中国よりアメリカの一部になりたい台湾97年12月11日 | |
コンピューターの関連業界では、1年後の将来がどうなっているか分からない、とよく言われる。発想の大転換に基づく新しいシステムが常に生まれている一方、少し前まで前途有望と思われていたビジネスが突然終わってしまったりする。この状況に似ているのが、日本のすぐとなり、台湾(中華民国)の政治である。 台湾では、中国共産党との内戦に敗れた蒋介石率いる国民党が、1949年に大陸から台湾に逃げてきて以来、40年近くも戒厳令が敷かれ、政府国民党に反対する人々を投獄するなどの人権侵害が続いていた。 国民党が戒厳令を解除し、国民に政治的な自由を許しはじめたのが1987年。その後、昨年3月に中国世界(中国と台湾)で史上初という国家元首(総統)の直接選挙が行われるまで9年。反共独裁国家から民主国家になるまで9年間というのも短いが、それから1年半たった今年11月29日には、戒厳令時代には非合法政党として弾圧されていた民主進歩党(民進党)が、選挙で国民党を打ち負かしてしまった。 今回の選挙は、台湾に25ヶ所ある県と市のうち、大都市である台北市と高雄市以外の23の自治体のトップ(県知事と市長)を選ぶ選挙だった。選挙の結果、それまで23自治体のうち16ヶ所を取っていた国民党は、半分の8ヶ所しか取れなかった。それに対して民進党はそれまでの7ヶ所から12ヶ所に勢力を増やした。民進党は、今回は選挙がなかった台北市長の座も取っており、民進党は台湾の2100万人の人口のうち7割以上が住む地域のトップの座を占めることになった。 今回の選挙を、単なる地方選挙と言ってしまうこともできる。だがこの分だと、来年の国会(立法院)議員選挙で民進党が勝ち、与党になる可能性がある。(議席数164の立法院は現在、国民党が80議席、民進党が46議席) さらに2000年には総統選挙があり、そこでも民進党の候補(陳水扁・台北市長が有力視されている)が勝利する可能性すらある。選挙結果を報じる新聞には、5年後に起きると思っていた変化が、すでに起きてしまった、というコメントが出ていた。 ●国民党は自民党に似ている 国民党は、体質的に日本の自民党と似ている。金権政治が得意で、各地方のボスが地元の建設会社などの産業界と一体となって選挙を行う。これまでは暴力団とのつながりも強かった。 戒厳令時代には、警察も国民党と密接に結びつき、国民党に反対する人々は、すぐに警察に目をつけられることになった。(40年間で4-5万人が「行方不明」になったとされる) 大企業の多くは国民党との関係が色濃く、国民党は資金が潤沢だった。つい2-3年前まで、国民党は金持ち、民進党は貧乏、という図式があった。 台湾は日清戦争後の1895年から、日本が敗戦した1945年まで、日本の植民地だった。この時に日本が築いた支配構造を、その後台湾にやってきた国民党がそっくり受け継いだ。植民地時代に日本が設立した大企業の多くは国民党によって接収され、政治資金源となった。国民党が自民党に似ているのは、歴史的な必然ともいえる。 従来の国民党の方針が、権威主義、大企業の利益優先、大陸反攻(中国を打ち破って大陸を取り戻すこと)であるのに対し、民進党が掲げているのは、労働者や市民のための政治、そして台湾独立である。民進党が手本としているのは、ヨーロッパの民主社会党であるとされる。 ●暴力団の「自由化」が国民党に不利に 今回の選挙で国民党が負けた原因といえそうなのは、台湾での治安の悪化、それから国民党の金権体質に対する非難の高まりだった。 1987年に戒厳令が解かれ、台湾が自由社会になったことは、国民が自由になったばかりでなく、暴力団にとっても自由化であった。それまでは国民党の監督と庇護のもと、あまり勝手なこともできなかった暴力団は、クリーンな政治を目指すようになった国民党から縁を切られ、野放し状態になった。資金源を失った犯罪組織による誘拐、殺人などが増えた。警察は旧来の体質を引きずっており、犯罪の取り締まりにはあまり熱心でないとの批判がある。 今年6月には、犯罪増を放置している国民党政府を攻撃するデモ行進が台北などで行われた。11月には、逃亡中の殺人容疑者が、台北の南アフリカ領事宅に人質をとって立てこもる事件も起きている。 また、国民党の政治家による汚職スキャンダルもいくつか噴出した。李登輝総統は、中国世界初の民主主義体制作りを目指しているが、国民党と周辺組織の体質改善はなかなか進まず、その歪みが出ているのである。 ●「台湾はすでに独立している」 一方、民進党が人々に受け入れやすい方針を打ち出したことも、民進党勝利の原因となった。民進党は従来、政権をとったら中国からの独立を宣言する、と言っていたが、昨年から方針を変えた。「政権を取った後、国民投票をして、独立宣言をするかどうかを決める」といい始めたのである。 台湾の人々の多くが望んでいるのは、国民党が掲げていた「大陸反攻」でも、民進党が掲げていた「台湾独立」でもない。中国を刺激しない形で事実上独立している現在の状況が、今後も続けばよい、と現実的に考えている。そのため国民投票をすれば、その結果は独立宣言をしないということになるだろう。民進党は独立宣言の方針を事実上引っ込めたのである。これが有権者の好感を得ることになった。 