失われた古き良き時代を求めてさまようオーストラリア

98年6月24日  田中 宇


 オーストラリアは、移民や在留外国人の存在に対して寛容な社会だといわれる。

 イギリス連邦の一員としての誇りを持っていたオーストラリアは、1973年まで白人中心主義の政策をとり、周辺のアジアからの移民をほとんど受け入れていなかった。だがその後は、アジアから賃金の安い労働力を受け入れて経済成長する方針に転換し、積極的に移民を受け入れるようになった。それから25年、オーストラリア社会の人種的多様化は、世界でも他に類を見ないほど、摩擦の少ないものだった。

 ところがその状況は、昨年からのアジア経済危機とともに、大きく変わりつつある。6月13日、北東部のクイーンズランド州の州議会選挙が実施され、アジアからの移民受け入れ政策に反対している新興政党「ワン・ネイション」が23%の得票率をあげた。ワンネイションは大都市よりも地方で高い人気を獲得し、得票率が40%に達した地域もあった。

 ワンネイションは移民受け入れに反対しているだけでなく、失業率が白人などよりも高いアボリジニ(先住民族)に対して、政府が手厚い社会保障を行っていることにも反対。また、現在のような外国との強い経済関係を断ち切り、関税を高くして国内農産物を守るべきだ、といった主張も展開している。

 ワンネイションは、クイーンズランドを地盤として、同州選出のポーリン・ハンソンという国会(下院)議員が設立した政党で、これまではハンソン本人以外の議席は持っていなかった。ハンソン女史はもともと、現在与党となっている自由党の党員だったが、人種差別思想を持っているために除名され、その後ワンネイションを作った。

 ハンソン議員は1996年9月、国会での演説で、オーストラリアはアジアからの移民によって社会的な被害を受けており、今後はアジアからの移民受け入れは停止すべきだ、と発言した。この発言は、これまで人種対立を慎重に避けてきたオーストラリア社会全体にショックを与えたようで、その直後から、町を歩いているアジア系移民が、侮蔑の言葉を浴びせられるといったケースが増えた。

 だがオーストラリアのマスコミは、ハンソン女史を人種差別主義者として批判的に報道することが多く、オーストラリア国民のほとんどはハンソンを嫌っている、といわれた。昨年後半には、こうした人種差別的な兆候はおさまり、ハンソン支持者はすでにほとんどいない、と思われていた。

 だから、今回のクイーンズランド州選挙で、ハンソン女史のワンネイションが政界の一角に食い込む大勝利をおさめたことは、オーストラリア全体に大きな衝撃を与えることになった。

●田舎の白人層を代弁するハンソン女史

 とはいえ、オーストラリアが置かれている状況をみれば、ハンソン女史の主張はある部分で、白人マジョリティ、特に地方の農村部に住む白人層の不安を代弁しているといえる。

 オーストラリア経済にとって、鉱物資源や牧畜製品の対アジア輸出は、全輸出の6割を占める大きな存在で、輸出先のナンバーワンは日本である。そのため、日本を始めとするアジア経済が戦後最悪の状況にあることは、オーストラリア経済に大きな悪影響を与えている。オーストラリアから東南アジアへの輸出額(今年1-4月)は、昨年より24%もダウンし、オーストラリアドルの対米ドル為替も、過去12年間で最低の水準まで下落。失業率も上昇している。

 こうした中、最も大きな被害を受けているのが、牛肉や羊毛といった牧畜業、それから小麦やワインなどの農業にたずさわっている地方の人々である。穀物や鉱物資源など、国際的な商品相場が下落していることや、昨年からエルニーニョの影響で干ばつがひどいことも、オーストラリアの地方経済に打撃を与えている。

 地方に住む白人層の生活レベルは全般的に落ちており、生活苦や将来への不安の原因を、白人中心主義を捨ててアジアに接近した政策に求める動きにつながっている。

 人口構成でみると、クイーンズランド州の田舎の方には、アジア系移民はほとんど住んでいない。ワンネイションに投票した人々の多くは、アジア系移民から直接に職を奪われているわけではない。

