宇宙ステーション「ミール」安楽死計画

98年5月3日  田中 宇


 1986年にソ連が打ち上げた「ミール」は、世界で唯一の有人の人工衛星(宇宙ステーション)で、これまでに100人以上の宇宙飛行士がミールでの生活を体験し、ソ連とロシアの人々の誇りであった。

 そのミールを安楽死させようという計画が、ロシアで始まっている。ロシア政府は、5月中にミールの軌道を現在より地球に近いところに移すことにしている。

 そして早ければ来年末には、宇宙飛行士はすべてミールを離れて帰還し、その後ミールを大気圏内に突入させ、海に墜落させる計画になっている。

 ミールは打ち上げから12年がたち、すでにかなり老朽化している。昨年はミールに物資を供給する輸送宇宙船がミールと衝突したり、コンピューターのミスによる不具合、空気冷却システムの故障で船内の気温が上昇したりといった事故が続発した。

 ミールは打ち上げ当初、利用できる寿命は5年と予測されていた。その2倍以上の長持ちをしたわけだから、十分ともいえる。だがロシアの人々にとってうれしくないのは、ミールに代わる次の宇宙ステーション計画に、ロシアがあまり参加できないことである。

 ミールに代わる宇宙ステーションは、アメリカとロシア、ヨーロッパ、日本が協力し、200億ドル(約2兆6000億円)をかけて開発することになっている。だが、ロシアには資金がない。

 ロシア政府は、新型宇宙ステーションの開発費として、昨年1億ドルを拠出することを決めていた。だが、政府から宇宙開発の担当部局には、その5分の1にあたる2000万ドルしか下されなかった。ロシアが担当する部分の開発の遅れは、国際的に進められている新型ステーションの計画全体の遅れにつながっている。

 かつてソ連の人々は、世界初の人工衛星「スプートニク」を、1957年にアメリカに先駆けて打ち上げに成功したことを誇りとしていた。ソ連が崩壊してから8年、ロシアの人々の誇りは、ミールの安楽死とともに失墜してしまうのであろうか。

●ロシアと対照的な中国の勃興

 ロシアの凋落と対照的なのが、中国の宇宙航空産業の勃興である。中国はすでに、かつて兵器としても使えるように開発されたロケットを使って、低価格で外国の民間人工衛星を打ち上げる事業を進めている。中国は、世界でもっとも安い打ち上げを宣伝文句にしている。

 これに目をつけたのがアメリカだ。すでに、いくつかのアメリカ企業が中国に衛星打ち上げを委託している。アメリカ政府は、さらに多くの自国企業が中国に打ち上げを委託するよう企業に働きかけることを交換条件に、中国がパキスタンやイランにミサイル技術を輸出しないと約束することを求めている。

 つまり「人工衛星の打ち上げ事業で儲けさせてやるから、アメリカの言うことを聞かずに兵器開発しそうな国々にミサイル技術を売るのはやめてくれ」という、政治的取り引きである。

 この話は昨年10月、江沢民主席が訪米した際に持ち出された。そして今年6月下旬にクリントン大統領が訪中した際に決着する、と予測されている。

 中国は、こうした打ち上げ事業の展開を基盤に、月や火星での開発が始まる将来に向けて、本格的な宇宙開発に乗り出そうとしている。

 

 

 


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