変質するアメリカの北朝鮮政策

98年12月14日  田中 宇


 11月始め、アラスカの沖合いにあるアメリカ領のコーディアック島(Kodiak Island)から太平洋に向けて、テスト用のミサイルが発射された。アメリカ中の軍事レーダーが、このミサイルをどのように捉えることができるかを、確認するためのテストだった。

 この実験はアメリカ国内だけで行われたが、その意味は、日本や韓国など、東アジアに住んでいる人々にとって、見逃すことのできないものだ。発射されたミサイルのコースは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)からロサンゼルスに向けてミサイルを発射したときに通るコースの一部だった。

 米軍は、北朝鮮がロサンゼルスにミサイルを撃ち込んだ場合に、アメリカのレーダー網がどのくらい早く的確にミサイルの飛来をキャッチできるかを調べたのである。

 8月末、北朝鮮が日本上空を通るコースでロケットを打ち上げたとき、日本では「北朝鮮のミサイルで殺されてしまうかもしれない」といった論調があふれ、国中が危機意識を高めた。だが、アメリカ政府のそのときの反応は、冷静、または冷ややかなものだった。

 「北朝鮮がミサイル攻撃の実験をした」と憤る日本に対してアメリカは「ミサイル実験ではなく、人工衛星の打ち上げかもしれない」という情報を流し、日本側の興奮に冷や水を浴びせた。(そして結局、北朝鮮発射したのが何だったのか、現在に至るまで明確になっていない)

 このときアメリカが日本側の危機感を鎮めようとしたのは、北朝鮮が孤立化を強めて、自爆的な攻撃に出ないよう、北朝鮮の行為に対して寛容な対応を取るという融和政策をとっていたからだった。

 ところが、それから2ヶ月、アメリカは、自らの融和政策の効果に対して、疑問を抱くようになっている。融和政策を続けても、北朝鮮の外交上の危険さは増すばかりだ、という考え方がアメリカで強くなっている。その表れのひとつが、冒頭で紹介した対ミサイル防空演習だったといえる。

●北朝鮮の「金よこせ」戦略に負けたアメリカ

 アメリカの北朝鮮に対する融和政策の中心にあるのは、1994年にアメリカと北朝鮮が結んだ軽水炉建設をめぐる合意だ。この合意は当時、自前の原子炉を建設してプルトニウムを抽出し、核爆弾を作ろうとしていた北朝鮮の計画を、止めさせるためのものだった。

 「原子炉建設を止めたら、電力不足におちいる」と主張する北朝鮮に対して、アメリカは、プルトニウム抽出がほとんど不可能なアメリカ型の軽水炉を作ってやるから、自前の原子炉を取り壊せ、と提案した。

 さらに、軽水炉が完成するまでの間の電力不足を補うために、北朝鮮に対して石油を無償援助すると約束した。

 ところが、この協約には「ミサイル」に関する項目がなかった。核弾頭は作れないようにしても、ミサイルがあれば、その先に化学兵器や通常の爆弾を取り付けて撃てば、日本や韓国、そしてアメリカを攻撃することができる。

 北朝鮮はミサイル開発に力を入れ、パキスタンやイランなどに輸出した可能性が強い。今年、パキスタンが核実験を成功させた後、アメリカは北朝鮮に、ミサイル開発を止めるよう求めた。だが、北朝鮮の答えは「ミサイルを売らないと、国民を食わせていけない。5億ドルくれたら、考えてもいい」というものだった。アメリカは、金を出すことを断った。

 さらに、今年の夏以降、北朝鮮が新たな核施設を作っているのではないか、という疑惑が持ちあがった。

 アメリカの偵察衛星が、北朝鮮の自前の原子炉がある地域の近くで、巨大な穴が掘られ、土木工事が進められていることを発見した。これは、新たな核兵器開発の施設かもしれない、ということで、アメリカは北朝鮮に対して、この穴を査察させるよう求めた。

 ところが、北朝鮮の答えはまたもや「査察させる代わりに、3億ドルをよこせ。それから、もし査察の結果、核兵器用の施設ではないことが判明したら、北朝鮮の国家の名誉を傷つけた損害賠償として、別途金を出すという契約書にサインしろ」と言ってきた。

 94年の合意書には、アメリカが北朝鮮の核疑惑施設を査察できる、という条項もまた、なかったのである。アメリカは北朝鮮の「金よこせ」戦略に対抗できず、黙るしかなかった。

●北朝鮮軍の弱体化を突いて「北進」?