 クイーンズランドには、日本人が好きなリゾート地ケアンズや、アジア系移民が比較的多い大都市のブリスベーンもあるが、こうした都市部では、ワンネイションの得票率は低かった。そこでは、ハンソン女史の考え方とは反対に、アジア系やアボリジニとの協調を重視する労働党が、高い得票率をあげた。

 クイーンズランドでワンネイションが高い支持を受けたのは、アジア系に対する直接の怒りが原因ではなく、もっと漠然とした不安に根差していると考えられる。

●新旧価値観のぶつかり合い

 その不安とは何か。一つ考えられるのは、オーストラリアでは白人中心主義だったころの「古き良き」時代の価値観が残っている田舎の社会と、国際化、自由化の世界的スタンダードを持っている大都市の価値観がぶつかり合っているということだ。

 アジア経済の急速な発展、冷戦崩壊と経済の自由化など、1980年代からの20年間で世界は大きく変わり、オーストラリアでも、シドニーやメルボルンなどの都市部は、こうした動きの渦中にあった。

 他人に寛容なオーストラリアの社会風土が好まれた結果、シドニーはゲイやレズビアンが世界的に多い町となっているが、こうしたことも、オーストラリアの大都市が、世界の動きとつながっていることを示している。

 一方、時間がゆっくりと進む田舎の人々は、外の世界で起きている急激な変化を、すぐに実感することは難しい。そこには、オーストラリアがイギリス連邦の一員であることに誇りを持つ人々がいる。

 彼らにとっては、アジア系移民が増えたり、アボリジニが大英帝国によって踏みにじられた権利を再び主張することは、あまり歓迎できることではない。ゲイやレズビアンは嫌悪すべき対象だ。羊毛や牛肉、鉄鉱石などの国際価格が下落していることも、国際組織の陰謀ということになる。そしてハンソン女史は、これら田舎の人々の価値観をすべて取り込み、ワンネイション党の方針としている。

 田舎の人々からは、オーストラリアの政治が、大都市の人々によって牛耳られているとみえる。オーストラリア政府は1980年代から経済開放を進め、アジアとの経済的つながりを深めてきた。

 1983年から96年まで政権をとっていた労働党のアジア重視政策に対する不安が強まり、1996年の選挙では自由党が連立を組んで勝利し、現在のハワード首相の政権が作られた。議会でのハンソン演説はその6ヶ月後だから、ハワード政権ができたときにはすでに、オーストラリアの急速な「アジア化」に対する反発が強まっていたことになる。

 それ以来、田舎の人々は、ハワード政権が大都市中心の政治から、田舎の人々を満足させる政治に転換することを待ち続けた。政府は、アボリジニによる土地の権利主張に歯止めをかける法律を議会に提案するなど、白人保守層に受ける政策を展開しようとしたが、その法案は野党の労働党系が過半数を占める上院で否決されてしまった。

 その一方で、自由主義経済を信奉する自由党のハワード政権は、電話会社や造船所など、これまで公共だった企業の民営化を進める政策を展開し、それがまた失業増加につながるとして、低所得層の失望をかっている。こうして政府への不信任が強まり、今回のクイーンズランド選挙では、ワンネイションが獲得した議席のほとんどは、与党自由党から奪ったものとなった。

 そして、昨年からのアジア経済危機で、オーストラリアにおけるアジアへの警戒感は、さらに強まることになった。もたもたしていれば、アジアとともにオーストラリア経済も沈没しかねない、と考える人々が増えて当然である。

●ナチス台頭を許した歴史がここでも?

