会福祉や公共交通など、政府支出で成り立っている事業は、金持ちより貧しい人々にとって役に立ってきたわけだから、政府支出のカットは、貧しい人々に、より大きな悪影響を与える結果となっている。

 政府支出の削減は環境保護費にも及んでいるため、1992年のブラジル環境サミットを機に強化されていた、アマゾンの森林保護などの環境行政も、縮小しつつある。

●財政建て直し計画に失敗の可能性

 しかも、ブラジル政府の財政建て直し計画は、成功しない可能性が、しだいに高まっている。政府は増税によって収入を増やそうとしたが、一方で利益を出せない企業が増えているため、法人税の収入が減ってしまうことは確実で、税収全体では思ったような伸びが期待できなくなっている。

 またブラジルの議会では、カルドソ大統領を頂点とする現在の政府のやり方に反対している議員が多く、政府が提出した増税などに関する法案が通らない。昨年末以来、小切手税の引き上げや、公務員年金の掛け金アップなどの法案が、議会で否決されている。

 今後、財政再建がうまくいかないことがはっきりしたら、欧米や日本などからブラジルに投資・融資されている資金の流出が激しくなり、現在はドルにリンクして相場を保っている通貨レアルが切り下げに追い込まれるかもしれない。

 レアルが大幅に切り下げられると、海外投資家のブラジルに対する信頼が決定的に失われてしまう。昨年8月の通貨切り下げで金融が崩壊したロシアと同様の結果である。

 そうなると、アルゼンチンやチリ、ペルーなど、南米全体の経済にも、深刻な影響を与えることになる。南アメリカ大陸には、約3億人が住んでいるが、ブラジルにはその半分以上の1億6000万人がおり、南米市場におけるブラジルの影響力は巨大なものだからだ。

 南米経済の沈没は、南米と密接につながっているアメリカ経済をも直撃する結果になるかもしれない。そうなると、昨年8月に続く、国際金融危機第3波が発生することになる。

●ブラジル現代史にみるアメリカの間接支配

 IMFは、今回のブラジルに対してと同様、97年に金融が崩壊したインドネシアに対しても、融資の見返りに政府支出の削減と高金利政策を要求した。そしてIMFは、融資を何回かに分けて実施し、約束通りの政策を実施できなくなったインドネシア政府に対し、「約束通りにやらないと、残りの融資金を渡さない」と、厳しい態度をとった。

 その結果、政府は無理やりに生活必需品に対する補助金をカットせざるを得なくなり、国民の怒りが爆発してスハルト政権が崩壊し、今に至るまで混乱に収拾がつなかくなっている。

 この時の教訓から、IMFはブラジルに対しては、相手の従順さを見ながら金を少しずつ出していくという、従来の嫌われやすい手法をとらず、ブラジルには前倒し傾向で融資していくことにしている。

 だが、この程度の「甘い顔」で、IMFとその背後にいるアメリカに対する、ブラジルの貧しい人々の反感が消えるわけではない。というのは、ブラジルという国は、アメリカからの間接支配によって人々が苦しめられてきた現代史をもっているからだ。

 ブラジルでは1950年代、クビチェックという人が大統領をしていた時期に、「大統領任期の5年間で50年分の発展を実現する」という国家大開発プロジェクトが進められた。ほとんど無人の丘陵地帯だった内陸に、新首都ブラジリアが建設され、人口の多い沿岸地域と内陸部を結ぶ高速道路が作られたりした。これらのプロジェクトには、アメリカを中心とする欧米企業が深く関わっていた。

 だが、巨額の建設費を賄うために紙幣の増刷をしたため、激しいインフレが起きた。そのため、次の大統領の時代になって、大開発プロジェクトは欧米企業に利益をもたらすだけで国民のためにならない、という考え方が採用され、開発を縮小し、ブラジルで事業を展開する海外企業が本国に利益を持ち出すことを制限するなど、反米的な政策がとられた。

 冷戦の最中だった当時、反米政策はそのまま社会主義寄りの政策をとることを意味した。上流階級の人々の間には、ブラジルが社会主義化することを恐れる声が強まった。アメリカはその不安に乗るかたちで、ブラジルの軍上層部に働きかけを行い、軍は1964年にクーデターを起こし、政府を倒して軍事政権を作った。

 軍政となってからは、再び積極的な開発政策がとられ、巨大なダムやアマゾンハイウェイなどが作られた。だがインフレ体質は改まらず、ブラジルでは過去30年間に、デノミネーション(通貨一新)によって、7回もお金の単位の名前が変わっている。欧米資本が入った企業が開発で儲けをあげる一方で、貧しい人々は開発の恩恵をあまり受けず、貧富の格差が広がっていった。

 1980年代に入ると、軍政による開発重視の政策のマイナス面が注目されるようになった。アマゾンの自然破壊や、民主活動家に対する弾圧や人権侵害などが、欧米の人々から批判されるようになった。そろそろ冷戦がおわるので、社会主義化の脅威も減った1985年ごろになって、アメリカはブラジルの軍政を改めるべきだという態度に変わり、大統領の直接選挙が初めて行われ、民政に移行した。

 民政移管後も、インフレはおさまらなかったが、1994年に現職のカルドソ大統領が就任してからは、通貨を米ドルとリンクさせる政策が成功して、インフレがおさまった。1994年には月に50%以上のインフレ、つまり月初に100円だったものが月末には150円以上になる状態だったのが、昨年には月3%にまで改善された。

 経済が安定し、人々の生活も少しずつ向上してきたため、ブラジルの将来は期待が持てる、と世界の投資家から思われるようになっていた。だが、そんな希望も、一昨年以来の国際金融危機の波及によって、打ち砕かれつつある。

 






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