マンデラ大統領はカダフィ大佐に恩返しできるか

97年10月24日  田中 宇


 南アフリカのマンデラ大統領が10月22日、リビアを訪問した。

 リビアは1988年にパンアメリカン航空機に爆弾を仕掛け、スコットランド上空で爆発させ270人の犠牲者を出した事件の容疑者(リビア情報機関の要員といわれている)をかくまっているとして、国連による制裁を受けている。アメリカ政府はリビアをテロリスト国家と断定しており、マンデラ大統領に対して、リビアを訪問しないよう警告したが、マンデラ氏は訪問を敢行した。

 マンデラ大統領は、リビアで大歓迎された。国連による制裁は、飛行機によるリビアへの出入国を禁止しているため、マンデラ大統領は隣国チュニジアまで飛行機で入り、そこから自動車を使って入国した。

 首都トリポリへの沿道では、人々が並んで待ち受けた。マンデラ氏歓迎、アメリカをやっつけろ、などといった内容の横断幕も、あちこちに掲げられたという。トリポリでは、最高指導者カダフィ大佐の歓迎を受け、カダフィ氏はアメリカを高らかに非難し、マンデラ氏もリビア訪問を止めようとしたアメリカを間接的に批判した。

 カダフィ大佐は、マンデラ氏が27年間の獄中生活を送っていたころから同氏を支持しており、白人政権によるアパルトヘイト政策を非難し続けていた。アメリカに対抗する形で敢行されたマンデラ氏のリビア訪問には、そんなカダフィ大佐への恩返しの気持ちがある。

 マンデラ氏はこのところ、リビアやキューバ、イラクなどをアメリカが「テロリスト国家」と呼んで制裁していることを、大国の傲慢だとして批判する姿勢を強めている。南アフリカが今年、親米国である台湾との国交を取りやめ、アメリカに対抗している中国との国交を結んだのも、その姿勢の一環だ。

●国連制裁の緩和に向け動くマンデラ大統領

 とはいえ、マンデラ大統領は単に、アメリカ憎し、という気持ちだけでリビアを訪問したのではないようだ。最近のリビアをめぐる国際情勢を読み解くと、マンデラ氏のリビア訪問は、国連の対リビア制裁措置を緩和、または廃止するために、リビアとアメリカ・イギリスの間を取り持とう、という動きであることが分かる。

 国連の対リビア制裁は1992年に始まり、5年後の今年3月には、制裁を続けるかどうか、国連内部で検討した結果、継続が決まった。だがその後、8月中旬には、ニジェール、マリ、チャド、ブルキナファソという地理的にリビアに近いイスラム系のアフリカ4カ国が、制裁を見直すよう、国連に働きかけた。

 さらに、リビアを含むアフリカの約50カ国が加盟している国際組織、アフリカ統一機構(OAU)が、爆破テロ容疑者の裁判を、アメリカ、イギリス以外の中立的な第3国で行うよう、国連に提案した。事件の被害者側であるアメリカとイギリスは、リビアが容疑者を両国のどちらかに引き渡し、そこで裁判を行うよう主張しており、この主張が国連の制裁につながっている。リビアは英米への引き渡しは拒否しているが、第3国で裁判を行う場合には応じるとしている。

 9月下旬になると、リビアを含むアラブ7カ国でつくるアラブ連盟も、第3国での裁判の実施と、制裁の緩和を国連に求めた。こうしたアフリカ・アラブ側からの解決提案もあり、国際司法裁判所は10月17日、爆破テロの容疑者引き渡し問題について、リビアと英米の双方から主張を聞くヒアリングを始めた。

 こうした動きに対して、8月にリビア制裁見直しを提案したアフリカ4カ国の近隣にあるガーナ出身のアナン国連事務総長が、何らかの解決策を探ろうと考えても不思議ではない。超大国であるアメリカは、依然として強硬な姿勢を崩しておらず、アナン氏は制裁見直しの立場を取るわけにはいかない。そうしたジレンマの中、マンデラ大統領が仲介役として登場することは、十分に考えられるシナリオである。

 また8月末には、アメリカ下院のヒリヤード議員が、秘密裏にリビアを訪問している。訪問の目的は明らかになっていないが、ヒリヤード議員は黒人であることから、アフリカ諸国の意を受けて、リビアとアメリカとを仲介する目的があったとも推測できる。

●イギリスのブレア首相に期待するカダフィ大佐

 ところで、今の時期にリビア制裁解除に向けた動きが強まるのはなぜなのだろうか。一つは、5年間の制裁でリビア経済が疲弊していることがある。そしてもう一つの重要な背景と思われるのが、今年5月、イギリスで労働党ブレア政権が誕生したことである。

 カダフィ大佐は9月23日、リビアのテレビに出演し、イギリスのブレア首相について「彼は若いので、革命的になれる。われわれとトニー・ブレアとの間には、何の問題もない」と話した。カダフィ氏は、イギリスのメージャー前首相と保守党に関しては、もっと手厳しい批判を続けていた。

 実はカダフィ氏は、これより前の9月初め、イギリスのダイアナ妃が交通事故で死去した直後、ダイアナ妃はイギリスの情報機関によって事故に見せかけて暗殺されたのだ、と述べて、世界中を驚かせた。カダフィ氏によると、ダイアナ妃と一緒に車に乗っていて死亡したドディ・アルファイド氏の家系は、もともとリビア出身だという。

 だがカダフィ氏は9月23日には発言を撤回し、ブレア首相を持ち上げるとともに「イギリス労働党政権が、殺人など犯すはずがない」とまで言った。発言を撤回したことからは、イギリス労働党政権がリビアへの対決姿勢を和らげる可能性がある、とカダフィ氏が考えているとみることができる。

 (ダイアナ妃の死に関するカダフィ発言については、当サイトのパワーコラム「インターネット情報で読み解くダイアナの死」にも書いてある)

 マンデラ大統領は、リビア訪問の後、イギリス連邦諸国の首脳会議に出席するため、イギリスを訪問する。この時にマンデラ大統領が、イギリス政府へのカダフィ大佐からのメッセージを届ける可能性もある。

 ブレア政権は、欧州通貨統合への早期加盟の可能性を探るなど、このところEUとのつながりを重視する姿勢を強めている。EUは産油国であるリビアとの関係を正常化したいという外交姿勢を持っており、その部分ではアメリカのやり方に抵抗している。

 マンデラ大統領は、こうしたさまざまな背景を秘めながら、リビアを訪問した。マンデラ氏がリビア制裁の緩和・解除という、カダフィ氏への恩返しを実現できるかどうか、まだ不透明な部分が多く残っている。

 
田中 宇(たなか・さかい)


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