原子力発電所を閉鎖すべきか・議論ゆれる欧州98年10月6日 田中 宇 | |
エエじゃないか、エエじゃないか、エエじゃないか ゲンパツなしで、エエじゃないか・・・ ゲンパツ、つまり原子力発電所について考え始めると、筆者の頭の中では、この「エエじゃないか音頭」が回り始める。 今から7-8年前、筆者が関西で通信社の記者をしていたとき、高松にある四国電力の本社前で、この歌を歌いながら一日中踊っている数百人の人々を、「取材」という名目で見に行った。四国電力が、愛媛県に作った伊方原発で「出力調整試験」というのを実施したのだが、それが危険だということで、反原発の市民運動をする人々が、高松に結集し、ヨンデン(四国電力)前で反対集会を開いた。その時に歌われていたこの歌が、今も筆者の耳に残っているのである。 思えばこのころが、日本の反原発運動の一つのピークだったのかもしれない。大阪では、カンデン(関西電力)の前の緑地帯にテントを張って住みこんでしまう人々がいたし、京都には、核燃料を積んだトラックが高速道路を通るたびに、事前に情報をキャッチして車で追いかけて「監視」するグループもいた。 こんな書き出しをしたのは、本当に「ゲンパツなしでエエ」のかどうか、考えさせられる出来事が最近、ヨーロッパのスウェーデンとドイツで起きているからだ。 ●原発の寿命延長で覆された「2010年廃炉計画」 スウェーデンの最初の原発「バルセベック第1原発」(Barseback-1)が作られたのは1975年のことだったが、その翌年から反原発運動がさかんになった。 その後、1979年にアメリカのスリーマイル島原発の事故が発生。事故で壊れた原子炉の底を破って、核分裂が止まらず高温になった核燃料が地中深く沈みこみ、最後はアメリカから地球の反対側の中国にまで行ってしまう、という意味の「チャイナシンドローム」などという言葉ができ、原発事故を題材とした映画の題名となるなど、この事故は世界に衝撃を与えた。 この事故の後、スウェーデンでは、原発の必要性を問う国民投票が行われ、国民の60%が、現在動いている原発の寿命が終わったら、それ以上建てることはせず、原発をなくしていくべきだ、と答えた。この結果をふまえ、与党の社会民主労働党(SDP)は、「2010年には原発を全て廃止する」という方針を打ち出した。原発の寿命は25年とされていたから、2010年までには全ての原発が寿命を終えているだろう、という予測に基づくものだった。 だがその後、1991年になると、メンテナンス技術の向上などにより、原発の寿命は50年は持つ、という説が支配的になった。当時はちょうど、SDPより右寄りで、企業経営者からの支持を多く受けていた穏健党が政権を取っていた。 穏健党は、SDPが以前に決めた「2010年原発廃止方針」を改訂し、「2010年」という明確な時期を設けずに、「寿命がきたら廃炉にしていく」という方針に改めた。廃炉の方針を、これまでより後退させたのである。 1960年まで、スウェーデンの発電所の中心は水力だったが、大型ダムは山岳地帯の環境を破壊するため、1970年以降は作れなくなった。電力需要の増加に対しては原発を増設せざるを得ず、1980年の国民投票当時、合計6基だったスウェーデンの原発は、その後12基まで増えた。 ●政治的妥協の産物としての原発廃止 穏健党によっていったん緩和された廃炉計画は、その後1994年の選挙でSDPが政権に返り咲くと、再び廃止に向かう政策へと、大きく逆転した。94年の選挙で、SDPが単独で議会の過半数をとることができず、左翼党、緑の党、中道党の3党と協調して政権を組んだことが原因だった。 これら3党はいずれも、早く原発を廃止すべきだと考えており、3党はSDPと連立を組む条件として、最も古い「バルセベック第1原発」(沸騰水型軽水炉)を政権の任期が切れる1998年7月までに廃止し、次に古い「バルセベック第2原発」は2001年までに廃止することを、SDPに求めた。 スウェーデンは当時、国家財政が急速に赤字化していたため、SDPは社会福祉を削減して緊縮予算を組み、国家財政を再建する必要があると考えていた。だが、連立に参加した他の3党は、福祉削減に反対していた。 そこでSDPは、財政再建問題に関しては3党に譲歩してもらう代わりに、原発問題では3党の要望を受け入れることにした。これにより、世界でもあまり例のない「寿命がくる前に原発を廃炉にする」という政策が決定したのだった。(オーストリアに前例がある) バルセベック原発は、隣国デンマークの首都コペンハーゲンの近くにあり、デンマークの人々から強い廃炉要求が出ていた。この原発は、1990年代に入って一時運転を止め、1993年に運転を再開したが、再開が発表されたときは、デンマークが国を挙げてスウェーデンに抗議した。 原発が建てられている地域は、17世紀にスウェーデンがデンマークから武力で奪った土地だった。そのため、デンマークの内務大臣は「スウェーデンに奪われた土地を原発ごと取り返し、廃炉にしてしまう方法だってある」などと発言し、物議をかもした。 ●安全な原発を壊し、危険な原発から電力を買う・・・ とはいえ、いざ現実に原発を取り壊すとなると、現実は甘くなかった。原発はすでに、スウェーデンの電力の約半分を供給していた。もしこの分の電力を、石油や天然ガスの火力発電所で作ると、地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の排出量が増えてしまう。 12基すべての原発を廃止した場合、スウェーデンが排出する二酸化炭素は1990年の排出量の1.5倍になる、との予測もある。スウェーデンは「将来にわたって、二酸化炭素の排出量を1990年の水準以上には増やさない」と決めており、原発廃止は自らの決定に反することになってしまう。 緑の党などは、風力やバイオマスなど、エコロジー系の発電を増やしてカバーする、との方針を掲げていたが、それらの発電量を急増させることは難しかった。