揺れ動くインドネシア情勢

田中 宇  98年5月7日


 インドネシアで暴動が拡大している。

 昨年から続く経済危機への対策として、インドネシア政府はIMFから430億ドル(約5兆6000億ドル)の借金をする約束を取り付けていたが、その条件の一つに、ガソリンや小麦粉など生活必需品に対して政府が支払っていた補助金をカットする、ということが含まれていた。

 だが、それらの補助金を廃止すると、それでなくても昨年以来の通貨危機でダメージを受けている国民の生活にさらに打撃を与えるため、インドネシア政府は補助金カットの実施を先延ばしにしていた。

 それに対してIMFは、3月分としてインドネシアに融資する予定になっていた10億ドルの貸し付けを実施しないという形で対抗した。しかたなくインドネシア政府は5月6日、ガソリンと灯油などに対する補助金をカットした。

 ガソリン代は71%の値上げとなり、バス代や列車の運賃も6-7割のアップとなった。人々が煮炊き用に使う灯油は25%の値上げで、電気代も2割アップすることになった。値上げ実施の直前には、全国のガソリンスタンドに、バイクや自動車の列ができた。安いうちに満タンにしておこうという人々である。

 大方の予想通り、国民は怒った。2月ごろから学生などが続けている反政府運動が激しくなるとともに、一般市民による暴動も加わって、騒ぎが大きくなった。

 首都ジャカルタのほか、ジャワ島のジョクジャカルタ、バンドン、スラバヤ、スマトラ島のメダンなどで、学生や市民がスハルト退陣や政治改革を求めてデモ行進し、軍の治安部隊と衝突した。

 インドネシアではスハルト大統領の経済手腕に対して財界人などが懸念を抱き出した今年1月以来、それまでタブーとされていた大統領批判が事実上「解禁」されており、批判は大統領一族に集まっている。(とはいえ大声で批判し続けると、治安部隊もしくはその他の誰かに連れ去られる)

 暴徒と化した一部の市民たちは、中国系市民が経営する商店を襲った。中国系は、2年ほど前から暴動が起きるたびにターゲットにされている。(以前の記事「インドネシアの暴動で中国系が狙われる理由」で、なぜ中国系が狙われるかを分析している)

●大人たちの従順を尻目に活動する大学生

 3月に大統領選挙が終わり、スハルト大統領が再選されて以来、インドネシアの野党勢力や労働組合は「政治の季節は終わった」とばかり、反政府の声をトーンダウンさせている。

 「インドネシアのアウンサン・スーチーか、コラソン・アキノか」などと言われた野党的勢力の象徴、メガワティ・スカルノプトリ女史も、選挙後はもっぱら自分の邸宅にこもっている、と伝えられている。

 そんな、気を見るに敏な「大人」たちがおとなしくなった後も、活発な反政府活動を続けてきたのが大学生だった。インドネシアでは、大学生が他の大学の学生と連絡を取り合って政治活動をすることが禁止され、学生運動の全国組織が表立って作れない。

 だが、彼らは電子メールなどを使って連絡を取り合い、今年1月に全国的に反政府活動が盛んになってから2ヶ月間に、事実上の全国組織を作り上げている。

 こうした動きに対して軍や政府は、大学の構内での活動はある程度黙認しても、デモ隊がキャンパスから外に出ることは許さず、催涙ガスやゴム弾の発砲で、学生を封じ込めている。(一部で実弾が使われ出しているとの報道もある)

 インドネシアでは1966年にスカルノ前大統領が失脚し、スハルト政権が誕生した時も、学生の反政府運動が国民全体の爆発につながり、政権交代を引き起こしている。こうした経緯から、スハルト大統領は学生運動の怖さを知っているはずで、表立った大きな弾圧ができない状態になっている。

●「天安門」型の事件になるか?

 もう一つ、気になるのが軍の動きだ。軍は表面的には一枚岩でスハルト大統領を支持しているといわれるが、5月5日にはジャカルタの大学でキャンパスから町にデモ隊が繰り出した際、軍はそれを阻止するどころか、デモ隊を護衛するような形で移動した、と報じられている。

 その話を聞くと、何やら1989年の天安門事件直前の北京の学生デモを思い出させる。軍人たちが人々の意識に同化した、あの時である。歴史は繰り返すのか、繰り返さないのか。まだ情勢は動いている。

 

 


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