小惑星「1997XF11」は地球に衝突するか

98年3月15日  田中 宇


 今から6500万年前、メキシコのユカタン半島付近に、直径約8キロメートルの小惑星が落ちた。落下の衝撃で、大規模な地殻変動が発生、火山の噴火などによって、大気が微粒子に覆われて気温が低下し、恐竜たちを滅亡させたのではないか、と考えられている。

 これは、遠い過去の出来事だ。だが、これと似たような大天災が、今から30年後に起きるかもしれない、という予測が、最近発表された。

 世界の天文学者らが集まって作っている組織「International Astronomical Union」(国際天文連合・略称 IAU)の下部組織「IAU Central Bureau for Astronomical Telegrams」が3月11日、「直径約1.5キロメートルの小惑星"1997XF11"が、2028年10月26日に、地球から4万6000キロのところまで近づく可能性がある」と発表したのである。

 (発表されたXF11の地球付近の軌道には約30万キロの誤差があり、そのうち地球に最も近いのが4万キロということ)

 地球から月までの距離が約40万キロだから、4万6000キロといえば、それよりはるかに近く、放送衛星などが飛んでいる高さだ。地球の引力に引き込まれ、落下してくる恐れもある。

 XF11の直径は、6500万年前に落ちた小惑星の5分の1だから、落下しても衝撃はその分だけ小さいはずだが、それでも人口が密集している場所に落ちれば、地震などが起きて大災害となる。海に落ちれば巨大な津波が発生する。

 地表に落ちる寸前に空中で爆発し、破片が広範囲に飛び散る可能性もある。たとえば1908年にシベリアに落下した隕石は、直径がわずか90メートルだったが、落下地点の周囲2000平方キロの木々をなぎ倒し、大規模な森林火災を引き起こした。その破壊力は、15メガトンの水爆に匹敵するものだったと推定されている。(アメリカが広島に落とした原爆は0.02メガトン)

●翌日にはくつがえされた小惑星衝突説

 この落下説を発表したIAUのジェフリー・マースデン(Geoffrey Marsden)氏は、惑星や彗星がどのような軌道を回っているかを調べる専門家で、1992年にスイフト-タットル彗星が地球の近くにやってくることなどを予測した人として、世界的に知られている。そんな著名な人が発表したことだったので、世界中のマスコミが、この落下説を大々的に報じた。

 だが、その発表の翌日には、早くもこの予測をくつがえす、別の発表がなされた。アメリカのNASA(航空宇宙局)のジェット推進研究所(NASA Jet Propulsion Laboratory・略称 JPL)が、「XF11は地球に落下することはありえない」と表明したのである。

 JPLでは、前日のIAUの発表を知って、XF11の軌道について計算した。XF11は、発見されたのは昨年12月だが、21ヶ月周期で太陽の周りを回っており、それ以前にも地球から観測できる位置にきたことがあった。以前の天体望遠鏡写真を調べ直すと、1990年に撮影した写真の中に、XF11が写っているものがあることを見つけた。(当時はまだ、XF11の存在が知られていなかった)

 この写真を使うことにより、JPLはIAUよりも正確にXF11の軌道を判定することができた。その結果、XF11は今後、最も地球に近づいた時でも、地球から100万キロのところまでしか来ないことが判明したという。100万キロといえば、IAUが発表した4万6000キロの20倍の距離であり、月よりも遠い地点である。XF11が地球と衝突することはありえない、というわけだ。

 JPLはIAUと並んで、天体の軌道についての世界的な権威であり、小惑星に向けてロケットを飛ばして観測に行くNASAのプロジェクト「NEAR」とも深いつながりがある。今回、XF11の軌道を計算し直したドナルド・ヨーマンス(Donald Yeomans)氏ら2人の博士は、1994年にシューメーカー-レビー彗星が木星に衝突することを予測した人としても知られている。

 JPLの発表に対し、IAUのマースデン氏は「彼ら(JPL)の方が、より多くの情報をもとに調べたのだから、彼らの予測の方が信頼性が高いといえる」(AP通信の取材への答え) と譲歩し、JPLが発表した線に沿って、自らの発表を訂正した。

 一方、JPLのヨーマンス博士は、ロイター通信の取材に対して「なぜIAUは、XF11の軌道予測について、われわれのところに問い合わせをせずに発表してしまったのだろうか。理解できない」と話している。

 そしてNASAでは、今後こういったことがないように、小惑星や彗星の地球接近について、専門家の間で情報交換を行うシステムを作るため、近くIAUなどと会合を持つ予定だという。

●「小惑星撃退計画」で誰が儲けるか

 ここまでの顛末は、ある学者が発表した衝撃的な予測を、別の学者が調べ直して否定した、という、科学界ではよくありそうなことである。

 だが、出来事の背景を詮索するのが好きな筆者には、どうも引っかかることがある。今回の発表は、XF11に限らず、小惑星が地球に衝突する可能性がある、ということを、世の中の人々にPRする効果があった点だ。