たとえば風力発電は、政府が補助金を十分に出したとしても、2005年にスウェーデンの総発電量のわずか0.3%分しか発電できない、と予測されている。これではとても、原発の代わりはつとまらない。 スウェーデンは、周辺の北欧・旧ソ連諸国との間で、国境を越えた電力の売買をしている。原発を止めた分、外から電力を買ってくることもできるわけだ。だが、バルト3国の一つ、リトアニアには、ヨーロッパで最も危険だといわれるチェルノブイリ型のイグナリナ原発(Ignalina)があり、スウェーデンはそこからも電力供給を受けることになる。 バルト3国など、旧ソ連の原発に比べると、スウェーデンの原発ははるかに安全だ。どうして安全な国内の原発を取り壊して、外国の危険な原発から電力を買わねばならないのか、という疑問が湧いてくる。むしろ、原発を廃炉にする費用(12基全部で184億ドルと試算されている)を使って、旧ソ連の原発の安全性を向上させた方が、ずっと現実的ではないか、との意見も出ている。 デンマークの火力発電所から電力を買ってくる、というオプションもあるが、この火力発電所から出る煙がスウェーデンに酸性雨を降らせている、と指摘されており、これも問題だ。 また、フィンランドは現在、スウェーデンから電力を輸入しているが、スウェーデンが廃炉に踏み切った場合のことを考えて、新しい原発建設を検討し始めている。これでは何のための廃炉か分からなくなってくる。 さらに問題なのは、バルセベック原発を所有している電力会社、シドクラフト社(Sydkraft)に対する説得が不充分であることだった。同社は国の安全基準をクリアして、政府から免許を受けて原発を建設、運転している。この原発は、合法的に運用されている民間企業の所有物なのである。 既存の法律では、政府が廃炉を命じる権限がないので、議会に頼んで特別法を通してようやく、廃炉手続きが進められるようになった。ところが、これに対して、EUの公正取引委員会にあたる組織は、そこまでして原発を廃炉に追いこむのは、電力業界の自由競争を妨害するものだと警告した。 この動きを受けて、シドクラフト社は、今年7月の廃炉手続き開始を前に、裁判所に手続きの差し止めを求めて訴えを起こした。裁判所はこの件を審理することを決め、7月から始まるはずだった廃炉手続きは、裁判の結果が出るまで延期されることになった。 1996年の世論調査によると、スウェーデン国民の80%は、地球温暖化を防ぐための手段などとして、原発が必要だと考えている。また国民の60%は、原発の寿命がくる前に廃炉にしてしまうのは良くない、と考えている。(「Nuclear Energy in Sweden」のデータ) 1997年5月には、全国の労働組合のメンバーが経営者や廃炉反対派の市民と一緒に手をつなぎ、バルセベック原発をまわりを一周するヒューマンチェーンを作り、廃炉に反対する姿勢を示した。 スウェーデンでは、労組が雇用を守るために、国の経済成長や企業の健全経営などについて政策提言をする。原発が廃止されれば電力料金が上がり、企業経営が苦しくなって失業者が増えるという観点から、廃炉に反対している。 ●今や環境問題が欧州の政治を決めている ドイツで起きていることも、構造はスウェーデンと同じだ。 ドイツでは9月27日の連邦議会選挙で、原発の廃止を方針として掲げている社会民主党(SPD)が、原発を推進してきたコール首相のキリスト教民主同盟(CDU)を破り、政権をとることになった。SPDの得票率は41%で、単独で議会の過半数をとることはできなかったので、緑の党(得票率6.7%)と連立政権を組む可能性が高いが、緑の党はSPD以上に性急な原発廃止を打ち出している。 SPDと緑の党の連立政権は、原発の廃炉を早めるに違いないとの見通しから、選挙以降、ドイツの電力関連株は急落してしまった。 とはいえ、SPDと緑の党では、廃炉にする方針は具体的なところでかなり違う。SPDは「2020年ごろまの原発廃止」を掲げている。ドイツの原発は1980年代までに建てられたものばかりで、寿命を40年とすると、2020年にはほとんどの原発が、すでに「自然死」していることになる。スウェーデンのSDPや穏健党と似た「現状維持」の方針である。 これに対して緑の党は、5-10年後には廃炉を実現することを、連立政権への参加条件にしている。こちらも、スウェーデンの緑の党や左翼党と似た方針である。 とはいえドイツの場合も、自国の原発を廃止すると、隣のフランスが原発で作った電力を買ってくることになってしまう。フランスは電力の80%を原発でまかなっている、世界最大級の原子力帝国である。ドイツだけ廃炉しても、あまり意味がない。欧州統合の関係で、来年2月にはEU内の電力売買が自由化されるから、その傾向はいっそう強まることになる。 そのためSPDは、緑の党が廃炉政策にこだわりすぎた場合、緑の党と連立を組むのをあきらめて、中道のCDUと連立を組む可能性も残っている。またSPDは、緑の党が廃炉問題にこだわるのをやめたら、党首のフィッシャー氏に外務大臣のポストを差し出す可能性もある。 緑の党が外交を担当したら、世界に二酸化炭素の排出規制強化を訴えるなど、「環境外交」を展開することができる。他の欧州諸国を率いて、地球環境問題に消極的なアメリカの態度を改めさせる、という野心的な展望も開けるというわけで、そのために原発問題で譲歩するかもしれない。 これなどは、ヨーロッパの政治が今や、環境問題抜きには語れなくなっていることの象徴といえるだろう。
関連サイト飯田哲也さんのレポート。廃炉合意が持つ良い面に焦点をあてている。 「げんぱつ」(第95号)の記事 スウェーデンの原発の歴史と現状などについて書かれたレポート。英語。
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