とはいえ、国民の意識に合った変革を目指しているのは、国民党も同じである。国民党は数年前から「大陸反攻」をスローガンとして掲げなくなった。さらに3年ほど前から李登輝総統は、台湾独立を目指す人々と、さして変わらない発言をするようになった。「台湾が中国と一緒になるには、中国で言論の自由が広く認められ、民主的な選挙が実施される必要がある」などという主張である。 中国では、チベットや新疆ウイグル自治区といった分離独立を目指す少数民族の動きや、貧富格差の増大などがあり、今の状態で政府が言論の自由を認めれば、かなりの混乱が予想される。李総統が出した条件は、中国にとっては実現が難しいことなのである。しかも台湾ではすでに自由選挙が何回か行われ、言論の自由も日本や欧米並みに認められている。台湾の人々からみれば、李総統が出した条件はしごく当然なものとなっている。 さらに11月中旬、ワシントンポストやイギリスのタイムス紙と行ったインタビューで、李総統は「台湾にある中華民国は、すでに独立した主権国家として存在している」と述べた。李総統がここまではっきりと台湾独立について述べたのは初めてのこと。台湾はすでに独立に向けて動き出しているのである。 もはや、国民党も民進党も、台湾の事実上の独立を維持する、という方針をとっており、その点で大きな違いはない。今回の選挙の争点も、都市のゴミ処理問題などが中心で、外交問題はほとんど論議されなかった。 ●困っているのは中国とアメリカ 今回の選挙結果に困っているのは、台湾国内ではなく、中国とアメリカだろう。中国政府は台湾の選挙後、「台湾がどんな選挙を実施しようが勝手だが、台湾が中国の一部であるということは変えられない。台湾が独立するならば、武力攻撃もありうる」という趣旨のコメントを発表した。 だがすでに中国政府の主張は、台湾に対する脅し以外のものではなくなっている。中国は従来「台湾の人々のほとんどは中国との統一を望んでおり、国民党政府がそれを認めないだけだ」と主張していたが、台湾の選挙の結果をみれば、それが間違った主張であることが分かる。 中国は現在、いくつかの方法で台湾の独立を妨げようとしている。一つは台湾企業の中国大陸への投資を活発化させて、経済的に中国との縁を切れないようにすることだ。これは香港の併合に先立って、トウ小平氏が広東省で展開した方法の第2段ともいうべきものだ。 台湾政府はこの策略を防ぐため、今年初め、台湾企業の対中国投資を規制する策を打ち出した。台湾に比べて中国の賃金はかなり安いため、その後も台湾の対中投資は続いている。だが、このところの東南アジア通貨の急落で、中国の人民元は相対的な為替高となった。中国投資は利益を出しにくくなっており、今後の展開は不透明だ。 また中国政府は、台湾を国家として承認する国への工作も続けている。台湾が外交関係を持っている国は現在、世界に30カ国で、アフリカや中南米の小国がほとんど。最大の国はパナマである。以前は南アフリカが最大の国だったが、南アは今年、台湾と外交を断絶し、中国と外交を樹立した。台湾と外交関係を持っていると、返還後の香港で南ア企業がビジネスをできなくなることなどが原因だった。 中国は残る30カ国に対しても、台湾との外交関係を止めるよう、圧力をかけている。これに対して台湾政府は、これらの国々への経済援助などにより、外交関係を維持し、それを足がかりに、国連やWTO(世界貿易機関)など国際機関への加盟を狙っている。だが、毎年の国連加盟申請は、中国の拒否権発動によって、封じ込められている。 ●アメリカも困惑している 一方、アメリカが困惑しているのは、台湾がアメリカ型の民主国家になってきているのに、中国と良好な関係を維持するためには、台湾を支援できない、というジレンマを抱えているためだ。 このような状況になったのは、国民党が1980年代後半以降、「東アジアのアメリカを目指す」という方針をとってきたからではないか、と筆者は考える。台湾の戒厳令が解かれた1987年は、ソ連でペレストロイカが始まった年だ。冷戦の終結が近づき、中国の改革開放路線も軌道に乗り始めていた。 そんな中でアメリカは台湾の国民党に対して、今後は米中関係が好転することを示唆しただろう。台湾としては、アメリカとの関係を続けないと、中国に併合されてしまうという危機感がある。国民党としては、自国がアメリカのような政治体制を持つようになり、台湾が中国に併合されそうになったら、アメリカ国民が台湾の味方になってくれるような状況を作らねばならない、と思ったのではないか。 台湾の政治の将来的な着地点とみられる国民党と民進党の2大政党制は、その意味でまさに、アメリカ2大政党制を思わせるものだ。国民党としては、政権を一時的に民進党に奪われたとしても、それは「アメリカ化」路線の成功といえるわけで、受け入れざるを得ないことになっていると思われる。台湾は中国の一部になるよりも、アメリカの一部になりたいのである。 とはいえアメリカ政府は、21世紀にはアメリカと並ぶ超大国になると予測されている中国との関係も悪化させたくない。アメリカ政府は、慎重な行動をとらざるを得なくなっている。
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