開幕前から騒然! ワールドカップの意外な場外乱闘

98年6月1日  田中 宇


 ヨーロッパでサッカー大会を開く際、これまで地元の警察が最も心配してきたことは、試合の後で騒ぎ、ビルのガラスを割ったり刃傷沙汰をおこしたりする暴力サッカーファン「フーリガン」の存在だった。

 だが、6月10日からフランスで開かれるワールドカップサッカー大会は、少し事情が違うようだ。フランスの治安当局が最も神経をとがらせているのは、アルジェリアのイスラム主義者たちが引き起こす爆弾テロなのである。

 フランス政府の心配事は、それだけではない。フランスからの分離独立や自治拡大を求めるコルシカ島の過激派や、フランスとスペインにまたがるバスク地方の強硬派などが、ドカンと一発やるかもしれない。

 イスラム主義者たちがこの時期にテロを挙行したいのは、世界の目がフランスに集まっているからだ。会場周辺で事件をおこせば、世界中の注目を集めることができる。同じ動機から、コルシカやバスクのゲリラたちも動いているかもしれないのだ。

 さらに悩みの種は、この時期を狙って、飛行機や鉄道など運輸関係の会社の労働組合が、賃金引き下げなどに反対し、ストライキに入る構えをみせていることだ。

 今回のワールドカップは、フランス国内10都市で分散して開かれるため、飛行機や鉄道が動かなければ、観客ばかりでなく、出場チーム選手団の移動にも支障が出て、最悪の場合、試合が予定通り開けない、ということになりかねない。

 労組は「そんな事態を引き起こしたくなかったら、俺たちの賃金カットや解雇計画を撤回しろ」と、経営陣と政府に迫っている。大会が始まってもいないのに、フランスではあちこちで、すでに場外乱闘が熱く展開しているのである。分野ごとに、その乱戦ぶりをみてみよう。

●アルジェリアのイスラムゲリラ

 5月26日の早朝、フランスとドイツ、ベルギー、イタリアなどの警察は、アルジェリアやモロッコなど、北アフリカ出身者によるイスラム復興運動の拠点となっている家や事務所を、いっせいに家宅捜索し、合計100人近くを拘束して取り調べた。

 警察当局は、彼らがニセのパスポートや身分証明書を使って会場周辺に入り込み、爆弾テロをおこす計画を練っていた可能性が強い、と説明している。

 各国の警察は半年ほど前からイスラム運動関係者の事務所などの電話を盗聴し、身分証明書の偽造や武器の調達に関する会話が増えていることをつかみ、検挙に踏み切ったという。

 とはいえ、武器そのものはまったく見つからず、拘束された人々の容疑は、ニセの身分証明書を持っていた、ということだった。このため、治安維持のために、犯罪をおこしてもいない人々を摘発する「予防拘禁」ではないか、との批判も出ている。

 フランスでは1995年、アルジェリアのイスラム主義ゲリラ組織「武装イスラム集団」(GIA)による爆弾テロで、通行人など8人が犠牲となっている。パリでは5月中旬、電話会社のビルに爆弾が仕掛けられるテロ未遂があったが、この時見つかった爆弾は、95年のテロで使われたのと似た構造のものだったという。

●アルジェリア内戦に手を貸したフランス

 アルジェリアは1962年にフランスから独立した後も、フランスとの友好関係を重視する「民族解放戦線」(FLN)の独裁政権が続いたが、1979年のイラン・イスラム革命以後、アラブ世界全域でイスラム復興運動が広がり、アルジェリアでも反汚職・反フランスを掲げるイスラム運動が始まった。

 「イスラム救国戦線」(FIS)というイスラム主義政党が作られ、1992年の総選挙では与党FLNを大差で破って勝利した。だがその直後、軍がクーデターを起こして与党を乗っ取り、選挙を無効と宣言した。イスラム復興運動に危機感を持っていたフランスなど欧米諸国は、イスラム革命より軍事政権の方がましだと考え、軍の暴挙を黙認した。(裏で軍に協力したとの見方さえある)

 それ以来、FISはゲリラ闘争に入ったが、今年になって、政府とゲリラが和解する兆しが見えてきた。停戦して連立政権を作り、産油国である強みを生かして経済発展した方がいい、と考えたのだった。

 だが、1992年から6年間も戦い続けてきた双方の武装集団は、もはや戦闘や暗殺の請け負い、傭兵稼業で金を稼ぐ生き方を定着させてしまっていた。もう、わずかな金にしかならないカタギの仕事には戻れない。

 そのため、軍の強硬派と、イスラム主義者側の過激派武装集団である「武装イスラム集団」(GIA)は、停戦を阻止するため、一般人に対する虐殺や爆破テロを活発化することになった。GIAは、政府側・イスラム側を問わず、穏健派を支持する人々の一家を皆殺しにして、軍はそれを黙認し、時には暗殺部隊の道案内をつとめたりする、という事態が多発した。

 とはいえ一般の国民は当然、理念なき殺人集団と化したGIAを激しく憎んでおり、GIAの勢力は衰えつつある。そんな中で、GIAは、アルジェリアの人々のフランスに対する反感を利用して再起を図ろうとしている。

