◎釣魚台の歴史

日本への抗議を呼び掛ける香港のホームページからとってきたもの。

1373年
明朝初期発現釣魚台列嶼
(明代初期に釣魚台の名前が文献に登場する)

1879年
日本刊物【琉球志】地図中,並未列入釣魚台列嶼
(日本で発行した地図の中に、釣魚台諸島は描かれていない)

1895年
日本侵華,甲午戦敗,清廷将台湾及釣魚台割譲予日本
(清国は日清戦争に負け、台湾と釣魚台を日本に譲り渡した)

1945年
第二次世界大戦,美軍攻占琉球群島,将釣魚台亦列入軍事管轄範囲内
(米軍が琉球を占領し、釣魚台も管轄内に入る)

1968年
日本発現釣魚台一帯可能蘊蔵大量石油
(釣魚台一帯に石油が埋蔵されている可能性があると日本が発表)

1970年
美国政府将釣魚台及琉球群島一併交給日本政府,全球華人掀起保釣運動
(米国政府、琉球と一緒に釣魚台も日本政府に引き渡し、世界中の中国人が領土権主張運動に決起した)

1972年
日本右翼組織「日本青年社」在釣魚台設置導航灯塔
(日本の右翼が航路標識を建てた)

1978年
中日簽署【和平友好条約】,双方同意暫時擱置釣魚台主権紛争
(日中平和友好条約。釣魚台問題は当面は争わないことで合意する)

1989年
9月,台湾魚船在釣魚台作業,被日本海上保安廳駆逐
(台湾の漁船が海上保安庁の船に追い出される)

1990年
9月29日,日本政府海上保安廳宣報承認該灯塔為正式航線標誌,有窃拠釣魚台的企図,再度成為保釣運動的導火線。10月底,中国副外長正式透過公開外交渠道向日本駐華使館提出抗議
(日本政府が航路標識として認定し、釣魚台を盗み取ろうとしたため、再び運動が起き、中国政府も日本に抗議した)

1992年
中国全国人大通過領海法,正式将釣魚台列嶼納入中国領土内
(中国が領海法を定め、正式に釣魚台を領土とした)

1996年
7月,「日本青年社」在釣魚台北小島設置太陽能塔,再次引起両岸人民強烈反対
(右翼が太陽エネルギー灯台を建て、中台の人々が強く反発)

1996年
8月,日本扣押駛近釣魚台的台湾華陽號漁輪
(日本が台湾の漁船を追い出す)