 今回の発表に関連して、アメリカ連邦議会下院・宇宙航空小委員会のダナ・ロラバッチャー(Dana Rohrabacher)委員長は、もし小惑星が地球にぶつかることになったら、その惑星に向けて核兵器を積んだロケットを撃ち込み、その爆発力によって惑星の軌道を変え、地球から遠のかせることができる、と述べている。

 このほか、IAUのマースデン氏ら、何人かの専門家たちは、地球に衝突しそうな小惑星に撃ち込むためのロケット開発を、国際協力のもとに行った方がいい、と意見を出している。マースデン氏によると、地球にぶつかる可能性がある小惑星や彗星は、XF11のほかにも107個あるという。

 もし、こうした「小惑星撃退計画」ともいうべきプロジェクトが始動すれば、レーガン大統領がかつて打ち出した「スターウォーズ計画」以来の、大規模な宇宙軍事計画になる。アメリカ政府としては、巨額の金を自国の軍事産業に流し込むことができる、というわけだ。

 スターウォーズ計画では、敵はソ連であり、戦争に反対する人々の反発をかうことになったが、今回はその心配がない。今度の相手は小惑星という「人類共通の敵」だ。それを攻撃することは、人類全体を救う事業になるのである。誰も正面切って反対できないだろう。

 アメリカは、日本に対しても「人類の危機を救う事業に協力せよ」と迫り、日本は湾岸戦争の協力金をしのぐ巨額資金を差し出すことになるかもしれない。そしてその金は、冷戦終結後の軍事予算削減で苦しむ欧米の軍事産業を救うことになる。

●絶妙のタイミングでのハリウッド映画制作

 実は、この「小惑星撃退計画」を鼓舞する催し物は、ほかにも計画されている。今年5月と7月に、小惑星の地球衝突をテーマにしたハリウッド映画が2本公開されるのである。

 一つはパラマウントなどが制作中の「ディープ・インパクト」(Deep Impact)。直径11キロの彗星が3年後に地球に衝突する、いう設定で、アメリカでは5月8日に封切られる。

 もう一本はディズニー系の映画「ハルマゲドン」(Armageddon)で、アメリカでは7月1日封切り。こちらは放っておけば18日後に地球に衝突する直径数100キロの小惑星に爆弾を仕掛けに行く、というストーリーだ。

 IAUの発表を機に持ち上がる小惑星撃退計画と、ハリウッド映画の制作が、絶妙のタイミングで一致している。これが密かに計画されたものであるという証拠はない。だが、ハリウッドでは1年ほど前にも、似たようなことがあった。

 アメリカの政府や議会が、中国政府の人権侵害を問題にし始めた時期に、ハリウッドでは、反中国の立場をとるチベットのダライラマを賛美した映画が2本制作され、アメリカでチベットブームが起きたのである。中国政府は、制作者のディズニーに脅しをかけたが、逆効果だった。

●科学を装う「政治」にご注意を

 もちろん、天文学者もハリウッド関係者も、軍事産業の振興に貢献しよう考えているのではなく、小惑星との衝突という人類の危機について、啓蒙活動をすることが大切だと思っているのであろう。

 だが、危険なのは、小惑星が地球に衝突するかどうかの予測はかなり難しいという点だ。ともすれば衝突の不安ばかりが強調され、実際にどの小惑星がどのような確率でぶつかりそうか、ということがあいまいにされたまま、ミサイル開発だけが先行する恐れもある。

 同じような例は昨年もあった。地球温暖化防止京都会議で、温暖化の主因が大気中の二酸化炭素の増加なのかどうか、十分な議論をしないまま、各国の二酸化炭素削減率を決めてしまった時である。

 科学が政治に利用され、科学を装っているが実は科学的でないロジックが横行することには、注意を払う必要がある。特にインターネットのユーザーは科学に対する関心が高いようなので、その任務を負っているといえるのではないか。

 

 

 


外のサイトの関連ページ(日本語)

小惑星1997 XF11が2028年に地球に接近!

 小惑星の地球衝突問題に取り組む日本スペースガード協会のサイトにある。この協会の設立趣旨を書いた「日本スペースガード協会」の発足にあたってという文章は、示唆に富んでいる。

小惑星についてのページ

 「ここのつの惑星」- マルチメディア太陽系旅行にある。このサイトは、太陽系の惑星や衛星などについて、天文学の知識がない人にもわかりやすく書いてある。

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 宇宙関係の記事やリンク集。写真も記事も多く、充実している。

天文・科学関係のリンク集

 


外のサイトの関連ページ(英語)

1997XF11の写真

 The Spacewatch Projectのサイトにある。XF11の写真はこちらにもある。

Asteroid to Miss Earth

 アメリカABCテレビのサイトに掲載されている、XF11に関する記事。





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