 人々は、フランスが1992年の選挙つぶしに手を貸したことを忘れていない。1992年から今日まで、内戦で10万人近くが殺されたことを思えば、サッカーを見に来たフランス人やドイツ人が何十人か殺されるのはいいことだ、などと考えているアルジェリア人もおり、それがテロ計画の背景にある。

●コルシカとバスク

 地中海のコルシカ島では今年2月、フランス政府が任命した知事が暗殺された。コルシカ島の分離独立派は昨年、フランス政府が自治拡大を検討すると約束したことを受け、テロ活動を止めていたが、半年たっても政府が満足できる自治拡大を実施しないため、今年に入ってテロの再開を宣言し、その一発目が知事暗殺だった。

 コルシカ島は1760年代にフランス領となったが、人々の母語はイタリア語の方言で、フランスとは違うんだ、という意識がある。とはいえ、日本政府の沖縄県に対する政策と同じように、フランス政府はコルシカ島に多額の地方交付金を与えて懐柔しており、過激派は人々にほとんど支持されていない。

 一方、スペインとフランスにまたがるバスク地方では、分離独立運動はスペイン側の方が激しい。スペインでは昨年から今年にかけて、中央政府からバスク自治政府に派遣されていた4人の高官が次々と暗殺されている。

●飛行機が飛ばずスタジアムに行けない?

 エールフランスのパイロットの給料は、ルフトハンザより40%、英国航空より20%高いという。EU統合に伴う産業の完全自由化を前に、ヨーロッパ各国の航空会社は、コストを切りつめて競争力をつける必要に迫られている。そのため、エールフランスはこのほど、パイロットの給料を今後3年間で15%削減することを決めた。

 これに反発してパイロットの組合が、6月1日から2週間のストライキに入ることを決めた。まさに大会開幕前後の、世界中からフランスに人々が押しかける時に、飛行機の90%をストップさせる、というのである。

 労使交渉は5月30日まで続いたが決裂し、31日夜には土壇場で運輸大臣がスト回避を呼びかけたが効果なく、予定通りストライキに突入した。

 組合内部には強硬派も多いが、パイロットのせいで大会運営に支障が出て、フランスが国家的に恥をかかされた、と言われては困るので、あまり強硬な態度を続けるわけにはいかないだろう。ストがどこまで続くのか、極限状態のカウントダウンが始まっている。

●ファンが駅を焼くかも? フランス国鉄のストライキ

 フランスでは、フランス国鉄とトラック運転手の組合が、強硬派として知られている。どちらの組織も、ストライキによって一度ならずフランス経済を麻痺させた「輝かしい」戦歴を持っているからだ。たくさんの大型トラックが高速道路の入り口を封鎖している報道写真に見覚えがある読者も多いだろう。

 彼らは今回また、ストライキを予定している。フランス国鉄では運転手の組合が、開会式当日の6月10日に、24時間ストライキを予定している。これまた実施されれば、大変なことになるだろう。会場に行けず怒ったサッカーファンが、駅を焼き討ちするかもしれない。

 トラックも鉄道も、EUの経済統合を前にした自由化で、賃金引下げや解雇が相次いでいる。彼らの怒りは、ヨーロッパ全体の構造変化によるものであり、経営陣やフランス政府が親身になって不満解消に動いたとしても、根本的な解決にはならない。そこに、問題のややこしさがある。

●フーリガンはドーバー海峡を渡れるか

 暴力的サッカーファン「フーリガン」の発祥の地といえば、イギリスである。イギリス政府は、この汚名を晴らすため、旅行代理店などがフーリガンとおぼしき人々にフランス行きの切符を売らないようにする政策に着手している。

 だが、最近ロンドンを訪れたフランス政府の観光振興担当者は、「ワールドカップを見たい人は、誰でもフランスに来られるようにしてほしい」とイギリス政府に要請した。フーリガンに切符を売るべきかどうか、イギリスの旅行業界は苦しい選択を迫られている。

●ワールドカップ・離婚・コンドーム・・・

 イギリスの高級雑誌「エコノミスト」によると、ワールドカップの際、最も大きな不満を爆発させそうなのは、イスラム教テロリストでもフランスのトラック野郎でもない。

 それは、テレビにかじりつき、球の動きに一喜一憂する旦那や彼氏に愛想を尽かす女性たちであるという。(日本では女性のサッカーファンも多いのだが・・・)

 ヨーロッパの社会心理学の専門家の中には、ワールドカップが理由で離婚するフランス人が増えると予測している人もいる。パリの劇場では、ワールドカップの期間中、女性客を目当てに男のストリップショーをやる予定になっている。「女性ばかり4人のグループなら、3人分の代金で食べられます」というキャンペーンをやるレストランもある。

 といはえ、離婚急増予測の一方で、大会期間中のお祭り騒ぎの隅の方では、激情に駆られた一夜のロマンスがあちこちで花開いたとしても、不思議ではない。フランスでは最近、20トンのコンドームを緊急輸入して、大会中の需要激増に備えているという。

 

 





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