 しかも、実は94年の合意事項を守っていないのは、北朝鮮ではなくアメリカの方だった。

 アメリカでは、北朝鮮にあげると約束した石油を買うための予算案が、共和党の反対によって議会を通らず、その点で北朝鮮との約束を守れないままになっている。94年の合意だと、北朝鮮は、約束どおり石油を受け取るまでは、自前の核開発を続けても良いことになっている。

 つまり、石油に関する約束をアメリカが守れない以上、北朝鮮の巨大な穴の中で作られているものが核施設だったとしても、合意違反とならないのである。

 こうしたことが重なった結果、アメリカ政府は、94年合意に書いてあることを実行しないという選択肢を検討するようになっている。つまり、軽水炉も完成させないし、石油もあげない、ということだ。

 その一方でアメリカ軍は11月、「北朝鮮軍の力は、以前よりはるかに弱くなっている」という報告書をまとめた。

 かつて米軍は、北朝鮮軍が38度線を突き破って南下してきたら、米軍と韓国軍が反撃して、北朝鮮軍を38度線以北に後退させるまで3-4週間かかる、という予測を出していた。

 だが、冷戦終結後の10年間で、北朝鮮では武器のスペアパーツが不足し、食糧不足もあって、軍事訓練も以前の半分から4分の1しか実施できていないという。そのため今、北朝鮮軍が攻めてきても、ほとんど南下しないうちに米韓連合軍によって叩きつぶすことができるだろう、と報告書は述べている。

 この報告書からは、「北朝鮮軍は弱くなったから、こちらから攻撃してつぶすこともできる」という米軍の隠された主張を、読み取ることができる。

●朝鮮半島には危険すぎる米の「ミサイル撃ち込み」戦略

 こうした論調と歩調を合わせるように、11月末に韓国を訪問したクリントン大統領は、スピーチの中で「北朝鮮はイラクと同じくらい危険な存在だ」と述べた。

 これも、うがった見方をすれば、イラクと同じくらい危険な存在だから、アメリカが北朝鮮にミサイルを撃ち込んだとしても、それは正当化できることだ、という表明として受け取ることができる。

 これはまた、アメリカがイラクに対して、経済封鎖を続けてサダムフセイン政権に対するイラク国内の反感をあおるという、これまでのイラク封じ込め政策を止めて、代わりにイラクの軍事施設などを、公海上に浮かべた米軍艦から直接攻撃する方法に変えていくことを検討しているのと、同じ方向でもある。

 アメリカはすでに、アフリカでの2ヶ所の米大使館の爆破テロに対する「報復」と称して、アフガニスタンとスーダンに対してミサイルを撃ち込んでおり、経済封鎖より直接攻撃を重視するという方針転換は、すでに始まっているともいえる。

 とはいえ、中東と朝鮮半島とでは、事情が全く違う。朝鮮半島は、1950年代の朝鮮戦争以来の戦争状態が、今も終わっていない。そして、戦争状態という不安定な基盤の上に、経済成長を遂げた韓国が乗っている。

 アメリカが北朝鮮に一発ミサイルを撃ち込めば、再び朝鮮半島全体が、本格的な戦争になってしまう可能性が大きい。それは、北朝鮮の一部の指導者を除き、誰も望んでいないことだ。

 北朝鮮はすでに、アメリカの方針転換を察知し、11月後半から、国内で反米キャンペーンを強め、軍は臨戦態勢を続けている。アメリカがこれ以上、北朝鮮を刺激すること自体、危険な賭けを始めたことになる、ともいえる。





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