 ハワード首相の自由党はまた、野党の労働党が政権に返り咲くのを防ぎたいあまり、ハンソン女史とワンネイション党を容認する方針を、今回の州選挙にあたって打ち出している。オーストラリアの地方選挙は、自分が1番支持する候補だけでなく、2番目に支持する候補も書くシステムになっている。自由党は、2番目の欄に労働党ではなくワンネイション党の候補者名を書き込むよう、支持者に要請したのである。

 かつてドイツでは、共産党の拡大を嫌う政治家たちがとった行動が、ナチスの台頭を許してしまった歴史がある。オーストラリアの現状も、それに似ている。

 そもそもハワード首相は、ハンソン女史の発言に以前から寛容だった。96年9月の議会でのハンソン演説に対しても、ハワード氏は非難声明などを出さず、マスコミや野党から批判された。

 ハワード氏は「ハンソン発言を非難することは、ハンソン女史を有名にして利するだけだ」と釈明したが、実のところ、中小企業の経営者など、自由党を支持する人々の中には、アジア系の人々が実業界で力を持ったり、アボリジニの人々が昔奪われた土地の権利を主張することに不安を抱く気持ちがある。ハワード首相は、反ハンソンの立場を明確にすることは支持者を失うことになる、と読んだのである。

 ハワード政権の任期は来年3月までだが、首相はその前に議会を解散し、早期選挙を実施することを検討してきた。選挙で再選を果たし、上院で一度は拒否されたアボリジニの権利を制限する法案を通すとともに、電話会社の民営化などに対する国民の信任を取り付け、世界が向かっている経済自由化の速い流れに遅れないようにする、という方針だった。

 だが、今回の州選挙の直後に行われた全国規模の世論調査では、自由党の連立与党への支持率が落ちて37%となり、労働党(40%)に抜かれるとともに、ワンネイションの支持率が11%まで上がった。選挙をしたら、自由党は負けてしまうかもしれないし、勝ったとしてもワンネイションにいくつかの議席を許せば、それだけで議会運営が現在より難しくなってしまう。

 とはいえ、アジア経済の窮状がさらに深刻化しつつある現状では、オーストラリア経済も今後さらに悪くなりそうなので、選挙を先延ばしにすれば、それだけ政府に対する不満も高まってしまうと予測され、厳しい閉塞状態に陥っている。

●オーストラリア人を批判する前に日本では?

 この記事を読んで、「オーストラリア人には失望した」と思う読者がいるかもしれない。だが、移民や在留外国人に対する処遇は、オーストラリアより日本の方がはるかにひどい。

 たとえば、在日朝鮮人に対して戦後、市民権などを一切与えずに「外国人」扱いし続け、今日に至るまでその点に関する見直しを行おうという機運は、一切ない。「外国人入居お断り」の賃貸住宅は、日本国内に無数にある。政府だけでなく、自分では善良だと思っている「市民」もまた、外国人には寛容でないところがある。

 こうした外国人に対する寛容さの欠如は、日本だけでなく、アジアのほぼ全域にいえることだ。インドネシアでスハルト大統領辞任の直前、中国系の人々が暴行を受けた(イスラム教徒によって中国系の女性たちに対する組織的な婦女暴行がなされたとのレポートもある)ことなど、その一例である。何年か前には、北京に住むアフリカからの留学生たちが、北京市民の黒人差別に抗議してデモ行進を行ったりもしている。

 しかも、もう一つ現代人が気をつけねばならないのは、「お前たちこそ差別者だ」という非難の応酬が、異なる国民の間や、異教徒間で発生しやすい時代になっているということだ。この手の感情的な応酬は、誰の得にもならない憎み合い、殺し合いにしかつながらない。

 オーストラリアの政治家たちは今、ハンソン議員の発言やワンネイション党の台頭により、人種対立問題が政争の中心課題になることを恐れている。政治の中に人種対立が持ち込まれると、人々は冷静さを失い、国家の将来をきちんと考えた結論を出しにくくなってしまうからである。

 今日まで、抑圧されてきた人権や人種、宗教の問題を強く主張することは、「解放」への道であり、いいこととされる価値観が流布している。だが世界のあちこちで、多くの声高な主張によって、社会が不安定になり、撃ち合いや爆弾テロが増え、経済が崩壊して人々が生活苦に陥っている。それをみると、むしろ人種や宗教の問題は声高に主張せず、穏便に進めた方がいいのではないか、とも思う。



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