免税品は得か損か: ヨーロッパで議論続く97年10月1日 田中 宇 | |
空港などにある免税品店が、政府の命令で廃止されてしまうとしたら、皆さんはどう思われるだろうか。「国民の楽しみを奪うのか」「おみやげを安く買えなくなっちゃう」などと不満の声があがるのではないだろうか。 だが、EU(欧州連合)が免税品の制度を廃止するかどうかでモメている、というニュースを読んでいくと、実は免税品店ををなくすことより、存続させることの方が、国民にとっては損失になっているのではないか、と思ってしまう。 ●業者の主張: 免税を廃止すれば失業が増え、航空運賃も上がる EUは1991年、経済統合の一環として、EU域内各国間の国境での免税品制度を、通貨統合を実施した後の1999年7月1日からなくす、という決定を満場一致で採択した。 決定から実際の廃止まで7年半もの時間をおいたのは、免税品業者や、免税品からの利益が重要な収益源の一つとなっている航空会社や客船会社からの抵抗により、これらの関係業界の準備期間を長めにとってやることにしたためだった。 だが、その後ヨーロッパにおける免税品の売上高は、廃止に向けて減るどころか、EU統合に向けた人々の移動の活発化などによって、逆に増え続けた。ヨーロッパ全体の免税品売上高は、1991年の45億ドルから、昨年は60億ドルにまでふくらんでいる。 そして、免税品の関連業界は、今度は「大きな産業になったから、いまさら免税品制度を廃止することはできない。廃止すれば、ヨーロッパ全体で10万-14万人の失業者が生み出され、航空会社や船会社の経営も悪化してしまう」などと主張して、ロビー活動を始めたのである。 業界によると、もし免税品からの利益がなくなったら、航空運賃や船賃を5-20%も値上げしなければならなくなるという。また世論調査の結果によると、ヨーロッパの人々の大半も、免税品制度を廃止しない方がいいと思っている。 EUに対するこうしたロビー活動に対して、EU委員会は、1999年の廃止予定を変えるつもりはない、と明言し、免税品店はEU当局へのロビー活動などにいそしむより、2年後の免税品制度の廃止に備え、通常の課税商品の販売に切り替えてもやっていけるような工夫をすることに力を注いだ方がいい、と述べている。 ●政府の主張: 免税品は国民に余計な税金を払わせている EU委員会が免税品制度の廃止を予定通りに実施したい理由の一つは、免税制度をなくせば、それによってEU全体で年間に22億ドルの税収増加が見込めることである。つまり、免税品制度によって、政府の税収入が少ない分、国民は年に22億ドル、余計に税金を支払わされている、というロジックである。 EU各国は、財政赤字の削減という、通貨統合の条件を満たすため、少しでも多くの税収を必要としている。各国政府が免税品制度の廃止を予定通り実施したいのは当然なのである。 税金は少し多く払っても、免税品の煙草やウイスキーを安く買えるのだから、いいではないか、と思う人もいるだろう。だが、免税品をたくさん買うのは、主に収入が比較的多い人であるのに対し、税金は貧しい人からも徴収していることを考えれば、貧しい人々にとっては、税金を多く取られる上に、その見返りである免税品の恩恵はあまり受けられない、ということになってしまう。 しかも、煙草や酒に税金が多くかかるのは、それらが比較的ぜいたくな商品と考えられているからだ、ということを考えれば、免税品が税金に代わる役割を果たしているという考え方はおかしい、というEU関係者の主張は、納得できるものだ。 とはいえこうした理論は、免税品を買う人々には通じにくいだろう。酒税が高い北欧の人々などは、夏になるとバルト海を渡る船に乗って、船内の免税店で買った酒を甲板に並べて、真っ赤な顔をしてへべれけになっている姿が見られる。酒を飲むためだけにデンマークやドイツまで繰り出す人々もいる。 彼らに向かって「あなたは損をしているのですよ」などと言ったところで、お門違いというものであろう。
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